第三十話 一目惚れ⑤
「いつもの俺だったら、絶対にこんなことはしません…………というより、今までも、誰かに一度だってこういうことをした覚えはありませんが、あなただから………三玲主任は特別というか………だから、こうせずにはいられなかったんです!」
しどろもどろになりかけながらも、ケンゴはついに悶々としていた胸の内を告げた。
「もちろん、世の中のことは俺にも分かっています、あなたとは住む世界が違うことを………できれば連絡先を教えてもらいたいんですけど、それさえもできないということも………今の俺は、箸にも棒にもかからないただの下っ端ですから………でも、いつか必ずビッグになってみせます………三玲主任、あなたに相応しい男に………そして、あらゆる手段を使ってあなたに呼びかけます。だから、その時は、電話をください………」
ケンゴとしては一気にまくし立てるつもりだったものの、最後の辺りは情けないことにどうにもしおらしくなってしまった。
それでも興奮冷めやらぬままにポケットから手帳とペンを出すと、メモ用の白紙のページに自分の連絡先を書いてちぎり、思いを込めて差し出した。
ところが、一方の三玲は、それを受け取ろうともしないばかりか、表情すら変わらなかった。
もちろん、ケンゴとしても、すんなりと事が運ぶとは考えていなかった。
とはいえ、このままでは間が持たず、恥ずかしさもこみ上げてきてしまったので、ついには強引に手渡した。
「待っていますから、ずっと………!」
だから、結局それだけ伝えると、ようやくドアを閉めて署に駆け戻っていった。
………。
そんな二人の様子を、駐車場にとまっている車の陰からアヤが見ていた。
アヤの手には、ラッピングの施されたリボンつきの小さな紙袋。
それを大切そうに包み込みながら、三玲をじっと見つめる………。
やがて、アヤもケンゴを追いかけるように署に向かった。
そして三玲は、去って行ったケンゴの後ろ姿を目で追うこともなく、手の中に押し込まれたメモ紙を開いてみた。
書かれていたのは電話番号だった。
三玲としては、覚えるつもりなど毛頭なかったが、一度見たものはしっかりと記憶されてしまう。
とはいえ、それは使われることのない“塩漬け情報”の一つに過ぎなかった。
日々、様々なことが起こり、メモリバンクに保存されていく。
人間が歳月を経て老いていく過程を人生と呼ぶのなら、データの蓄積こそが三玲にとってのそれに相当した。
ただ、自分でデータを消去することはできなかった。
そういうふうにプログラムされているからだった。
その反面、人には“忘れる”という能力がある。
にもかかわらず、まったく正反対の性質も兼ね備えている。
それゆえに、複雑なイザコザが起こる。
“忘れられない”がゆえに。
厄介なことにならなければいいけど………。
そう思いつつも手にした紙をクシャっと丸めた三玲は、それを車のクズ入れに突っ込むとアクセルを踏み込んだ。
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