雪原
「なんだか寒くなってきたな」
「うむ、雪原に近付いておる証拠じゃな」
「その通りだ。もうすぐ湿原を抜けるぞ」
「ミウ様、防寒仕様の外套を出しましょうか。それともアニラが暖めますか」
とか言いながら既にぴったりくっついてるけど。む、胸が。
「ありがとな。もう少し寒くなってきたら出そうか」
「はいっ」
「一度探知魔法で調べる」
ヒュドラとリザードマンの群れと戦った後、小まめに探知魔法を挟みながら進む様にしている。やはり敵の数を知っておくのは大事だからな、前回の様に連戦になるとかなり危険だ…今更な気もするけど。
セルビナはしゃがんで地面に掌を当てた。
「…このまま真っ直ぐの方向に何か居る」
「単体か?」
「おそらく」
「戦闘準備して行くぞ」
荷物を置いて先に進むと大きな岩が幾つも重なり合っていた。その辺りに生物の骨が散らばっている。人間の骨もあるな。
「何だあれは」
「アーヴァンクの巣じゃな」
「確か大型の鼠のような魔物だ」
「始末しますか?」
「ああ。油断も容赦も無しだ」
「3人で陽動、1人が頭上から仕留める」
「よかろう。誰が仕留める?」
「私は陽動で構わない」
「ではアニラにお任せを」
お、てっきりジャンケンするかと思ったけど、遂に譲り合いの精神が開花したのか。俺は嬉しいぞガールズ。
「よし、やるぞ」
3人で巣の入り口に近付くとアーヴァンクが顔を覗かせた。
巨大・凶暴化した青いビーバーって感じだな。力量を測っているのか警戒してなかなか出て来ないので『粒』を連射して巣を破壊してやったら怒って飛び出してきた。
「圧脚!」 グシャッ!
アニラは重力を加えて踏みつける様に両足でアーヴァンクの頭を砕いた。
「フリーズミスト」 パキキッ。
「圧拳っ!」 バリィンッ!
セルビナが氷漬けにしてからアニラの打撃でアーヴァンクの頭部は粉々に砕け散った。うん、情け容赦ない。良い感じだ。
「わざと体を残したのは素材の為かのう」
「名答だ」
「さすがだな」
「ミウ様やりましたっ。褒めて下さいませ」
「よしよし、よくやったぞ」
頭を撫でるとアニラは尻尾をブンブン振った。
「私も頼む」
「え、ああ…よくやったなセルビナ」
セルビナはクールだけどちゃんと求めてくれる。それが可愛いんだよな。
「イヴもお疲れ様」
「わ、妾は何もしておらんぞ」
「気にするな」
さて、平等に頭を撫でたことだし出発するか。
そして遂に俺達は『ブデオン大雪原』に足を踏み入れた。
見渡す限りの銀世界。遠方には山脈が見える。さ、寒い。
「わあ!一面真っ白ですね」
「吹雪いてる時は無理せず止まった方が良い。私が風避けを作れば火を起こして暖を取れる」
「わかった。助かるよ」
薪を沢山拾っておいて良かった。マントや手袋も買っておいて大正解だったな。まさに備えあれば憂いなし。
「2人は寒いの平気そうだな」
「白狐の獣人は寒さに強いのです」
「氷の属性魔法を扱う者は寒さに耐性がある」
「成る程ね。イヴは寒いの平気か?」
「うーむ…」
めちゃくちゃ眠そうだな。これはあの台詞を言っても良いのだろうか。
「イヴさん、寝たら死にますよ!」
「あっ…」
「どうしましたか?」
「いや、なんでもない…もう少し進んだら今日は休むか」
「そうだな。先ずは寒さに慣れた方が良い。無理は禁物だ」
俺は眠気と戦っているふらふらのイヴを支えながら歩いた。
「そろそろ休むか。アイスウォール!」
セルビナが分厚い氷の壁を三方に広く設置すると、驚く程に寒さが和らいだ。やっぱり風避けって凄いな、風を遮るだけでこんなにも変わるのか。
地面が出るまで雪を退けてから火を起こした。
ああ暖かい。
「お湯を沸かそう。アイスフレーク」
セルビナが氷の小片を鍋いっぱいに入れ火にかけた。
ああ~熱いお湯に浸かりたい。あ、足湯なら可能だな。
「ミウ様、イヴさんが寝てしまいました」
「そうか。イヴも寒いの苦手みたいだな」
火の側に毛布を敷いてイヴを寝かせた。
「このまま起きなかったらどうしましょう」
「担いで行くしかないだろう」
「戦闘になったらまずいな。セルビナ、この辺りは魔物多いのか」
「少なくはないな…それにアギレ達が言っていた魔王六大凶牙も気になる。兎に角寝てるのは危険だな」
「六大凶牙って少ない数字が強いんだっけ?」
「そうだ。アギレ達と戦ったのは二の牙、強さの序列は三番目だ」
「え、二番目じゃないのか?」
「一の牙は2人いるんだ。詳しくは知らないが長年どれだけ競っても互角だったらしく、2人が在席している」
「そうだったんですね。因みにどれくらい強いんですか」
「正直言って次元が異なる、私では手も足も出ない…と以前はそう思っていたんだが。ミウ達の仲間になってから私は強くなっている。断言はできないがクローバー内の2人がかりなら一の牙を倒せるかもしれない」
「成る程な。差しでは勝てないってことか」
「難しいな…勝負には相性や運もある。勝てる可能性はあるが敗色が濃いな」
「では離れない様にしないといけませんね」
「そうだな」
「さて、スープでも作るか」
「良いですね♪アニラも手伝いしますっ」
「私も手伝うぞ」
3人で楽しく調理して具の少なめなリザードマンの肉団子スープが完成した。
リザードマンの肉を血刃シュレッダーで挽き肉にして冷凍保存して持ち歩いていたのだ。
「イヴ、起きろ」
「んー」
ゆっくり起き上がったイヴはぼーっと一点を見つめていた。覚醒してないな。
手を握ると凄く冷たかった。両手で包んで息を吐きかけると、イヴの目がパチッと開いた。
「ミ、ミウ」
「温かいか」
「うむ…心地好い温もりじゃ」
「それは良かった。だいぶ身体が冷えてる、火の近くでスープを食べてくれ。温かいお茶も淹れてるところだ」
「すまぬな。世話をかける」
「気にするな。寒いのは俺も苦手だ」
そう言って包んだ手を離そうとすると指を掴んで止められた。
「もう少しだけ…頼む」
「わかったよ」
「アニラもやってほしいです」
「私もだ」
「わかったわかった」
その夜、4人でくっついて毛布にくるまって眠った。
この寒さは過酷だ。残る薪は野営1回分…一刻も早く雪原を抜けないと。
だがしかし、セルビナが言うには3日は歩かないと魔国に着かないらしい…どうしたものか。




