情愛②
「3人とも強いのは知っているし信用してない訳じゃない。それでもどうか命を大事にする様に心掛けてくれ、死ぬなんてことは絶対に許さない。それを忘れないでほしい」
「その様な言葉、初めてじゃ…。 よかろう、但し1つ条件がある」
そう言ってイヴはセルビナとアニラに目をやると、2人は同時に頷いた。
「ミウ、お前も己の命を大事にするんだ。死ぬことは絶対に許さない」
「ミウ様はアニラの生きる意味そのもの。どうかお約束を」
全く、照れるな。俺はなんて幸せ者なんだ。
「分かった。では全員小指を出してくれ」
しっかりと4人で指を結んだ。皆、何か決意した表情をし、確かめ合う様に互いを見てから笑みを浮かべた。
俺はこの世界に来てから死にたくないという気持ちが殆どだった。でも今は違う、皆を死なせたくないという気持ちの方が勝っている。何があっても死なせない。自分の胸にそう誓った。
沈黙を破ったのはアニラだった。
「ミウ様、アニラは今宵緊張で眠れそうにありません。どうか寝かし付けてくださいませ」
「アニラ貴様、本当に緊張なぞしておるのか」
「勿論でございます」
「怪しいものだな」
「まあまあ」
「そうじゃミウ、屋敷の内装は明日から始まるとダレアが言っておったぞ。出来れば顔を出して欲しいとも言っておったから行ってやれ」
「そうか、分かった」
俺は直ぐ様郊外の屋敷に向かった。3人には明日の準備が終わったらたまの贅沢に都市の大浴場に行く様に言った。
俺達の自宅兼ミゥーズ傭兵団の本部となる屋敷に入ると綺麗に片付けられていて驚いた。
これから壁紙と床板を替えて家具を備え付けて更に生まれ変わるのか。非常に楽しみだ。
「ボス!」
「ボスが来たぞ!」
「皆ご苦労様」
軽く言葉を交わしてから2階の団長室に向かった。
俺やイヴ達の部屋も既に決まっているので工事が終わったら宿暮らしは卒業だ…まあすぐに旅立つ予定だけど。
「ダレア、ここまでよくやってくれた。ありがとな」
部屋には副団長のポルメネも居た。
「お褒めに預かり光栄です。明日のロックドラゴン討伐、ご武運をお祈り申し上げます」
「ありがとう。明日は討伐完了の狼煙を確認したら直ぐに来てくれ。それと屋敷の正面玄関を転送石に記憶させたから、緊急で戻ることがあればその時はよろしく頼む。じゃあまた明日」
「はい、お気をつけて」
「…お気をつけて」
「?」
ポルメネが元気無い様に見えたが、何かあったのかな。
部屋を出て通路を歩いていると後ろからポルメネが追って来た。
「ボ、ボス。よろしければその…副団長室も見て行って下さい」
何か込み入った話があるのか…まさか脱退とかじゃないよな。
「分かった」
「こちらです」
部屋の中には家具が無く、有るのはポルメネの荷物と寝床だけで無駄に広かった。今はまだ殺風景で良い部屋だとは言えない。
「あの、ボス。魔王討伐の旅に私達は加えていただけないのですか」
「駄目だ。4人で行くと決めた。ミゥーズ傭兵団には俺達が帰るこの場所を守っていてほしい」
「そう…ですよね。あの、ボス、私は…以前からボスのことが好きでした。でも姉さん達との関係を大事にしたくて…ボス、せめて一度だけ…大切な思い出として口づけを戴けないでしょうか。恥を承知の上、お願い申し上げます」
胸に当てたポルメネの手は震えていた。羞恥心からか緊張からか…
「手を出せ」
「はい…」
恐る恐る差し出した細い手をそっと握り、優しく抱き寄せて濃厚なキスをした。
きっとポルメネは勇気を振り絞って大きな一歩を踏み出した、その気持ちに応えるのは当然のことだ。
気付くと彼女は泣いていた。
「どうした、大丈夫か」
「はい。こんな風に男性に優しく触れられたのは初めてで…それがボスで尚更嬉しくて…」
「そうか」
俺はポルメネの涙を親指で優しく拭って再びキスをした。
宿に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。
