第33話:おじいちゃん、死す
ここからは、しばらくリオナ視点です。
世界が終わるみたいだった。
おじいちゃんの放った聖なる白光と、エルンストの生み出した黒い球体。二つの力がぶつかり合い、私の目の前で、凄まじいエネルギーの奔流が渦を巻いている。
ゴオオオオオオオオッ!
鼓膜が破れそうなほどの轟音が鳴り響き、足元の地面が、まるで嵐の海の小舟のように激しく揺れる。光と闇が互いを喰らい合うたびに、空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
これが、おじいちゃんの、本当の力。
でも、その畏敬の念は、すぐに恐怖に塗り替えられていった。
おじいちゃんの顔が、血の気を失って真っ白になっている。その口の端からは、一筋の赤い血が流れていた。さっきの魔法の発動は、おじいちゃんの体に想像を絶するほどの負荷をかけたんだ。
一方、エルンストは、背後にある『嘆きの魔心臓』から、無限に魔力を供給されているようだった。じり、じりと、おじいちゃんの光が、エルンストの闇に押し返され始めているのが、私の目にもはっきりと分かった。
このままだと、まずい。
直感が、警鐘を鳴らす。このまま二つの魔法が衝突し続ければ、この洞窟は、そのエネルギーに耐えきれず崩壊してしまう。私たちは全員、生き埋めになってしまう。しかし、私には、この戦いを見ていることしかできなかった。
その、瞬間だった。
おじいちゃんが、激しい魔力の応酬のさなかに、ふと、こちらを一瞥した。
その瞳は、ひどく穏やかで、そして、どうしようもなく優しかった。
やめて。そんな顔、しないでよ、おじいちゃん。
私が心の中で叫んだ、その時。
おじいちゃんは、意を決したように、自らの魔法を、解いた。
そして、私たち仲間全員を包み込む、巨大な防御壁を展開したのだ。黄金色の障壁に、エルンストの黒い球体が激突する。
その瞬間。私の隣で、クララが、再び固くワンドを握りしめた。
「師匠!」
彼女の叫びに呼応し、おじいちゃんの黄金の障壁の内側に、もう一枚、澄んだ銀色の魔法障壁が、寄り添うように展開された。二重の障壁が、一つの守りとなって輝きを増す。
障壁は、ミシミシと軋みながらも、かろうじて耐えていた。巨大だった黒い球体は、その大きさを保つことができず、次第にその輪郭が、静かに、確実に削り取られていった。やがて人の頭ほどの大きさになったところで、ついに二重の障壁が甲高い音を立てて砕け散った。
残された闇の残滓が、まっすぐにおじいちゃんへと向かう。しかし、おじいちゃんは身じろぎもせず、その小さな黒い球体を自らの体で受け止めた。球体は、おじいちゃんに吸い込まれるように、消えていった。
同時に、いつも私の前を歩き、その大きな背中で私を守ってくれた、強くて、優しかったおじいちゃんが、まるで糸が切れた人形のように、ゆっくりと膝から崩れ落ちていく。
「おじいちゃん!」
私は、絶叫しながら駆け寄った。瓦礫の上に倒れた体は、ピクリとも動かない。
「おじいちゃん、しっかりして! 目を開けてよ!」
体を揺さぶると、おじいちゃんは、かろうじて、うっすらと目を開けた。血を吐きながらも、最後の力を振り絞って、私に、何かを伝えようとしてくれている。
「リオナ…………にげ……るん……じゃ……」
その途切れ途切れの言葉を最後に、おじいちゃんの瞳から、すうっと光が消え、その手は力なく、地面へと落ちた。
「いや……いやだ……」
嘘だ。こんなの、嘘だ。
「いやあああああああああああああああああああああああああっ!」
私の叫びが、半壊した、静寂の戻った洞窟に響き渡った。
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