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外伝Ⅸ


返り血を拭いながらカレンは口を開いた。


「さすがですね、エイデン先輩」


「どうして…どうしてなのカレン!」


「ぐっ…てめぇ、なんのっ…つもりだよカレン」


「…説明が必要ですか?」


倒れている3人は既に息をしていない。それなのに多少口調は変わったが声音はいつものカレンのままだった。


私の頭は酷く混乱していた、どうして隊長達を…なぜなの…なんで…。


「カレンっ…!」

「下がってろフィリパ!」


ズズズズズズ…!!


「エイデン!」

「ゴフッ…りっ、理由なんてどうでもいい、焼き殺すっ!」


首を片手で抑え止血しながらエイデンは魔力を高めてカレンに掌を向けた。


「バ、バーニングウェイブッッ!!」


ゴォォォォォーーッッ!!


向けた掌を横にずらしながら放たれたのは強力な火炎魔法だった。


「つっ…!」


これは…恐らく生命力も削っている、なんて熱と範囲…久しぶりに見た、エイデンの大魔法。私は素早く後方に跳び上がり距離を取った。


さすがのカレンもこの距離じゃ避けられ…


「裁きの大白炎(ホーリーギガフレイム)


ボゥォォォォォーーッッ!!


「なっ!?」


カレンの放った白い炎にエイデンの火炎魔法は飲み込まれた。


間違いない、あれは聖炎魔法!


つまりカレンの正体は聖騎士!?


「エイデン!」


ボボォォォ…。 ドサッ。


火が鎮まり、焼け焦げたエイデンの身体は崩れ落ちる様に倒れた。


「あとはあなたです、フィリパ先輩」


「…」


バルディッシュを構えるカレンからはもはや感情が読み取れなかった。しかし今、私は冷静さを取り戻しつつある。正体は聖騎士、リオンクライの王国騎士として潜伏、密偵…カレンは神国の回し者だった…か。


コルトン隊長、ソティリス、フレヤ、エイデン…みんな死んだ。だが怒りも悲しみも後回しだ、先ず私が成すべきことは…


「カレン、あなたを殺す」


抜いていたナイトソードを構えると、カレンは鋭い目付きで魔力を高めた。


「先輩では拙には勝てません。理由は直ぐにわかりますよ」


「そう」


「ホワイトフレアー!」 ボォォォーッ!!


「くっ!」


「はっ!」 ガギィンッ!!


「ぐ…!」


ズザザァ……ダンッ!


「はああっ!」


「裁きの白炎(ホーリーメガフレイム)!」


ゴォォォッ…!!


「くぅっ」


「はあっ!」 ガァキンッ!!


ザシュッ! 「ぐあっ…!」


聖炎魔法からのバルディッシュによる大振り…魔術は強力、物理も速くて重い、そして私の間合いで戦わせない様な立ち回り。


斬られた二の腕を抑えながらカレンを見ると、彼女は距離を取ってから話しだした。


「近接戦闘のみでは先輩には負けるかもしれませんが、今の拙には属性魔法があります」


「…そうね」


「では…」 ジャキ…。


カレンは戦斧を短く持ち、刃の部分に手を添えて目を閉じた。


私はその時初めてカレンの感情が微かだが読み取れた気がした。


「エンチャント・ホーリーフレイム」 ボォウッ!


付与魔法…決めに来るつもりか。


「…さよならフィリパ先輩」


ダンッ!


速い、これは避けられない。


ガァキィィンッッ!! 「ぐぅっ…!」


「終わりですっ」 ギギギギ…!


「ぐぐ…」


なんて重い一撃、そして凄まじい熱量、受けているだけで身を焦がされる。さすがカレン、やるわね。


でも…


ズズズズズズ…!!


私は抑えていた魔力を解放し、自身の顔の前で掌をカレンに向けた。


「っ!?」


「スティールステイク」 バァシュッッ!!


