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君色 ~君は何色に染まる?~  作者: 林 凛夏
11/12

10.つなぐ手のさき

すみません、書くのがほんっっとうに遅いです。

大幅に加筆いたしました。これからもどうかよろしくお願いいたします。


今年中に5万文字書きたい!

「返事、今ここでします」

 気付いたら言葉に出していた。

 どんな返事にするのか頭ではまだはっきり決まっているわけじゃないのに。

 まるで心はもう決まっているみたい。

 心の声が言葉になって口からするりともれていく。

「私、やりたいです」



 たった一言、されどひとこと。この言葉が私の未来を変えた。

 今の私がこうやって思い返していられるのも、笑っていられるのもあの日、あの場所でこの言葉を口にしたから。彼らに、出会ったから―――



「そうですか。わかりました。それなら申し訳ありませんが、ここだと人の目があるので詳しい話は場所を変えてもよろしいでしょうか?」

 鷹揚にうなずいて、それから彼はこれからの話を続けていった。

「契約についてや、実際にやってもらいたいと思っている仕事について話そうと思っています。ですので急な話ではありますが……」

 言いにくそうに話す内容は私をおもんぱかってか、丁寧に紡がれていて。

 目の前の彼にどこか惹かれるものを感じるのはこういった気遣いからかもしれない、なんてつらつら考えては意識が少し遠くへ行きかけ、

「美曲?」

 由紀の名前を呼ぶ声でふっと元に戻された感覚がした.

「あ、ゆき……」

 彼女の名前を呼ぶと何か―――薄いベールのようなものが私と彼女の間に生まれる、そんな感じがして。

「ご友人の方は申し訳ありませんが、この先には同席いただけません」

 はっきりと言葉にされた瞬間、それは形をもって私の前にあらわれてきたんだ。

 由紀はここまで連れてきてくれた大切な人で、初めての友人。

 でも、今から私は芸能人で由紀は一般人っていう違いができてしまう。

 対等で、同じ場所に立つ仲間ではなくなってしまうかもしれない。

「ん~、美曲ったらなんて顔してんの!今生の別れでもないんだし笑っててよ。私は美曲に笑っていてほしい。もっと美曲といろんな話して、一緒に笑ってたまには泣いて、いっぱい思い出つくりたい。きっとさ、これから変わっちゃうこととかあるとおもうけど、でも」

 ゆっくり息をすってはいて。

 そして目の前の彼女は私に精一杯のエールを浴びせた。

「どこにいても、何をしていても美曲は美曲だよ!なんにも変わらない。この瞬間も、一緒にきた握手会もなくならないんだよ。だから、美曲、頑張れ!!私には芸能界がどんだけ大変なのかとか、苦しいことがある場所なのか想像つかないけど、きっと大丈夫。美曲なら笑っていられるから。だからっ」

 彼女は美しかった。

 ほんのりと朱が差した頬に、透明のしずくをつたわせて優しく笑っていた彼女が。

 この世で一番きれいだと思った。

「がんばれっ!!」

 かすれ気味の声で彼女はそう言い残して

「じゃあまたね!」

 大きく手を振りながら会場から姿を消した。

 そんな彼女の後姿はなんだか少し寂しそうで、でも同じくらい凛々しかった。



「ご友人とはちゃんと話せたみたいですね」

 由紀がいなくなった先をぼうっと見て、放心していた私の横に音もなく彼は立ち、

「さて、いきますよ」

 何かを言うわけでもなく、ただ淡々と歩を進めていく。

 もくもくとただ、歩く。

 沈黙に耐えられずに、ことばが口をついてでる。

「先ほどはありがとうございました」

 彼は由紀との会話の時に、空気のようにたたずんでいた。

 その表情をうかがうことはできなかったけれど、途中で話を区切られて気持ちのいい人はいないだろうに。

 たぶん、気をつかってくださったんだろう。

「いいえ、これくらいは大人の余裕、というやつですからお構いなく」

「大人の余裕、ですか」

「はい、それに先ほどのご友人は大切な方なのでしょう?」

「っ、はい」

「大切な方との会話はできるときにしておくべきですからね。なんてことないですよ」

 何か、含みのある言い方だな。

「それって、「さて」」

 意図を聞こうとしたタイミングで()()()()彼の言葉がはじまって。

「ここから先は少し急ぎますね」

 言葉通りスピードをはやめはじめたから、あわててそれどころではなくなってしまった。

 


