第23話:今のところ、何でも切れる気がします
ここからはしばらく、リオナ視点です。
私は、おじいちゃんに連れられて、町の中心部の喧騒から少し離れた、職人たちが集まる地区へと足を運んでいた。
今日の目的は、私のための新しい剣を作ってもらうこと。おじいちゃんが突然、私用の剣を作るって言ったときは驚いたけど、ここ最近、おじいちゃんが一人、書斎で何かを考え込んでいることが多かったから、きっと理由があってのことだろう。それに、以前、魔獣と戦った際に、これまで愛用してきた剣は刃こぼれしてしまっていたのだ。
おじいちゃんが言うには、この町には王国でも五指に入る、すご腕の鍛冶師がいるらしい。
カン! コーン! カン!
目的の場所に近づくにつれて、リズミカルで甲高い金属音が聞こえてくる。それと一緒に、鉄が焼ける匂いと、石炭の煙たい匂いが風に乗って鼻をくすぐった。
おじいちゃんが足を止めたのは、その地区の中でもひときわ古く、煤けたレンガ造りの建物の前だった。屋根には煙突が突き出し、入り口の扉は分厚い鉄で補強されている。看板には、ただ一言、『バルカス工房』とだけ、無骨な文字が彫られていた。
「さあ、入るぞ、リオナ」
「う、うん…」
おじいちゃんに促され、私は少しだけ緊張しながら、その重い扉を開けた。
途端に、むわりとした熱気が肌を撫でる。工房の中は、真っ赤に燃え盛る炉の熱と、火の粉の匂いで満ちていた。壁には、大小さまざまな金槌やヤスリが整然と並べられ、床には鉄屑が散らばっている。まさに、男の仕事場、という感じだ。
そして、その工房の中心に、その人はいた。
まるで、物語に出てくるドワーフみたいに、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした大柄な老人。熊みたいなもじゃもじゃの髭をたくわえ、顔には痛々しい火傷の痕が走っていた。煤で汚れた革のエプロンが、彼の仕事の激しさを物語っている。
彼は、炉から取り出した真っ赤な鉄塊を金床に乗せると、私たちを一瞥しただけで、またすぐに興味を失ったように、巨大な金槌を振り下ろす作業に戻ってしまった。
カン! コーン!
工房に響き渡る、鼓膜を揺らすほどの大きな音。その威圧的な姿と、私たちを完全に無視する態度に、私は少しだけ気圧されて、おじいちゃんのローブの裾をぎゅっと握ってしまった。
すると、おじいちゃんが、私を一歩前に押し出すようにして、その背筋をすっと伸ばした。
「バルカス殿。ご多忙のところ、失礼いたします」
その声は、いつもの穏やかな響きとは少し違って、一人の優れた職人に対する、深い敬意が込められているのが私にも分かった。いつも堂々としているおじいちゃんが、こんなに丁寧な態度をとるなんて、少し驚きだった。
「あなたの腕は王国で五指に入ると聞き及んでおります。どうか、この孫娘の剣を打ってはいただけませんでしょうか?」
おじいちゃんはそう言うと、静かに頭を下げた。
その言葉に、バルカスはようやく金槌を振るう手を止め、じろり、と私たちの方に視線を向けた。その鋭い目が、私を上から下まで、まるで品定めでもするかのように見つめる。
「……ふん」
彼は鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「嬢ちゃんのような華奢な身体で扱える代物なんざ、ここにはねえ。帰った、帰った」
その、あまりにも無愛想で、私を子ども扱いする態度に、私の心の中で何かがカチン、と音を立てた。
「私だって、少しはやれるんですから!」
私は思わず、一歩前に出て、そう言い返していた。
私の気の強さに、バルカスの片方の眉が、ぴくりと上がった。彼は、私のことを面白がるように、にやり、と口の端を歪めた。
「ほう。威勢のいい嬢ちゃんだ。…いいだろう。そいつで、裏庭にある鉄塊を断ち切れたら、話くらいは聞いてやる」
そう言って彼が顎でしゃくった先には、壁に立てかけられた一振りの長剣があった。それは、バルカスの工房で打たれた中でも、最高級の鋼でできているという。
裏庭には、私の背丈ほどもある鉄の塊がどっしりと鎮座していた。
バルカスから渡された剣は、ずっしりと重く、私の手には少し大きい。でも、その重さが、逆に私の心を落ち着かせてくれた。
私は一度、深く息を吸う。
体の力を抜き、意識を剣先だけに集中させる。体中の力が、まるで川の流れのように、私の腕を通って、剣へと注ぎ込まれていくのを感じる。握りしめた剣の刀身が、ふわり、と淡い青白い光を帯びた。
鉄塊の内部構造が透けて見えるような感覚。密度のムラや、金属の結晶の繋がりが、色の濃淡として浮かび上がってくる。その最も脆いところが、鮮やかな光を放っている。
狙いは、そこ。
「はあああああっ!」
短い気合と共に、私は地面を蹴った。
風を切る鋭い音の直後。
スパァン!
