5-11
「しばらく……1時間ほど、2人きりにさせてくれませんか」
お茶を淹れに来たアンダーソン夫人は、「ごゆっくり」と微笑んで居間を出た。トントンと階段を2人が上がる音が聞こえる。
ジャニスはじっとこちらを見ている。落ち着いてはいる。だが、もし半端なことを言えば彼女は即座に私を「消そう」とするだろう。その時は抵抗するつもりはない。長年謀っていた罪の報いを受ける、それだけのことだ。
私は紅茶を一口口にし、話を切り出す。
「まず……私は謝らねばなりません。貴女を長年騙し続けたこと。そして、さっき『何でもない』と噓をついたこと」
「聞きたいのは謝罪の言葉じゃない。貴方の真実を知りたい。
それと、もうその敬語はいいわ。ずっと嫌だったの、貴方が私に距離を置いている気がして」
やはりか。私が彼女にどこか距離を置いていたのは、私の真実が明らかになるのを恐れていたからだ。あるいは、自分に彼女と一緒になる資格はないことを、自分でも分かっていたからなのかもしれない。
だが、それももはや意味がない。私が正直に話さねば、何も始まらないのだ。
「……分かった。私の真実……本当の名前から話そう。私は、かつて『半沢秀一』と呼ばれていた。元の世界では警察官――こちらでいう騎士団に属していた。
邪教による無差別殺人で殺され、気が付いたら赤子の中にいた。『先天性転生者』、というらしい」
「……何それ。アルヴィーン大司教は、このことを知っているの」
「ああ。私が先天性転生者であるのを知っているのは3人。アルヴィーン大司教とフリード陛下、そしてヒイロだ。カルを除けば、知られたのは事故だ。カルにしても、半ば強制的に知られたにすぎない」
「『読み手』の能力を使われたわけね。……なぜ私に言わなかったの。言う機会は、何度もあったはず」
ジャニスの語気が強くなっている。無理もないことだ。
私が転生者ではないかと疑われたのは今回が初めてではない。子供の頃、その知能から「魂見魔法」で魂の色を見られたことは私の遺伝学上の両親から聞かされていた。
確かに、ジャニスに私が転生者と伝える機会はなくはなかった。だが、それはしなかったしできなかった。
ジャニスは元々法と秩序を重視する少女だった。私が転生者であることを告げれば、間違いなく葛藤するだろう。そして、多分彼女はそれを王家の人間に知らせたはずだ。
もし私の真実が明らかになれば、恐らく私は隔離されるだろう。転生者に対して寛容なセルフォニアであっても、転生者の人権はそれなりに制限されるものなのだ。私はそれを恐れた。
グランのクーデターの後はなおさらジャニスに真実を告げるわけにはいかなくなった。転生者に対して強い憎しみを持っている彼女のことだ。私が転生者であるという事実は、到底耐えがたいもののはずだ。
ただ、そうした事情は全て私側のものだ。彼女からすれば、生まれた時から兄のように慕い、そして肉体関係まで持った男が真実を話さなかった。そのことそのものが耐えがたいのだ。
私は軽く息を吐く。
「……転生者は、この世界では生きられない。少なくとも、一定の人権を制限されねば。そして、君がどれほど転生者を憎んでいるかもよく知っている。だから、真実を告げれば……君は私を殺そうとするだろう。
そして君は、私にとって家族であり、戦友であり――最愛の人だ。結局……私は君を失いたくなかった。所詮、小さな男の、つまらない我が儘に過ぎない。それはよく分かっている」
向かいに座っていたジャニスが立ち上がった。……来たか。
目を瞑り覚悟を決めた瞬間、「パシン」という音と共に鋭い痛みが頰に走った。
「貴方を失いたくないのは、私も同じよ!!!」
目を開けると、顔を紅潮させ涙を流しているジャニスが見えた。
「……ジャニス」
「貴方が私にとって、どれだけ大きな存在か分かってる??貴方がいなかったら、私はここにいないわ!!