「くっ…」


カレンの身体に複数の鋼鉄の杭が刺さったと同時に私の腕や頬に鋭い痛みが走った。


カレンは距離を取って驚いた様子でこちらを見た。


「カレン、属性魔法を隠していたのはあなただけじゃないのよ」


「それは…まさか先輩が『鉄鋼魔法』を授っていたとは…驚きました」


「コルトン隊長にしか言ってないからね」


鉄鋼魔法、それは先天性属性魔法の中でもかなり稀な属性。


エルフやドワーフと違って人間という種族は属性魔法を授かる際は完全に運で属性が決まる。親が水流魔法を持っていても子供に受け継がれるとは限らないし両親が属性魔法を持っていなくても子供が雷電魔法を持って生まれることもある。鉄鋼魔法は過去に極めた者、いわゆる先駆者が僅かなので他の属性魔法より発達がだいぶ遅れている。その上高度な魔法技術と制御を要するので私の様な目に合う。


「自分にも魔法による傷が…。適応できていない証拠ですね」

「そう。仲間にも危険が及ぶから禁止されていたのよ…でもここにはもう仲間は居ない、心おきなく属性魔法を使える」

「…やはりフィリパ先輩は初めに狙うべきでした」

「なぜそうしなかったの」

「…なぜでしょうね。それより拙の聖炎魔法で先輩の鉄鋼魔法は溶けます、残念ながら相性が悪かったですね」

「それはどうかしらね」

「…?」

「すぐに分かるわよ」


お互いに魔力を高めつつ武器を構えたその時、横から別の魔力を感じた。


ブォォォーーッ!!


「っ!?」

「なにっ!?」


強風で私とカレンは吹き飛ばされそうになり、慌てて跳んで距離を取り風が吹いた方向を見た。


すると女性が2人並んで歩いて来た。いつの間に…いや、それよりなんだこの妙な魔力は。


「あなた達は…」

「その白炎、あの愚劣な騎士の仲間ですね」


カレンの言葉を遮って背の高い方の女性がそう言った。


愚劣な騎士…?聖騎士のことだろうか。


「ま、まさかあなた達がマスターボストレームを?」

「名前知らないけどたぶんそうだヨー」

「なっ…」

「ええ、ええ。解っていますよ。でもあなたの仇討ちなどより重要な事があります」

「重要なこと?」

「あなた方は私と可愛い妹のお昼寝の邪魔をしました」

「は?お昼…」

「そう、死ぬしかないのです」

「姉様、アタシは別に気にしてないですよ」

「ああ愛しい妹リジア、その優しさはあなたの魅力。でも今は不要なものですよ」

「いや、別に優しさで言った訳では…」


ズズズズズズ…。


「なっ!?」

「その姿はっ!?」


突如、姉の身体に変化が起きた。なんと竜の様な角と翼が生えたのだ。


「姉様、本当にやるのですね」

「当然です、彼女達は愛する妹とのお昼寝を妨げたのですから。さあリジアも擬態魔法を解きなさい」

「はぁい」


諦めた様にそう答えて妹の方も角と翼を生やした。


なんなんだ…擬態魔法なんて聞いたことがない…それにこの子達はいったい何者なんだ?そう思ってカレンに目をやると、驚くことに酷く狼狽していた。まさかあの姉妹の正体を知っているのか。


「…いかない」


バルディッシュを握り締めてカレンが呟き始めた。


「ここで死ぬわけにはいかないっ」


そう言って姉妹を睨みつけて構えをとった。


今の台詞…そういう事なのね。


「カレン」

「…?」

「私はあなたを殺す。でも今じゃない…わかるわね」

「先輩…」

「返事は?」

「…はいっ!」


「なになに、敵じゃなかったノー?」

「敵よ」

「ふうん、よくわからないけどいい目してるじゃん」

「それはどうも」

「ああ可哀想に。抵抗は無意味だというのが解らないのですね」


妹の方は重厚なガントレットを腕に装着し、姉の方は鮮やかな刀身の直剣を抜いた。


私とカレンも武器を構え、改めて魔力を高めた。


「私の名はフィリパ」

「…カレンです」

「お、いいネー。アタシはリジア・シェルヴィーノ」

「魅力溢れる可愛い妹リジアの姉、ルイザ・シェルヴィーノ。さあ始めましょうかお嬢さん方」


凄まじい魔力と威圧感…空気が張り詰めていく。


手が震え、汗が滲む。格上の相手に挑む時はこんな感じだった…長らく忘れていた。


兵士の亡骸の側に刺さっていた剣が倒れ、鎧に当たって金属音が鳴った。


それを合図に4人が同時に地面を蹴った。

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