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第11話:緊急事態だからってみんな……

そんなときだった。再び玄関の扉を強く叩く音。


バン! バン! バン!


先ほどのゴドルフの、乱暴ながらもどこか陽気さを感じさせたノックとは全く違う。それは、まるで必死に助けを求めるような、切迫した、硬い音だった。


「…!」


相談所の空気が一瞬で凍りつく。私とおじいちゃん、そしてゴドルフは顔を見合わせた。ゴドルフの瞳から、さっきまでのにこやかな光がすっと消える。


おじいちゃんが扉を開けるより先に、その扉は内側へと勢いよく開かれた。「はあっ、はあっ…!」 なだれ込むように入ってきたのは、町の自警団の制服を着た、見覚えのある若い男性だった。彼は肩で大きく息をしながら、必死に言葉を探している。その胸当てについた町の紋章だけが、やけに場違いに輝いて見えた。


「た、大変です…! レーンフォルト殿はいらっしゃいますか!?」


彼は、室内にいる三人の顔を順に見回し、おじいちゃんの姿を認めると、すがるような目を向けた。


「緊急事態です! 町の近くの森で……町人が、魔物に! それも複数……! この町にいつ向かってきても……! 早く……」


途切れ途切れに紡がれたその凶報に、私の心臓がどくんと大きく跳ねた。魔物。ダリウスが話していた、あの恐ろしい存在が、本当に現れたんだ。


「落ち着け!」


雷のような一喝が、若い自警団員の混乱を貫いた。声の主は、ゴドルフだった。さっきまでソファにどっかりと腰を下ろしていた彼の姿は、もうそこにはない。いつの間にか立ち上がったその体躯たいくは、ただの大柄な老人ではなく、幾多の戦場を駆け抜けてきた歴戦の戦士そのものだった。


「騒ぐな、要点を言え! 場所はどこだ? 被害状況は? 魔物の様子と数は!? 」


有無を言わせぬ鋭さで、彼は矢継ぎ早に問い質す。その気迫に押され、自警団員の青年は必死にうなずきながら答えた。


「は、はい! 場所は町の東、アルン大樹の森です! 町人は幸い、腕を少しやられただけで命に別状は…! ですが、近くの農家の家畜が数頭、やられました! 魔物は、黒い狼のような姿で、少なくとも十体以上はいると…! 自警団が交戦中ですが、相手の動きが異常に素早く、苦戦しています!」


十体以上…。それに、町人だけじゃなく、家畜まで。被害は、もうすでに出ている。


「…それだけじゃありません!」


自警団員の顔が、さらに絶望の色に染まる。


「報告では、魔物の群れが、このアルモニエの町に向かってきている、と…! このままでは、町の中にまで…!」


「なんだと!?」


ゴドルフの声が、怒気で震えた。おじいちゃんは、何も言わない。でも、その穏やかな瞳の奥で、冷静に、的確に、その本質を見抜こうとしているような目だった。


二人の大人が放つ、肌がひりつくような緊迫した雰囲気に、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。さっきまで、ゴドルフの昔話に涙を流して笑っていた、あの平和な日常。あれは夢だったんじゃないかと思うくらい、遠い昔のことのように感じる。


「…アルセイン」

ゴドルフが、低くおじいちゃんの名前を呼んだ。


「こいつは、ただの獣狩りでは済みそうにない。俺が行こう。お前はここにいてリオナを守れ」


「うむ。…気をつけてな、ゴドルフ」

おじいちゃんが短く応じると、ゴドルフは一度だけ、力強くうなずいた。そして、私のそばに来ると、その大きな、節くれだった手で、私の肩を一度だけ、ぽん、と力強く叩いた。その手は驚くほど温かくて、震えそうになっていた私の体を、しっかりとこの場に繋ぎとめてくれた気がした。


「心配するな、リオナ。このゴドルフ、こんな死線は何度も越えてきた」


そう言ってニヤリと笑った顔は、ほんの少しだけ、さっきまでの豪快なゴドルフに戻っていた。でも、すぐに厳しい戦士の顔つきに戻ると、彼は私に背を向けた。


その背中は、老人のそれとは思えないほど広く、頼もしかった。彼は一瞬のためらいもなく、風のように相談所を飛び出していく。


ゴドルフが去った後の相談所に、再び重い沈黙が落ちる。若い自警団員も、ゴドルフの指示を受けて、慌ただしく駆け出していった。残されたのは、私とおじいちゃんだけ。窓の外からは、遠く、人々の不安げな声や、誰かを呼ぶ叫び声が、風に乗って聞こえてくる。


本話をお読みいただき、誠にありがとうございます。本作は書籍化を目指しており、少しでも「面白い」と感じていただけましたら、ブックマークやページ下の評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけますと、大きな励みになります。どうぞ作品を育てていただきますよう、よろしくお願いいたします。第一部完結まで、毎日朝7時頃に更新します。

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