 それからは沈黙が続いた。

 というより、会話するような余裕が生まれなかった、というのもあるだろうが……。

「……」

 目の前に見える黒いモヤ(マネージャーさん)を見失わないように、後ろを金魚のふんのようについていく。

 眼鏡、持ってくればよかったなぁ。

 ギリギリこの距離ならみえるけど、これ以上離れると見えなくなりそう。

「……、そんなに近くに来なくても大丈夫ですよ」

「あっ、すみません」

とすん、と信号で立ち止まったらしい彼の背中にぶつかってしまう。

「っ、いたぁ」

意外に硬いそこに顔をぶつけてしまい、軽い痛みに思わず声がもれる。

「大丈夫ですか」

彼はゆっくりと振り返り私の顔をすぐさま確認し、

「けがは、ないみたいですね」

ほっと安堵したように吐息をもらした。

「すみません……」

その距離の近さにびくびくしながらも、小さな声でそう言うと

「もしかして、歩くのはやかったですか?」

考えるようなしぐさをした後、かれはそう言って。

「あ、いえ。それは確かにちょっとあるんですけど」

「けど?」

「それよりも、私ふだんは眼鏡なんですけど、今は裸眼で。実はその、あんまりよく見えてなくて。あっ、でもちゃんとどこ行くのかの方向くらいはなんとなくわかっていますよ?ぼんやり見えているので」

 言い訳じみた言い方になっているのは、たぶん緊張しているから。

 目の前の人にとっての正解が分からないから、どの言葉を選択すればいいのか自信をもてない。

 反応が、怖い……。

「はぁ~」

 かえって来たのは長い溜息で。

 どこがダメだったのかな。言い方?言葉の選択?

 不安が次々と胸の内にたまっていっては、つもっていく。

 見限られちゃうのかな、私。

「そういうことは、早く言ってください。いくらでも対応可能ですから。言わないで後から実はこうでした、といわれてももうどうしようもできないので。できることはさせてください。万が一その格好で迷子にでもなったら危ないでしょう」

「えと」

 頭が情報に追いつかない。

「とりあえず今は私の服の袖でもつかんでおいてください。これ以上の時間のロスは面倒です」

言いたいことはいった、と言外に示して自分の袖に私の手をもっていって

「少し早く歩きます」

 彼は宣言通り、てくてくと歩きはじめた。まだ状況を理解しきれてはいないけど、つかんだ袖から手が離れてしまわないように必死についていった。

 


「はい、ここです、靴を脱いで上がってください」

 あれから数分歩いて、やっと目的地についたみたい。

 私の手をそっと袖から外して、扉を押さえて少し広い玄関?に招き入れる。

「ここは?」

「あぁ、説明していませんでしたね。SCAIRの寮です」

「あー、なるほどSCAIRの寮なんですね!」

 ん?

 SCAIRの寮?

 聞き間違いではなく?

「え、あの、私が知ってもいいものなんですか?」

 SCAIRには詳しくないから、実はこの場所はファンも知っている、とかかもしれないと淡い期待を抱くけれど。

「ふっ」

 なんだろう、表情がよく見えないけど不敵な笑みっぽいのが漏れ出てた気がするんだけど……。

「いえ、ここは社外秘ですよ」

 社外秘??

 えーっと、社外秘ってなんだっけ。

「社外秘、まぁ要するに会社の外に出してはいけない書類やデータ、情報などのことですね」

「え、や、はい?」

 私、まだ完全に雇用されてない、よね?

「あぁ、正式な雇用契約は交わしていませんが、」

「が?」

「目、見えていないのでしょう?それにここの場所への行き方を一発で覚えられるとは限りませんし、」

「し?」

「何より、貴女のような方をみすみす逃すようなヘマはしませんので」 

 冷静に紡がれる言葉は、まるで私の知らない言語のようだった。

 説明をされているようでちゃんと理解できないし、何より私が心の中で思ってるだけで口に出してないことまで答えられている気がする。




「とりあえず、中、入りませんか?」

 マネージャーさんの優しい笑声―――のはずなのに、この時はどうしてか悪魔の囁きにきこえたんだ。

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