4人で夕食を摂った後、俺だけ宿の浴場に行って体を洗った。
さあ遂にこの時がやってきた。
一度部屋に戻ってサプライズギフトをバレない様に隠し持ち、セルビナを連れてイヴ達の部屋に入った。
「あれ、セルビナさん?」
「どうしたのだミウ」
「実は3人に渡したい物があってな。先ずはアニラ。グリーンカルサイトの石言葉は希望、繁栄、調和だ」
ネックレスを取り出して渡すとアニラは歓喜した。
「アニラの為にこれを!?なんて綺麗なの!嬉しいですミウ様、大切にさせて戴きますっ」
そう言ってアニラはいつもより強く抱き着いてきた。頭を撫でながら少し退いてもらって、
「次はセルビナ。パライバトルマリンの石言葉は希望、友情、真実だ」
ピアスを渡すとセルビナは目を見開いてピアスと俺の顔を交互に見返した。
「こんな美しい物を私に…ありがとうミウ。一生大事にする」
「お、おう」
セルビナの真っ直ぐな言葉と視線に不覚にも俺は本気で照れてしまった。それより先程からイヴがそわそわしている。
「では最後にイヴカロン。ピジョンブラッドルビーの石言葉は情熱、愛情、自由だ」
イヴもセルビナと似た反応をしていた。信じられない、みたいな感じで黙って渡されたブレスレットをまじまじと見ている。
「済まぬ…まともな贈り物なぞされたことがないのでな。気の利いた言葉が思い着かぬのだ」
「贈られて迷惑だったか」
「そ、そんな訳なかろう!」
「喜んでくれるか」
「当然じゃ!」
「あはは、今の言葉で充分だよ。着けてみてくれ」
3人はそれぞれ身に付けてから惚れ惚れする様に部屋の鏡で自分を見ている。
3人とも初めて会った時より更に美人になった気がする。
「みんなよく似合ってるよ。綺麗だ」
アニラが振り返って抱き付いてきた。
「ミウ様ありがとうございます、アニラは幸せでございます」
「よしよし」
「ミウ、私も幸せだ」
へ?あのセルビナが幸せだと。
「そ、そうか」
「妾もじゃ。心から感謝しておる」
サプライズギフト大成功だな。本当に良かった。
「さあ明日に備えてそろそろ寝るぞ。セルビナ、先に戻っててくれ」
「ああ」
「イヴとアニラはベッドに寝て」
「うむ」
「はいっ」
いつもの様にベッドの傍らに座ると、アニラは頬を赤くして微笑んでいた。か、可愛い。
「ミウ様、大好きです」
「俺も大好きだ」
「えっ」
あ、つい本音を言葉にしてしまった。でも本当のことだしな。
「ほらほら早く目を閉じて」
誤魔化す様に促すとアニラは幸福な笑みを浮かべながら瞼を閉じた。
手を握り、頭をゆっくり撫でた。いつもより時間が掛かったがフーフーと寝息を立て始めた。
静かに立ち上がってイヴを見ると、ちょいちょいと手招きされた。
ベッドの反対側に周り顔を近付けると、口元に掌を添えて小声でこう言われた。
「今日はその…頬に頼む。あと妾にも何か言葉を」
俺は黙って頷いてイヴの手を握って頬っぺたにキスをした。
「お休み、大好きなイヴカロン」
「わ、妾も…お主を好いておる」
そう言って布団を被ってしまった。照れまくってて最高に可愛いかった。
部屋に戻るとセルビナがベッドから立ち上がり、控えめに両腕を広げた。
「抱き締めてくれ」
今日は皆さん積極的だな。サプライズギフトの影響か?
俺は何も言わずにセルビナを優しく抱き締めた。
「これは良いものだな…心が安らぐようだ。なあミウ、私は思ったことをそのまま口に出してしまう…相手にとってはやはり不快だろうか」
「そんなことはない。俺はそのセルビナの素直さが好きだ。変わらずそのままでいてくれ」
「そうか…それを聞いて安心した。ミウに貰ったピアスと言葉、絶対に忘れない」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。さあ寝よう」
「ああ」
ふう、危なかった。あのまま押し倒してしまいそうだった。
いかんいかん、気持ちを切り替えて明日の討伐任務に集中しないと。
布団に入り、3人を追うように俺も眠りに就いた。




