第14話:うっかりバレた。全部ゴドルフが悪い
魔物が塵となって消え去り、後には夕暮れの風だけが吹き抜けていく。私は、まだ剣を握りしめたまま、肩で荒い息をついていた。心臓が、どくっ、どくっとうるさいくらいに鳴り響いている。
「グルルルァァァッ!」
その静寂を破ったのは、別の方向から聞こえてきた、新たな魔物の咆哮だった。はっと我に返ると、ゴドルフや自警団が戦っていた他の魔物たちが、仲間がやられたことに気づき、その憎悪に満ちた赤い瞳を、一斉に私へと向けていた。
まずい、囲まれる!
そう思った瞬間、私の体は、先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように、冷静に、そして滑らかに動き出していた。
「―――」
もう、悲鳴も、気合の声も出なかった。ただ、目の前の脅威を排除することだけを考える。一体目が、私に向かって飛びかかってくる。その動きが、さっきよりもずっと、遅く見えた。私はその首筋を、まるでダンスでも踊るように軽やかに、そして正確に斬り払う。二体目と三体目が、左右から同時に襲いかかってくる。私は地面を蹴って高く跳躍し、空中で体を反転させると、落ちてくる勢いを利用して、二つの「核」を同時に両断した。
キシャアアッという断末魔が、二重に重なって響き渡る。残った魔物たちも、なす術なく私の剣の前に塵と化していく。自分でも信じられないような剣技。それはもう、私の力というより、私の中に眠っていた「何か」が、勝手に体を動かしているような感覚だった。
そして、広場にいた全ての魔物が消え去り、本当の静寂が、夕暮れの町に訪れた。固唾をのんで見守っていた自警団の人々。建物の陰から、恐る恐るこちらを覗いていた町の人々。誰もが、目の前で起きたことが信じられないというように、呆然と私を見つめている。
やがて、誰かが「おお…」と、感嘆の声を漏らした。それが、合図だった。一瞬の沈黙の後、地鳴りのような歓声が広場全体に爆発した。
「おおおおおおおっ!」
「す、すごい…! あんなに強かった魔物たちを、あの子が一人で…!」
「助かったんだ、俺たちは…!」
武器を下ろした自警団の人たちも、兜を脱ぎ、安堵と驚嘆の入り混じった表情で、私に称賛の声を送ってくれている。その歓声の渦に、私はどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしていた。
「リオナちゃん!」
聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。見ると、ノエルが、泣き濡れた顔のまま、私に向かって駆け寄ってくるところだった。
「リオナちゃん、ありがとう…! ありがとう…!」
彼女は、私の胸に飛び込んできて、小さな子どものようにわんわんと声を上げて泣きじゃくった。その震える体を、私はそっと抱きしめ返す。温かい。ちゃんと、生きてる。守れたんだ。その事実に、私の胸の奥から、じわりと温かいものがこみ上げてきた。
「リオナ! あんた、なんて子だい!」
次に駆け寄ってきたのは、パン屋のカミラだった。彼女も目に涙を浮かべながら、でもいつもの豪快な笑顔で、私の肩をバンバンと力強く叩く。その手荒い祝福が、なんだかとても嬉しかった。
そこに、満足げな表情を浮かべたゴドルフが、ゆっくりと近寄ってきた。彼は、私がまだ剣を握りしめている、その手が微かに震えていることに気づいたようだった。でも、あえて何も言わず、その大きな手で、私の頭を「よくやった」と、ガシガシと豪快に撫でてくれた。その不器用な優しさに、また涙が出そうになる。
「がっはっは! 見たか、お前たち!」
ゴドルフは、集まった住民たちに向かって、胸を張り、自分のことのように誇らしげに、そして、とてつもなく盛大に口を滑らせた。
「こいつが神殿に認められた『勇者候補』、リオナ・レーンフォルトだ!」
ゴドルフはそこで、しまった、という顔で口に手を当てた。
「…いかん、これは秘密だったか?」
もう遅い。『勇者候補』という言葉は、静まり返った広場に、はっきりと響き渡っていた。住民たちが、大きくどよめく。「え、リオナちゃんが勇者…?」「だから、あんなに強かったのか!」「世界に数人しかいない勇者候補がこの町に……」「英雄の誕生だ!」と、驚きの囁き(ささやき)が、すぐに畏敬の念のこもったつぶやきへと変わっていくのが肌で感じられた。みんなが、私を見る目が変わった。さっきまでの『すごい女の子』を見る目から『英雄』を見る目に。
私は、その歓声と称賛と、畏敬の念の渦の真ん中で、自分の居場所が分からなくなった。そして、改めて気づく。私のこの手が、まだ震えていることに。
(手が、震えてる…。どうして…?)
剣を握りしめたこの右手に残る感触が、妙に生々しい。命を、存在を、一刀のもとに断ち切った、あの軽すぎる感触。鉄の匂いも鼻について離れない。
(みんなが、喜んでくれてる…。ノエルを守れた…。うん、それは、すごく嬉しい。でも…)
喜びと、安堵と、そして初めて自らの手で命を奪ったことへの、言い知れぬ恐怖と責任が、私の心の中でぐちゃぐちゃに入り混じって、どうにかなりそうだった。
その時だった。群衆をかき分けるようにして、自警団長のダリウスが、私の前に進み出てきた。
「リオナ殿」
その呼び方に、私の心臓がどきりとする。
「自警団を代表して、そして、このアルモニエの住民の一人として、礼を言う。君の勇気ある行動が、我々と、この町を救った。心から、感謝する」
彼の、公式な、そして心のこもった感謝の言葉。
「やっぱり君は……。いや、今はいい」
何かを言いかけたダリウスは、言葉を止めて再び深々と私に頭を下げた。
周囲の住民たちも、それに合わせるようにして、次々と頭を垂れていく。町を救った勇者候補。その輝かしい響きとは裏腹に、私の心は、冷たい影に覆われていくようだった。震える手で握りしめていた剣が、やけに重く、そして冷たく感じられた。
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