貴方は私にとって……兄であり、先生であり……そして、私にとってたった一人の『男』なの。転生者だからといって、すぐに消せるわけなんか……ないじゃない……!!」
「すまない……ただ、今になるまで、言えなかった。いつかは言わねばならないことだったが、その勇気がなかった……情けない男だ」
ジャニスは黙ったまま、再び椅子に座る。しばらくの間、沈黙が部屋を支配した。
どのぐらい時間が経っただろう。ジャニスが口を開く。
「……貴方の魂の色が青なのは」
「……転生者は、受肉した人間の魂を食らう。私のような先天性転生者は、食らうべき魂がない、とカルは言っていた」
「私の特殊体質が効かなかったのも、そのためということね……」
ふうと、ジャニスが大きな溜め息をついて私を見る。
「……貴方を許したわけじゃない。私自身、気持ちに整理はついていないわ。ただ、今はとりあえず貴方を信じることにする。それに、ここで諍いを起こしても、何も始まらない。
貴方、自分が『先天性転生者』と言ったわよね。そして、それはシャキリ・オルドリッジも同じ」
「ああ。カルからはこう聞いている。『先天性転生者の恩寵は、普通の転生者のそれより強い』。さらに言えば、『性質の近い2つの能力がある』とも」
ジャニスの表情が強張った。
「……!!まさか、貴方の『時魔法』って……」
「私の恩寵だ。古代魔法にも同じものがあるとは知っている。だから誤魔化すのに都合が良かった。それは本当に申し訳なく思う。
そして、10年前にセルフォニアから脱出する時に使った『切り札』。それがもう一つの恩寵だ」
「色々納得するところはあるわね……それって、オルドリッジも近い水準の――あるいはそれ以上の力を使える、ということ??」
私は頷いた。
「あの男は、私たちがこれまで考えていたより遥かに危険な男だ。ポルトラを襲撃しようとしている理由がどこにあるかは分からないが、間違いなく全力を出さないと何とかなる相手じゃない。
そこにスティーブ・アルバに憑依した転生者と、ポーラ先生の皮を被った何かがいる。仮にユウたちがディムレたちを何とかできたとしても、なお簡単ではない」
「……援軍が来るのよね?あのクミとかいう子と、教会の祓い手……『RR』辺りかしら」
「ブローム、それとウィルソンも来るとは聞いている。明日朝には、こちらに着くらしい」
「ウィルソン……教会も流石に全力を出してきたわね。もう一人の特級――ギルシャスは」
「彼の居場所は摑もうと思っても摑めないさ。オルドリッジと同じで、神出鬼没だ」
ジャニスは「それもそうね」と苦笑した。少し、いつもの調子が戻ってきたことに私は安堵する。
「とりあえず、数の上では大分こちらが優位に立つはずだ。ただ、相手の手の内が分からない。それに、ユウたちが無事戻ってくるかどうかだ」
時計をチラリと見た。そろそろ、1時間になろうとしている。ジャニスもそのことに気付いたようだった。
「……向かった方がいいわね」
「ああ」
外に出ると、空気が清浄になっているのに気付いた。元々ジャニスの特殊体質のおかげでエムの恩寵は無効になっているが、明らかに空気の違和感がなくなっている。
「……あの子たち、やったみたいね」
「そうだな。少し、急ごう」
「ええ。それと……人前では敬語でいて。怪しまれるわ」
私は微笑み、「かしこまりました、お嬢様」と告げた。
*
入国管理局に入ると、手を後ろで縛られた長身の男と、14ぐらいの色白の少女が転がっていた。傍にはユウと原田がいる。
「来てくれて助かるぜ。こいつら、一応眠らせたんだがどうしたものかってな」
「これは、貴方たちが?」
「まあな。正直、こいつらの能力を見誤ってたが、原田のおかげで何とかなった」
原田は「この身体のおかげだよ」と苦笑する。
「僕は魔法のことなんかほとんど知らないが、この身体が初歩的な魔法は覚えていた。『睡眠魔法』だっけか、それも使えたみたいだ」
「伊達に『天才』ダミアン・リカードの身体じゃないってことね。……ということは、彼らはまだ生きているわけね」
「男の方……ディムレが憑依した男は深手を負ってる。僕がある程度治したから、死ぬことはないと思うけど。その女の子は無傷だ」
私はジャニスと顔を見合わせた。どうやら、風はこちらに吹いてきているらしい。
「分かりました。では、適当な部屋に入りましょう。そこで尋問といきましょうか」




