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「……ここですね」
6年前の記憶を辿ると、アルバの家はまだそこにあった。騎士団庁舎から歩いて3分ほど、街中の他の建物と同じように茶色の煉瓦で建てられた2階建てだ。ここにあいつは母と一緒に住んでいた。
確か2年ほど前に母親は亡くなったはずだ。葬式にも呼ばれたが、別の依頼があってポルトラには向かえそうもなく、泣く泣く断ったのを覚えている。
「庁舎には向かわなくていいの?」
「この疫病の中です。彼がマナキャンセラーを持っていない限り、庁舎に行くのはさすがに困難でしょう。とすれば、いるのはここです」
「そうね。問題は、居場所を把握してどうするか。流石に今日ここで彼を襲撃することはしないでしょ?」
私は小さく首を縦に振った。アルバの実力は十分分かっている。仮に転生者が憑依していなくても、相当リスキーな相手だ。
スティーブ・アルバは伊達にエビア大武術会の準優勝者ではない。卓越した剣技に加え、巧みに魔法でバフをかける。そして、彼を彼たらしめているのは明らかに常軌を逸したレベルの先読みだ。
この世界には、極々稀に転生者の恩寵にも匹敵するような特殊な能力の持ち主が生まれる。ジャニスの「恩寵無効化」やカルの「未来視」はその代表例だ。
アルバの先読みも、恐らくはこれに含まれるものだ。彼は1秒後に何が起こるかをほぼ100%の精度で予測できる。たかが1秒だが、戦闘においては極めて有用な能力だ。確実にカウンターを叩き込めるし、ほぼ全ての攻撃を避けることもできる。
彼が前回の武術会で敗れたのは、彼にとって相性が極めて悪いデバフ特化型の魔法戦士が相手だったからだ。先読みしようが、反応できなければカウンターも回避も意味を為さない。逆に言えば、そういうタイプ以外を相手にすれば、奴は無敵だ。
そう。今の「アルバ」には、その能力に加えて憑依した転生者の恩寵まで乗っている。迂闊に手を出せば、私やジャニスでも簡単に返り討ちに遭うのは目に見えていた。
せめて、向こうの手の内をある程度見極めた上で攻めるか、あるいは完全なる奇襲で恩寵を出す間もなく仕留める必要がある。この視察は、そのための下準備にすぎない。
「ちょっと感知魔法使うわね」
ジャニスが目を閉じ集中した。アルバの家からは15mほど離れた場所に私たちはいる。これだけの距離があれば、何かあっても簡単に逃げ出せるだろう。
道には私たちしか人がいない。かなり目立つが、隠密魔法をジャニスはかけている。簡単には見つからないはずだ。
30秒ほどして、ジャニスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「……3人いる」
「アルバ以外に2人?彼に家族は」
「いないと思う。アンダーソン卿もそんなことは一言も言ってない」
「……マズいですね。どういう人物かまでは分かりますか」
「この距離じゃ正確には把握できないわ。もう少し近づきたいけど……」
私は少し考え、「そうしましょう」と頷いた。多少のリスクは負わないといけない局面のようだ。
アルバと一緒にいる2人が騎士団の人間ならさほど問題ではない。しかし、そうでないなら……もしセルフォニア側の人間なら、事態は急を要することになる。
5mほど歩いてジャニスの動きが止まった。顔色が明らかに変わっている。
「気付かれた!?」
「何ですって??」
「こっちに来ようと動いてる。しかも、3人とも……相当な魔力の持ち主……!!」
私は咄嗟に彼女の手を摑んだ。全力で逃げる準備だけはしておかないといけない。
そして、アルバの家から3人の人影が出てくるのが見えた。
そこから出てきた人物を見て、私は固まった。全力で逃げるべきなのに。ジャニスの表情も凍った。あまりにあり得ない人物だったからだ。
1人は背の高い赤茶色の短髪をした偉丈夫――スティーブ・アルバだ。前に会ったのは1年前だが、その時と大して変わってはいない。憑依されると人相が変わる者は少なくないが、彼は違うようだった。
そこまではいい。問題は、残り2人だ。
「……ポーラ先生……それに、その横にいるのは」
ジャニスが呟く。長い黒髪をした眼鏡の女性が「うふふ」と妖艶な笑みを浮かべた。
間違いない。これは私たちの知る「ポーラ・ジョルディア」ではない。彼女は、こんな笑い方をしない。
そして、彼女以上に問題だったのは……その前に立つ、初老の男。
白い顎髭に、白髪交じりの長髪。会ったのはわずか1、2回だが、彼が何者かは瞬時に理解した。
「シャキリ……オルドリッジ……!!?」
