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「そうか……」
アンダーソン卿邸の1階奥の納屋に、私はいた。移動電信機の向こうで、カルが大きな溜め息をついて黙り込む。
気持ちは分かる。シャキリ・オルドリッジと、死んだはずのポーラ・ジョルディアの登場。そして、彼が私に告げた「事実」。それらの前では、イーリス教会の最高幹部の一人であるカルですら、何を言えばいいのか分からないのだ。
「……私としては、即座に増援を……それもでき得る限りの増援が必要な案件だと思います」
「気持ちは分かる。ただ、これは……全面戦争にもなりかねないな。フリードにも伝えたのか」
「ええ。近衛師団を増員の上、急ぎ向かわせると。それでも、ポルトラまでは2日はかかります」
「2日か。……メジアからの援軍が来るというのは、どれほど確からしいんだ」
「分かりません。その規模も不明です」
「……理想としては、大事になる前にシャキリとポーラ、そしてアルバを『討伐』したいところだが。君たちだけでできるのか?
君の推測が正しいなら、シャキリは君と同じ『先天性転生者』だ。どんな『恩寵』を持っているか……極めて危険なのは言うまでもない」
「先天性転生者」――生まれた時から前世の記憶を持って生まれた転生者だ。その存在は、イーリス教会でもごく一部の人間しか知らない。
「先天性転生者」は、これまでの歴史上僅か数人しか確認されていない。そのうち、成人まで生き永らえていた事例は、私以外にはいないはずだ。
そして、「先天性転生者」の「恩寵」は、通常のそれを遥かに凌駕する。少なくとも、私はそのように聞かされている。
自覚はある。「時を統べる者」は、その汎用性含めて極めて強力だ。これがあったからこそ、私とジャニスはこの10年「表向きは」一度の失敗もなく祓い手稼業を続けてきた。
だから、10年前にカルから「先天性転生者」の危険性を知らされた時も、そう大きな驚きはなかった。無敵に限りなく近い能力だと、自分でも思う。
それだけに、シャキリが極めて危険な男であることも、すぐに悟った。彼の手の内は、全く読めない。私の「切り札」が通じるのかどうかも、正直自信がない。物量をつぎ込めば殺せる相手なのかも不明だ。
カルがもう一度、深い溜め息を付いたのが分かった。
「さらに問題なのは……ジャニス君は、君が先天性転生者であることを知ってしまった。そうだね」
「まだ、真実は話していません。ただ、人並み外れて勘のいい彼女です。すぐに気付くでしょう。
そして……25年間彼女を欺き続けてたことを知れば、彼女は私から離れる……いや、消そうとすらするかもしれません」
「君が彼女を喪うことを恐れているのは、よく知っているよ。だから、君は隠し通し続けた。墓場まで持って行くつもりだったんだろ?
だが、噓は必ずバレるものだ。いかに君でも、それは例外じゃなかった。残念なことだが……」
「嫌と言うほど感じていますよ。私に『きっと大丈夫だろう』という慢心があったのも事実です。ただ、いざこの時が来ると……正直、堪えますね」
「だが、君たちが協力しなければ今回の件は解決しない。アルバだけでも厄介なのに、そこにシャキリとポーラがいるとなれば、なおのことだ。
君が賢明な男であるのはよく知っている。2人のことは、君しか解決できないし、解決できると信じているよ」
「……そうあればいいですが」
私は自嘲気味に笑った。彼女の転生者に対する恨みは、嫌と言うほどよく知っている。彼女が聞く耳を持ってくれるかは、全く自信がない。
昔に比べて、ジャニスは丸くはなった。高慢なキャラを作ってはいるが、内面はかなり思慮深くもなった。それでも、私の「裏切り」に対する怒りは想像を絶するものにはなるだろう。
だが、ここを解決しないことには先には進めない。そして、何よりポルトラの、そしてレヴリアの平穏も訪れない。……やるしか、ないのだ。
カルは「フフ」と笑った。
