外伝Ⅱ
「フィリパ先輩、拙はきっとフレヤ先輩に嫌われてしまいました」
「フレヤがあれくらいで仲間を嫌うような小さい人間だと言うの?」
「いいいいえ、そんなことは微塵も思っていませんっ」
「だったら信じなさい。あの子は家柄が良くて色々厳しい環境で育ったからね…。まあ何か指摘されたら少し意識してみなさいよ、とは言え無理して正す必要はないと思うけどね」
そう言って私が歩き出すとカレンは慌てて横に並んで着いてきた。
「フィリパ先輩は…優しいです」
「そうでもないわよ」
「ほれ、あんたの剣だ」
「どうも」
「騎士の姉ちゃん、損傷が激しかったがもうちょい大事に使ってやれよ」
「大事に使ってるつもりなんですけどね」
「しし、仕方ないですよ。エイデン先輩と激しい模擬戦をしたのですから…」
カレンは何かを思い出す様に店の天井を見始めた。
「あれはとても凄かったです、フィリパ先輩の動きはそれはもうー…」
確かに模擬戦とは言え本気でやり合ったからな。『ヴェザレフの町』に来てからは魔物討伐はもちろん任務上勝手に町の外に出ることさえ許されない…身体は鈍るし刺激も無い…私もエイデンも有り余る力を発散したかったのだ。まあ途中で止められてソティリスとフレヤにこっぴどく叱られたけど。今後はやり過ぎないように注意しないと…
「おい姉ちゃん」
「ん?」
「…嬢ちゃんの話聞いてやれよ。だいぶ熱く語ってるぞ」
「えっ」
私がカレンを見ると彼女は怒りと恥じの入り混じった様な顔をしていた。
「いいんです親方さん…拙なんかの話、無視してもらって構いませんので」
落ち込んだ様子でそう言ったので私は慌てて誤魔化した。
「と、ところで人は入ってきたんですか」
「それがまったくでよ。たまに手伝いに来てたゼノのやつも遂に町を出ちまったしな」
「…そうですか」
「あ、親方さん…拙達も近々町を出ることになったんです」
「えぇ!?」
「安心してください、町の守護には別の隊が着きますので」
「そうなのか…そりゃあ寂しくなるなぁ」
「まあその任務が終われば戻ると思いますよ」
「そうかい。まあ2人とも死ぬんじゃねえぞ」
「ひぇ!?」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「はっはっは!すまねえな」
その後、鍛冶屋を出た私とカレンは魔導書店と薬屋と雑貨屋に行ってから待ち合わせ場所である酒場に向かった。
「まだ早いからカレンは一度もどれば」
「そうですね。では荷物はお任せくださいっ」
そう言って買い物袋を抱えてカレンは宿に走っていった。他の隊士があんな調子だからか、カレンには入隊して間も無い頃から懐かれている。故郷の家族、特に弟と妹の話を何度も聞かされた。あの子には帰るべき場所も待っている家族も居る…それが少し羨ましい。
酒場に入ると店員の女の子が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいフィリパさんっ」
「こんにちはマリちゃん」
「今日は早いですね」
ち、近い。この娘はとても愛想よくて良い子だけど私に対しての距離感がおかしい。
「え、ええ。用事が済んだからね。宿に戻るのも面倒だし」
「そうなんですねっ。何か頼みますか?」
「うーん、連れを待つわ。それでもいいかしら」
「全っ然へーきですよっ。まだお客さん少ないですし」
「ありがとう」
そう言って案内された4人テーブルに着いて2人を待った。
それにしてもこの酒場ともお別れか…王都程ではないけどなんだかんだ言ってこの町は過ごし易かったな…などと物思いに耽っているとマリちゃん、マリエリがスキップして来た。
「フィリパさん、今お客さん居ないのでお隣いいですか?」
「え、構わないけど怒られない?」
「へーきですよ、店長には言ってあるので」
う、胸が。
マリエリは私の腕をぎゅうっと抱いて嬉しそうに笑った。
「あたしフィリパさん好きっ。強くて優しくて綺麗で」
「そんなことないわよ。強さとかはさておき私よりフレヤの方が美人でしょう」
「うーん、確かにフレヤさんも綺麗だけど…ちょっと違うんだよなぁ」
「そうなの」
「はいっ。上手く説明できませんけど、あたしはフィリパさんの方が好きですっ」
う、胸が更に押し付けられて…。
「聞き捨てならないですね」
「フレヤさんっ、いらっしゃい」
マリエリににこりと笑ってからフレヤは私を見た。
「強さはさておきとは私があなたに劣っているということですか」
「少なくとも負けてるとは思ってないわね」
「そうですか、でしたら…」
「おおおお待たせしましたっ」
「カレン、また私の言葉を遮りましたね」
「ひっ!?」
「フレヤ、カレンの気遣いわかるでしょう。謝るわ、大人気なかった…ごめんね」
「なっ…ま、まあ私ははじめからそこまで気にしていませんけど。ほら早く座りなさいカレン」
「はひっ!」
「マリちゃん注文いいかしら」
「はいっ」
「まったく。ずるいのですよフィリパは」
「なんのこと?」
「私と喧嘩になりそうになるとすぐに謝って治めるでしょう」
「それわかりますフレヤ先輩。フィリパ先輩は親しい相手と争うことを避けるために自ら頭を下げる優しいお方です」
「…」
う…そんな風に言われると流石に照れる。カレンは平気でこういうことを口にするからその度に私は困惑する。
「あらフィリパ、その顔は照れていますね」
「そそ、そうなんですか?」
「…照れてるわよ」
2人は顔を見合わせてからニヤニヤして私を見た。
「なによ、文句でも…」
「えぇ~!フィリパさん可愛いっ!それに素直で素敵ですっ!」
両手に木製マグを持ったマリエリは私を見て瞳をうるうるさせていた。
「ゴホン、それはどうも。その手に持ったお酒もらえるかしら」
「あ、はいっ。フィリパさんとカレンちゃんがリンゴ酒でフレヤさんがハチミツ酒」
木製マグを手に私達は乾杯した。その後運ばれて来た大きなパンに分厚いベーコン、野菜と兎肉のスープをペロリと平らげてから私達はもう一度乾杯した。
「はぁ…この料理とお酒、それに浴場とお別れになるのは辛いですね」
「そうね」
「拙もそう思います…既に憂鬱です」
「えぇっ!?お別れってなんですかっ!」
「ああ、私達は近々町を出るのよ」
「えぇ~っ!?」
「この町の守護に戻れるかどうかはわからないけど…ヴェザレフは王都への帰り道だから必ずまた訪れる、そしたら会いに来るから」
「フィリパさ〜ん!」
う…胸が。
マリエリは泣きながら私の腕に抱き着いてきた。
「行かないで下さいっ」
「そうはいかないのよ。それにしてもマリちゃんは耳が良いわね」
「グスン、フィリパさんの声なら離れていても聴いてみせます…」
マリエリはだいぶ落ち込んでいる。
「ヴェザレフに戻るまでおいしいお酒と料理、マリちゃんの素敵な笑顔を楽しみしておくから」
「はい…お待ちしてます」
「まま、まあ出立まではまだ数日ありますからねっ」
「そうですよ。三番隊が到着するまでは毎晩お店に通いますよ」
「そうそう。だからそんなに気を落とさないでマリちゃん」
「そう…ですよね。皆さんありがとうございますっ」
そう言ってマリエリは目尻に涙をつけたままニコッと笑った。
それから数日後、特練三番隊が到着し、私達は『ヴェザレフの町』を後にした。