男はわずかに微笑んだ。
「10数年ぶりかね。……ハンス・ブッカー君、ジャニス・ワイズマン君」
すぐに逃げ出さないといけないと分かっていながら、私はその場を動けなかった。……本能が、恐怖と驚愕がその場に縛り付けたのだ。
「どうして、どうやって、ここに」
「それに答える義理はないな。君たちがここに来た理由は薄々見当が付く。アルバ君の『討伐』だろう?」
「……邪魔をする、つもりか」
ふふっとオルドリッジが笑う。
「彼は重要なパートナーだ。ここで君たちに殺されるわけにはいかない」
ジャニスが憤怒の表情で懐からロッドを抜いた。
「ふざけるなぁっっ!!!」
横薙ぎに電撃魔法が放たれる。それは彼らに届く手前でかき消された。
「ポーラ」がクスクスと嘲笑した。
「頭に血が上ると状況を冷静に判断できなくなるのは、子供の頃と変わってないみたいねえ」
「先生の顔で知ったようなことをっっ!!!」
もう一度攻撃しようとするジャニスを、私は制した。魔法攻撃は無駄だと察したからだ。
「……マナキャンセラー、ですね」
「そ。レナードが開発しているものより持続時間は短いけどね。さすがにあなたは冷静ねえ、ハンス君」
「先生を騙るのはやめて頂きたい。貴女の中身が違うのは分かっている」
「あら、騙るなんて失礼な。私には『彼女』の記憶も知識もあるのよ?」
「しかし、別人だ。先生はそんな顔で笑いはしない」
うふふ、と「ポーラ」は笑う。「そこまでにしておけ」とオルドリッジが彼女に告げた。
「賢明な君だから分かるだろう。君たちに勝ち目はない。迂闊に感知魔法で居場所を探ったのは失敗だったな。気付かない私たちだと思ったかね」
「……私たちを殺すつもりか」
私はジャニスを握る手に力を込めた。……どうする?
「切り札」を切れば、3人のうち少なくとも1人は殺せる。しかし、3人全員を殺せるかは自信が全くない。これは正直、分の悪い賭けだ。
ならば「20倍速」で逃走するか?アルバの「先読み」は、恐らくそれすら読んでいるだろう。正直こちらも確証が持てないが、まだマシか?
私の迷いを見透かしたように、オルドリッジが再び微笑んだ。
「いや。君たちには私たちに協力してもらいたいと思っているのだよ」
「……は?」
「君たちは一つ、勘違いをしている。私たちは、セルフォニアの人間ではない。たまたま、目先の目的が同じというだけだ」
「目先の目的?」
「その通りだ。私たちの目的は、真に自由な世界の構築。この世界の人々も、転生者も等しく自由に、幸福に生きられる世界の実現。
そのためには、既存のイーリス教会による転生者を否定する社会システムを一度破壊しなければいけない。その一点についてのみ、私たちとグラン・ジョルダンは一致している」
ジャニスが「ふざけるんじゃないわよ!!!」と叫ぶ。
「ならレイモンドの件は何??目的のためなら、罪もない人々を何百人も殺してもいいというわけ??」
「……グランと私たちは協力関係にはあるが、目的実現のための手段については異なることも多い。だから、今回の件は私たちの独断だ」
「はあ???」
「ポルトラを制圧するだけなら簡単にできる。それをしない理由は、極力犠牲を出さいようにするためだよ」
私はオルドリッジを睨んだ。これは、詭弁だ。
「既に犠牲者は出ている。それも無関係というのか?」
「完全なる無血開城は不可能だ。それに死んだのは裏ギルドの人間と、一部の騎士団隊員だけだろう?」
「アルバ」が頷いた。
「亡くなった隊員には、殉職に伴う見舞金として1億オードを支給する方針です。未来の礎になったことへの、せめてもの手向けですね」
「結構。流石の立ち回りだ」
「ありがとうございます」
「というわけだ。私としては、君たちにも死んでもらいたくはないのだよ。何よりハンス・ブッカー君。君は私と『同じ』だからね」
……同じ??何が同じなんだ??
その時、ジャニスの顔色が蒼白になった。
「……貴方、転生者じゃないの??」
オルドリッジが笑う。
「気付いたようだね。そう、私は転生者であって、転生者でない。つまり……」
オルドリッジが言葉を言い終わる前に、私はジャニスの手を強く握り「20倍速」を発動した。
「ハンスっ!!?」
「ここは逃げますっ!!」
追撃はない。逃げられた……いや、多分逃がしたのだ。
私はあそこで逃げるべきだと判断した。逃げられると確信したからじゃない。オルドリッジが、私についての真実を話すのを恐れたからだ。
もしそれを知られたら……ジャニスは、もう私と一緒にはいられなくなる。
そう。シャキリ・オルドリッジは……私と同じ、生まれながらの「転生者」だ。




