間柄
なんだこいつは…なぜ勇者を狙う…いや、そんなことより確認せねば。
「君は人間か?」
「うわ、やっぱりアタシ下手くそなのかナー」
バサァッ。
突如少女の背中から翼が生え、頭部には角が生えた。あれは恐らく偽装魔法…それよりなんだこいつの姿は、まるでドラゴンと人間の……まさか!
「き、貴様はもしや竜人族なのか?」
「あったリー。よく知ってるね、褒めたげる。でも正体知られたからキミを殺さないと」
「殺すだと、何を偉そうに。その異形、魔物と変わりない…聖騎士として野放しにはできん」
俺が剣を抜くと少女は重そうなガントレットを取り出して両腕にはめた。なるほどファイターか。
「いっくヨー!」
ガァンッッ!! 「ぬぐっ…!」
速い、そしてなんて重い拳だ、まともに受けるのは愚策か。召喚魔法は使えない、剣と聖炎魔法で仕留めるしかないか。
「ホワイトフレアー!」 ゴォォゥッ!
「よっ」 スタタッ!
ズガガァッ!! 「ぐおおっ…!」
広範囲に放った聖炎魔法をいとも簡単に掻い潜って攻撃してきた、なんという身体能力だ…それにしても……。
「ぬぐぐぅ…」
俺は『五ツ星の遂行者』だぞ。先程の邪魔者どもといい何故こんなにも苦戦を強いられる、こんなことあってはならない事だ!
ズズズズズズ…!
「神よ、我が信仰心と正義の意志に応え、力をっ!裁きの大白炎っ!!」
ゴゴゴゴゴゴォッ……!!
「ヒュロ・ダ・ユギヌ」 ビュゥオオオオオオオッ!!
なっ…なんだこれは、嵐風魔法の壁か!?聖獣ペガソスを凌駕する程の分厚さと範囲だ。だが俺の大魔法を止め切ることはできんぞ!
ゴォォォォォーーッ!!
どうだ、森を丸ごと焼き払う程の火力、これであの異形の少女は聖なる炎で浄化されたはず…
「アチチ、人間にしてはやるね。ちょっと火傷しちゃったヨー」
「ばっ!?馬鹿な!」
煙の中から少女が腕を抑えて出て来た。ホーリーギガフレイムを受けて片腕が焼けた程度だと!?くそ、こうなったら隙を見て回復薬を飲みもう一度別の大魔法を…
スパァンッ!
ボトッ。
なんだ今のは、魔法か、速すぎてよくわからなかっ…
「ぐあっ…あ、ああっ!?」
左腕に激痛が走り見てみると、肘から先が切断されて足元に落ちていた。
あり得ない、この俺の肉体をいとも簡単に欠損させるなんて。
「ね、姉様!?」
姉様だと…?俺が腕を抑えて止血していると遠くから女性が歩いて来た。この少女と同様、竜の翼と角が生えている。
「姉様、起きていたのですね」
「ああ、可愛い妹リジアよ。綺麗な腕を焼かれてしまったのね」
そう言ってリジアとやらの姉は治癒魔法で彼女の腕を治した。
「ありがとうございます。でもこれくらいの傷、大したこと…」
「ええ、ええ。解っていますとも」
リジアの言葉を遮ってリジアの姉は俺を憐れむ様な目で見た。
「ああ、愚かで憐れな人間よ。愛しい妹を傷つけたあなたはもう死ぬしかないのです」
「う…なめるなよ!ホワイトフレアー!」
ゴォォォウッ!
俺は範囲を絞って威力を高めた聖炎をリジアの姉目掛けて放った。
「ヒュロ・ゼ・ジィリス」 シュバッ!
