第二十九話 ごめんね………④
その気配を察するや、お母さんネズミが再び牙をむき出して威嚇してくるが、今までのような獰猛さはない。
だから危害を加えるつもりがないことを表すように、ノボルは両手を上げて降参のポーズをとる。
そんなことが動物に通用するかどうかは分からなかったが、しばらく敵意がないことを示し続ける。
それから、もう一度、慎重にリュックの中に手を入れてみたものの、お母さんネズミは飛びかかってこない。
大丈夫、怖がらないで………。
ノボルはそんなふうに目で語りかけながらそっとおにぎりを二つ取り出して袋を開け、それぞれ細かくちぎった。
食べ物のにおいを嗅ぎ取ったのか、それをじっと見ていたお母さんネズミはいつの間にか前足を地面に下ろし、牙も引っ込めていた。
そして食べやすい大きさになったご飯つぶを手の平に乗せたノボルは、それを一度見せてから玄関口に置き、その場から少し離れた。
すると、すぐに子供たちが近づこうとしたものの、一旦、お母さんネズミが止めた。
そのあとで、念入りににおいを嗅ぎ、まず自分が一つだけ食べてみる。
やがて無害であることを確認すると一歩下がり、待ち切れないでいた子供たちが無心でほおばるのを見守っていた。
そうなることが分かっていたので、ノボルはもう一つ残っていたおにぎりを出して袋を開け、また足元に置くと再び距離を取った。
お母さんネズミは、しばらく眺めたあとでそこまで寄ってくると、やおら食べ始めた。
チューママと、チュー子、チュー吉、チュー太郎かな………。
ノボルはその光景を眺めながら、ネズミたちにそんな名前をつけた。
ママは分かるとして、三匹とも同じように見えたが、耳の形がそれぞれ微妙に違う。
丸っこいのがチュー子、しなだれているのがチュー吉、反り返っているのがチュー太郎。
みんな夢中でご飯つぶを食べていて、あっという間になくなってしまった。
こんなことなら、もっといっぱい買ってくるんだった………。
ノボルは相手に危害を加える武器となり得る道具よりも、空腹を満たす食べ物のほうが思いがけず役立ったことに安堵しつつも、何故かやり切れない気持ちになった。
チューママは、子供たちと自分を守るため、必死で生きている。
その結果、人間にケガをさせられ、獣とならざるを得なかった。
ごめんね………。
ふと浮かんできた言葉がノボルの胸の内を静かに震わせる。
そして、四匹が揃って空き家の立ち並ぶ一帯に戻っていこうとした際、チューママが何か言いたげに一度チラッっと振り返った。
ごめんね………。
ノボルはもう一度胸中でそう呼びかけると、ネズミの親子の姿が見えなくなるまで見つめ続けた。
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