「まあ……私の見た『未来』が正しいなら、きっと君は何とかするのだろうね。『未来視』は確実じゃないが、確度はそれなりに高い。だから、自信を持ってくれ。
そうそう、ミアンからの援軍だが……そちらに着くのが少し早まりそうだ」
「そうなのですか?」
「ああ。アンダーソン卿からの報告を受けて至急追加した。元々そちらに送る予定だったディアムとブローム、そしてオリモに加えて、ウィルソンが協力してくれることになった」
「……彼ですか」
私に微かな不安が生じた。「凶獣」ザイン・ウィルソンか。
この大陸で、非セルフォニア側の特級祓い手は5人いる。ジャニスももちろんその1人だ。
そして、こちらに送られるのは残り4人のうちの3人になる。リアナ・リアム――通称「RR」と、ジェイソン・ブローム、そしてウィルソンだ。いずれもこれまで高い実績を残しているが、中でもウィルソンは私たちにも比肩するほどの使い手といえる。
ただ、決定的な違いが一つある。依頼の多くを遂行が困難な「浄化」案件が占める私たちと違い、ウィルソンは「討伐」を専門とする。その容赦のなさは、いささか非道とすら言えるほどだ。
カルが「君の気持ちは分かる」と答えた。
「君が『先天性転生者』であると知ったら、あの男は必ず君も殺しにかかるだろう。彼の転生者に対する憎しみは……君やジャニスよりもさらに濃く、深いからね」
「ミミを生かした件でも、かなり激怒してましたからな……ユウや原田もいる現状は、正直危ういかと」
「ああ。だからこっちに着いたらRRとウィルソンは別行動だ。彼を抑えるには彼女が一番だろう?」
私はRRの卓越した精神操作魔法を思い出した。確かに、彼女なら全く問題なく対応できるだろう。
「そうですな。ということは、2正面作戦を?」
「シャキリ・オルドリッジがどういった能力を持つかは分からない。だから、君とジャニス、ブロームで囮になって欲しい。そこをRRとウィルソンが挟撃する。数の上ではこちらが大分有利のはずだ」
「問題は、ディムレとエム、ですな。……前もって排除をしないと、ジャニス以外はろくに外にも出れない」
「彼らがそちらに着くのは明日朝ぐらいのはずだ。午前中には一通り動ける状態にして欲しい。よろしく頼む」
カルがそう言うと、通話が切れた。私はふうと息をつく。そっちの方も難儀なことだ。急ぎ作戦を練らねばならない。
アンダーソン卿の部屋に戻り、一通りカルとの会話内容と今後の指針を伝えた。その後、私はジャニスがいるであろう居間に入った。……誰もいない。
「……どういうことだ?」
2階に上がってもみたが、ジャニスの姿はない。それどころか、ユウや原田の姿もない。……どういうことだ?
ガチャリと玄関が開いた。一瞬身構えたが、そこにいる人物がジャニスであるのを知り安堵する。気が付かないうちに襲撃されたとか、そういうのではないらしい。
「……どこに行っていたんです」
「ユウを入国管理局まで届けにね。ハラダも向かったわ」
「……は??まさか、貴女の独断で??」
「違うわ。ユウからの提案。彼の言っていることに筋が通っていたから、協力したまでよ。
私も動いた方がいいかと思ったけど、そうしたら万一の際の備えがなくなる。何より、私も貴方と話さなきゃいけない。貴方もそうなんでしょ?」
「……ええ。しかし、彼ら二人だけで……」
「数の上では2対2。しかも向こうの能力は割れてて、実際に戦闘能力があるのはディムレだけ。何より、あの子は弱くも馬鹿でもないわ。貴方も気付いているでしょうけど」
私は目を瞑った。確かに、そうかもしれない。
「……1時間待って戻らないなら、私たちも」
「ええ。だからそれまでの間、私は貴方に色々訊かないといけない」
ジャニスが静かに私を見た。思いのほか落ち着いているのは、ユウが何か言ったからなのだろうか。
……私も、覚悟を決めよう。25年にも及ぶ偽りの主従関係は、ここで終わりだ。
私は小さく頷いた。
「……私が何者であるか、ということですね」
「ええ。貴方は、転生者なの」
「……はい。生まれながらの転生者、『先天性転生者』です。そして、シャキリ・オルドリッジも」