「ッ!?」
聖炎魔法はあっさり裂かれ、俺の右脇腹が深く斬られた。なんという速さ…咄嗟に躱してこの深手、もし間に合わなかったら胴体真っ二つになっていただろう。
「可哀想に…どうしても生き長らえたいのですね」
憐れむ様な表情だが、俺はそれを見て恐ろしく思った。何という殺意の重圧。
「…」
『命乞い』自分の頭に浮かんだ言葉を俺は嫌と言うほど耳にしてきた。ダークエルフや『向こうの大陸』の魔人族…いや、なかには人間もいたか。何故こんな事を今になって考えているのか自分でも解らない…分かる事と言えばもはや神国に戻ることは叶わないということ。
…やはり寄り道は良くないようだな。
足元に血溜まりができ始めた……
ラケル様、息災をお祈りします。
「貴様、名はなんという」
「名乗りもせず相手に名を尋ねるとはなんて無礼なのでしょう」
ヒュンッ。
リジアの姉は鮮やかな刀身の直剣を抜いて振った。その動きは滑らかで迷いがなく、その所作と彩りは不覚にも美しく見えた。
「う…邪なる者に名乗る名前は…ない」 ジャキ…。
「そうですか」
ザンッ。 「っ…」
ドサァッ。
「姉様、勇者達を捜しますか?」
「さあ可愛い妹リジア、お昼寝の時間ですよ」
「えっ…寝るのですか」
「ああそうでしたね、私の名はルイザ・シェルヴィーノ。愚劣なる騎士、よい旅を」
ーーーーーーーーーー
鬼人族の隠れ里に着いた俺達は族長の館に直行し、ジュギに事の顛末を報告した。
「そう…。先ずは『メネーニ』を救ってくれて感謝するわ。聖騎士を逃したことは気にしなくていい…どのみち一度退けただけで奴等が諦めるとは考えられないからね」
「だが、もしもまた攻めて来たらどうするんだ?無論俺達は何度でも手を貸すつもり…」
「いいえ。お前達を頼るのはこれで終わりよ」
「そんな…なぜですか?」
「か、勘違いしないで。人任せを続ける気はないって話よ」
「人任せ…?」
「我らは人前に出れない…でもそれはこちらの都合、我儘よ。今回お前達を戦場に送って思ったの…自分達が守りたいものを他人に守らせるのは恥ずかしい事だって」
「ジュギ、お前の考えは理解した。でも1つ間違いがあるぞ」
「間違い…?」
「俺達は『他人』じゃないだろ」
俺はジュギの目を真っ直ぐ見て言葉を待った。
「…お前。フッ、そうだったわね、他人と言ったことは詫びるわ。そして訂正する、我らは『家族』よ」
「えっ」
「なっ…ち、違うの…?」
「いや、もちろん光栄だが…その、いいのかそんな簡単に他種族を受け入れて」
「受け入れるわよ。それだけのことをお前達はやってのけたから……でも家族はまだ早かったかしら」
「そうだなぁ…『家族同然』、もしくは『盟友』とかでいいんじゃないのー」
いつの間にか居たヒズエを見てジュギは眉をひそめた。
「あ、はは。ボクは『仲間』だよねーミウちゃん」
「もちろんだ」
「親友でもあるよねんっ」
「ん、そうだな」
「そうなんですかっ」
「え、俺はそれくらい親しいつもりでいたが…親友は言い過ぎか?」
「友達でいいと思う」
「ティオの言う通りです」
「えーひどい」
「あはは、ウチはどっちでもいいと思うけど〜」
「そうだね。言い方で決めるより実際の仲が重要だろうミウ」
「そ、そうだな」
「お、勇者くん解ってるね〜」
「まあミウのことだから言われるまでもないようだけどね」
「まあな…それに俺は他種族との関係を絶っていた鬼人族とこうして関わり合えてる事だけで充分嬉しいんだ」
「さすがミウだな、惚れるぜ」
「ああ。これが色男ってやつか」
「色男って…?」
振り向くとニワビ、ヤビ、カリンが部屋の入り口に立っていた。
「んんっ、ともあれお前のことはもう『気に入っている』などとは言わないわ」
そう言いながらジュギは剣を手にして近寄ってきた。




