地獄
「ちょっと手洗いに行って来る」
そう言って2人にバレない様にイヴに目配せして呼び出した。
「わ、妾も行って来ようかのう」
部屋から離れた所でイヴに耳打ちした。
「頼む、催眠魔法をかけてくれ。俺を見てきたイヴなら解るだろ」
「そうじゃな、お主が我慢できるとは思えん状況じゃ。そう考えると負けたのが妾で良かったな」
「ああ、イヴには申し訳ないが…頼らせてほしい」
「気にするでない。妾にとっても利する事じゃ。ではゆくぞ」
イヴは掌を俺の額に向け、催眠魔法をかけた。
耐性があるから少し時間が掛かるが少しずつ眠気が訪れて来た。
「このくらいでよいか?」
「ああ、助かっ…た」
ふらふらと部屋に戻り、アニラとセルビナの間に座った。
「2人に…頼みがある。今日は俺が寝かし付けてもらっても…良いか」
「もちろんですっ。アニラにお任せ下さい」
「待て、私だって寝かし付けてみたい」
「ここは公平にジャンケンで決めましょうか」
「良いだろう。望むところだ…ん、ミウ?」
「えっ、ミウ様?」
「ふふふ、寝ておるのう」
「そんな…」
「きっと疲れているんだ。残念だが私達も寝るぞ」
「…はい」
ん~よく寝た…うわっ、これは…。
アニラが俺を抱き枕にしている。顔が近い。セルビナも腕に抱きついて寝ている。熟睡してて良かった。1度でも中途覚醒していたら手を出していたかもしれない。今だって危うい。
アニラの頬っぺたを軽くつねると「ん…」と色っぽい声が漏れた。待て待て、その声はけしからんぞ。仕切り直して指でムニッと頬を突くとアニラは目を開けた。
「おはよう」
「おはようございます。ミウ様、目覚めの口付けを頂けますか」
いや起きて直ぐにそんなこと言うのか。
「頬で良いか」
「できれば唇に…」
「ならぬ」
「平等ならば良いのではないか」
なんだ2人とも起きてたのか。
「でしたらもう少しムードがあった方がよろしいですね」
「そうじゃな」
「そういうものなのか?」
「そういうものですよっ」
「セルビナはそういうことには疎いのう」
「なんだと」
「はいそこまで。朝飯食ったら出発するぞ」
「はいっ」
「うむ」
「ああ」
平等にキス…か。
朝食後支度を済ませ、俺達は船に乗った。
例によってイヴとセルビナに催眠魔法をかけて眠らせた。相変わらず魔力消費が激しい。
出航時間になり、船が動きだした。異世界初の船だ。ワクワクしてきた。
「ヴォエエッ…」
ぐっ、まさか俺が船酔いするとは。天気が悪くなり揺れが激しくなってから地獄が始まった。
アニラの催眠魔法は効力が弱いから俺には効かない。と言うことは到着するまで耐えるしかない…最悪だ。
「オェェッ…」
「ミウ様、大丈夫ですか」
「ぐぅ…悪いが早く着く様に風魔法で船の速度上げれるか」
「分かりました」
お願いだ、早く着いてくれ。何度も何度も吐きながら到着を祈り、漸く獣人国ティーバの港に着いた。
きっと食べた朝飯は体内に欠片も残ってないだろう。
島国であるティーバは不法入国者の取り締まりを強化するために港を1つに絞っているらしい。
奴隷売買目的の人攫いが後を経たないのが主な理由だとか。アニラも被害者の1人だ。そんなアニラに支えられながら船を降りた。
イヴとセルビナは寝起きなど関係なく直ぐに俺の心配をしてくれた。
体調悪いと皆に甘えたくなるがそれは流石に格好悪過ぎる。気丈に振る舞わないと。
「これから『獣人街レクテ』に向かいますがまだ明るいのでミウ様をどこかで休ませましょう」
「そうじゃな」
「ああ。あの辺に毛布を敷いて寝かせるか」
「そうしましょう。ミウ様、こちらに」
「すまない皆、迷惑をかける」
「何を言う、気にせずゆっくり休め」
「セルビナさん、お水を冷やしてもらえますか」
「わかった」
「ミウ、飲めるか」
「ありがとう」
ああ…介抱されるのも悪くないな。ガールズは本当に優しい。こういう時は甘えても良いかもな。
「妾が枕となろう」
「何故だ、私に任せろ」
「では公平にジャンケンですね」
そしてジャンケンに勝った誰かの膝枕で俺は眠った。
「起きたか。具合はどうだ」
ジャンケンに勝ったのはセルビナだったか。
いてて、吐き気はないが頭痛がする。
ゆっくり起き上がるとイヴとアニラが心配そうに目の前に座っていた。
「だいぶ良くなった。皆ありがとな」
「気にするでない」
「お気になさらず。ミウ様、歩けそうですか?」
「ああ、問題ない。レクテに向かおう」
1時間くらい歩くと大きな街が見えてきた。
とても賑やかだ。街に入ると様々な獣人が行き交っていた。
「確か住宅街が近くにあるんだよな」
「はい、そこに両親が居るはずです。宿に荷物を置いたら行きたいと思います」
「そうか。家族水入らずの方が良いよな?」
「いえ、その…できればミウ様は共に来て両親に会って頂きたいです」
「大丈夫なのか、俺はアニラを拐った奴、奴隷にしていた奴と同じ『人間』だぞ。ご両親は気分を害さないか」
「アニラがちゃんと説明致しますのでご安心を。どうしてもミウ様を両親に紹介したいのです、アニラの生きる理由である愛しき方を。あ、もちろんイヴさんとセルビナさんも」
「気に入らんぞ今の言い方は」
「まるで取って付けた様だな」
「まあまあ、じゃあ皆で挨拶しに行こう」
それから俺達は宿に行き部屋を取った。
獣人街と聞いた時はもっと原始的なイメージをしていたが王都程ではないものの街は栄えており、全体的に建造物も石造りの綺麗なものだ。
しかし残念ながらこの国にはお風呂が無いらしい。湯船が恋しくなりそうだな。
荷物を置いている時ふと気がついた。
「そういえばダイヤモンドドラゴンの素材はどうしたんだ?」
「気付くのが遅いのう。港から街に荷馬車で運んでもらえる様、アニラが手配してくれたのじゃ」
「指定した鍛冶屋に直接運んで下さる様なので心配は要りませんよ」
「そうだったのか、感謝するよアニラ」
「では頭を撫でてくださいませ」
「よしよし、ありがとな」
アニラは尻尾をブンブン振って嬉しそうにしていた。うん、可愛い。
アニラだけずるいと言わんばかりの視線を感じたのでイヴとセルビナの頭も撫でた。
「介抱してくれてありがとな」
「と、当然の事をしたまでだ」
「そ、その通りじゃ」
2人とも照れていて可愛かった。
そうして俺達4人はレクテの住宅街に向かった。




