苦手
「いらっしゃい!」
元気良く出迎えてくれたのは先ほど荒くれAを止めに入った若者、確か名前は…ゼノって呼ばれてたな。
「どうも〜。槍って置いてますか」
「はいっ、あちらに並んでるッス」
ミミルは本当に槍が好きだな。店内を見渡したがどうやら勇者は居ない様だ。
「お客さん、冒険者ッスか?」
「ああ、Fランク冒険者のミウだ。冒険者に特別な興味を持っているのか、そんな目をしている」
「ご明察ッス。自分は冒険者を目指してるので!」
「なるほど、ここで資金を貯めているのか?」
「それもあるッスけど…。その…実はもう登録料と装備や消耗品は揃えてあるッス」
「そうなのか」
「あとは先輩待ちなんスけどね…」
「先輩って勇者の?」
「はい!勇者ゼリウス!自分が冒険者になろうと思った切っ掛けッス!」
「そ、そうか。どうして待ってるんだ」
「もちろん一緒に冒険したいからッス」
「その勇者さんは冒険に出たいのですか?」
「えーっと…それが…」
途端にゼノは俯き口を噤んだ。
「その勇者くんは出掛けてるの〜?」
「先輩は鉱石を取りに行ってるッス」
「よく行くのか?」
「はい、毎日行くッスよ」
「毎日…か」
「おいゼノ!手ぇ貸せ!」
大声と共に顔に煤を着けたおっさんが現れた。
「ちょっとおやっさん!」
「おっと、すまねぇ接客中だったか。いらっしゃい、ゆっくり見てってくだせぇ」
「ああ、どうも」
「ただいま戻りました。おやっさん、外まで声が…」
「あ、先輩っ!」
「お、ちょうどよかった。ゼリウス!ちょっと手ぇ貸せ」
「わかりました…ん、君たちは…」
「早くしろゼリウス!」
「はいっ」
勇者は小走りで店の奥に行った。忙しない店だな。
「裏庭に作業場があるッス」
「そうなのか。勇者も何か造るのか」
「いえ…先輩は手伝いしかしないッス。主に素材集めなんですが、鉱石や生物の素材を取りに行くのは危険なので重要な役割なんス」
「なるほどな、素材集め…か」
「ねぇねぇミウくん、ウチこれが欲しい」
「私はこれを」
ミミルは槍のレザーホルスターを。メティは革の矢筒を持って来た。とても質の良い品だ。
「この皮も勇者が?」
「そうッス」
「ミウくんは何も買わないの」
「じゃあ俺は剣鞘をもらおう」
「計3点ッスね!毎度ありっ!」
「じゃあまたな」
「はいっ!お待ちしてるッス」
店を出るとメティがくっついてきた。む、胸が。
「買い物は終わりました、私達…これからデート…ですよね?」
「全く、ほら2人の荷物もウチが宿に持って行くから」
「い、いいですよミミル、自分の物は自分で…あっ!」
ミミルは素早く俺達の手から荷物を奪った。速いな。
「気にせずデートしておいで〜」
「ミミル、ありがとな。夕飯時には戻る」
「りょーかい、じゃあまた後でね」
そう言ってさっさと行ってしまった。本当にいいやつだ…ちゃんとお礼をしないとな。
「ミミルに悪いことをしました…」
「あとでお土産買おうな」
「はいっ」
それから俺達は町中をのんびり歩き回った。
メティはべったりくっついてニコニコしていた。ふう、機嫌が直ったみたいで安心した。
それから偶然甘味処を見付けたので寄ってみた。
これは、蜂蜜団子か。俺達はお茶と団子を買って側にあったベンチで食べた。
「美味しいですっ」
「そうだな、せっかくだからミミルにも買って帰ろう」
「そうですねっ。あら、ハチミツがついていますよ」
そう言ってメティは俺の口に着いた蜂蜜を指で取って当たり前の様に自分の口に入れた。…今のはちょっとエロいぞメティ。
「ありがとう」
「いいえ」
食べ終わってからは2人でただ寄り添ってベンチに座っていた。
メティの端正な横顔は幸福感を帯びていて、それを見て急に俺はメティを愛おしく想った。
「メティ」
「はい…?」
顔を向けたメティの頬にそっとキスをすると、彼女の顔面と長耳は真っ赤に染まった。
そして誤魔化す様にメティは俺の腕にしがみついた。
いてててて。む、胸が。
「あれ、早かったね〜」
「ああ、これをミミルに渡したくてな。できたてが一番だろ」
「どうぞ食べてください」
「うわあ、美味しそう」
ミミルは多めに買った蜂蜜団子をぺろりと平らげて満足そうにお茶を啜っている。
「そういえばあの勇者くん…ゼリウスだっけ。どうして魔王討伐に行かなかったんだろ」
「確かに…そのせいであの様な酷い扱いを受けている様ですからね。何か事情があるのでしょうか」
「どうだろうな」
ヴェザレフの町のギルドには食堂が無いが代わり町には飲食店が多い。先ほど団子を買った際にお薦めの酒場をいくつか教えてもらったのでそのうちの1つに向かった。
「料理もお酒も美味しいですね」
「ほんとだね〜」
「そうだな…」
「ミウ?」
「あ、好き嫌いはよくないよミウくん〜」
「わ、わかってる」
くっ、メティがよそってくれた皿にこいつが居るとは。
「えっ、何か苦手な物がありましたか」
「ミウくんはね〜これが駄目なんだよ」
ビシッとミミルが指差した先に在るのはズバリ『肉』だ。もちろん肉は大好きだが俺が苦手なのはモツやホルモン等。目の前に無くてもあの食感を想像しただけでゾッとするくらいだ。
「それでは私が食べますね」
「すまないな…」
「ちょっと待った。甘やかしたら駄目だよメティちゃん!」
ぐっ、ミミルめ、余計なことを。
「そ、そうだな。好き嫌いはよくない」
「うんうん」
「だったらミミルも野菜を食べないとな」
「えぇ~!?」
「あっ、確かにミミルっていつもあんまりお野菜食べませんよね」
「ああ。この際一緒に苦手な物を食べようじゃないか」
「うぅ~ミウくんの意地悪〜」
その後俺とミミルはそれぞれ苦手な食材を食べた…と言うか酒で流し込んだ。
「うぇ~まずい」
「本当だな…そういえばメティは苦手な物はないのか」
「私は貝類が駄目で…昔お土産で磯の風味が強い貝を頂いたのですが、その…食事時には言えない事になりまして」
ああ、もしかして吐いたか下痢したのかな。確かに普段海の幸を味わう機会の無いエルフ達にとっては癖の強い香りと味かもしれないな。
「実は俺もあまり得意じゃない、ミミルは?」
「ウチ、食べたことないんだよね〜」
「じゃあこの先食べる機会があったら是非試してみてくれ」
「そうですね、ぜひ食べてみてほしいです」
「りょーかいだよ〜」
例によってミミルが飲み過ぎそうな勢いだったので俺達は早々に店を出て宿に戻った。
今日はあちこち行ってくたびれた、明日に備えてさっさと寝よう。
翌朝、俺達は宿の食堂で朝食を済ませてから町を出た。