乾いた、小気味いい音が響き渡った。
分厚い鉄の塊の、上半分が、滑らかな断面を覗かせながら、ずれるようにゆっくりと滑り落ちていった。
「どうですか?」
と私が振り返ろうとした、まさにその瞬間。
パキィィィィン!
甲高い、耳障りな音がして、私の手の中で、剣の刀身が、ガラスのように砕け散った。
「あっ……!」
私は、柄だけになってしまった剣を握りしめたまま、焦って固まってしまった。
その光景に、バルカスの目は大きく見開かれていた。彼の瞳が、信じられないものを見るかのように、私と、砕け散った剣の破片を、交互に見つめている。
やがて、彼は低く、唸るようにつぶやいた。
「……なるほどな。本当に噂通りってことか。こいつは、そこらの勇者ごっこじゃねえ」
工房に戻ると、彼の態度は、最初とは比べ物にならないくらい変わっていた。あの無愛想な態度はどこへやら、その瞳には強い好奇心が宿っているように見えた。
「嬢ちゃん。お前の今の力に耐えられる剣を打つなら、普通の鋼じゃ話にならん」
彼は腕を組み、しばらく唸っていたが、やがて一つの答えにたどり着いたように、言った。
「……やはり、『ヒヒイロカネ』しかねえな」
「ひひいろかね?」
聞いたこともない鉱物の名前に、私は首を傾げる。
「ああ。どんな魔力も受け止め、使い手の力に応じて強度を増す、生きてるみてえな金属だと言われる。お前のその馬鹿みてぇな力にも、そいつなら耐えられるはずだ」
バルカスは、少しだけ興奮したように語った。
「そのヒヒイロカネっていうのは、どこにあるんですか?」
「ちょうど、この町の近くにある、『ささやきの窪地』にある」
彼によると、そこは昔に隕石が落ちたクレーターで、異世界の鉱物とも言われるヒヒイロカネが、ごく稀に採掘されるようになったという。バルカスはそこで一度言葉を切ると、少しだけ声を潜めて続けた。
「…なんてことになってるが、この辺の年寄りの間じゃ、妙な伝説が残っててな。嘘か本当か、どこぞの魔導士が、王都に落ちそうになった隕石をこの町の近くの森に逸らしたって話だ」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋にぞくりと冷たいものが走った。
まさか。おじいちゃんの嘘みたいな噂の一つが確か『王都に落ちそうだった大隕石を空に返した』って……。
「あの話、半分は本当って……」
私がか細い声でそうつぶやいたことに、バルカスは気づいていないようだった。
「まあ、そいつはただの与太話だろうがな。ただ、もう一つ、妙な噂がある」
「噂、ですか?」
「ああ。……でるんだとよ」
バルカスは、にやり、と意味ありげに笑った。
「誰もいねえはずなのに、そこに行くと、声が、ささやくように聞こえてくる、ってな。だからな、気味悪がって町のやつらは誰もそこには近づかねぇ。まぁ、所詮噂だ。たいした危険はねぇはずだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に、またぞくりと冷たいものが走った。その類の話が、私は大の苦手なのだ。それに私は『噂』というものの恐ろしさを、身をもって知っている。
「さ、ささやき……!?」
私の顔は、きっと、今、真っ青になっているに違いない。
そんな私の情けない顔を見て、おじいちゃんは「やれやれ」と肩をすくめ、バルカスは「がっはっは」と、今日初めて、豪快に笑ったのだった。
本話をお読みいただき、誠にありがとうございます。本作は書籍化を目指しており、少しでも「面白い」と感じていただけましたら、ブックマークやページ下の評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけますと、大きな励みになります。どうぞ作品を育てていただきますよう、よろしくお願いいたします。第一部完結まで、毎日朝7時頃に更新します。




