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「……ここが入国管理局か……ゲフゲフッ」
俺は咳き込みながら頭を上げた。3m程はあろうかという高い塀に鉄条網。これは、まるで……
「まるで刑務所だな」
原田の言葉に、俺は頷いた。ハンスからここの事情は聞いていたが、それでもこれは面食らう。
アルバやディムレ、エムがいる可能性がある場所は、こことアルバの私邸のどっちかだとハンスは踏んでいる。そこで、より危険性が高いアルバ邸はハンスとジャニスが訪れ、こっちを俺と原田で視察することになった。
深入りはせずに、大まかな状況を把握するのが目的だ。気付かれたら逃げる、そういう決まりになっている。
ポルトラにはメジア大陸から密入国をしようとする連中が後を絶たないらしい。メジアはレヴリアやカルディアなどがあるエビアより遥かに貧しい。というか、転生者を野放しにした結果、政情が一向に安定しないらしいのだ。
有力な恩寵を持った転生者が現れては、その転生者同士で殺し合う。そしてその被害を受けたこの世界の住民が転生者を襲う。俺たちと同じ世界からやってくる転生者なら、民主主義やらなんやらといった知識があっておかしくはないはずなのだが、ハンスが言うには「いわば野獣の巣」となっているという。
メジアは大昔に流行った、パチスロでおなじみの世紀末漫画みたいなことになっているんだろうか。原田にそのことを告げると、「俺はパチスロは知らない」と冷たく返された。
とにかく、政情不安定なメジアから、比較的安定しているエビアに逃げようとする難民も多いという。問題は、移住が認められるには財産や職業などといった相当高いハードルがあること、そして難民の中に転生者が混じっていることが少なくないという事実だ。
正式なプロセスを経ていても、あるいは密航でも、メジアからの渡来者は一度ここに移されることになっている。そしてそのほとんどは、強制送還という結末を迎えることになる、らしい。この刑務所のような入国管理局の佇まいは、彼らの反乱と脱走を抑えるためのものということか。
「ディムレとエムは、ここからどう逃げ出したんだ?」
俺の問いに原田が溜め息をついた。
「お前話聞いてたのか?密航者の一部は、入国管理局に見つからず町に潜り込む。で、それらを拾い上げるのが裏ギルドだとブッカーの奴も言ってただろ」
「にしてもだ。誰か手引きを……ゴホゴホ」
「決まってるだろ。アルバが審査を緩くしたんだよ。あいつはここの治安部隊のトップだ、密入国者を見逃すなんてわけもない」
それもそうか。どうも、熱と咳で頭が回っていないらしい。
にしても……妙に静かだ。エムの恩寵で外に出れないとはいっても、もう少し騒がしくてもいいはずだ。
この中にいるのは難民ばかりだ。仮にここがアルバの手に落ちていたなら、既に彼らが解放されていてもおかしくない。そうやってポルトラを混乱に陥れるやり方もあるはずだ。なのにこの静けさは……何か妙だ。
それにしても悪寒と喉の痛みが酷い。原田が回復魔法をかけているはずだが。
「……ゲフゲフッ、本当に回復魔法、ゲフゲフ、かけてるのかよ……」
「一応コレでもかけてるぞ。俺も、正直身体がだるい。長居する場所じゃないな」
「空気がさらに、ゲフゲフ、悪くなってるのか?」
原田が少し考えて頷く。
「かもな。とすると……エムって奴は、ここにいる可能性が高いな」
「……同感、だな。ゲーッフゲフ……お前の彼女が来るまでは、こりゃ……動けねえな」
「久美のことか。……どうだろうな。あいつの恩寵は、自然回復力を高める回復魔法とは違う。身体の状態を一定程度戻すというものだから、こういうウイルスがばらまかれている状況じゃ機能しないかもな……誰か来たぞ」
原田の目が鋭くなる。門から男が1人出てきた。背が高く、鎧を着ている。入国管理局の人間か?
背格好からして、あのスール・ヘンソンって奴じゃない。ただ、アルバの部下なら俺たちに危害を加えないとも限らない。俺は警戒レベルを上げた。
その刹那、男がすっと右手をこちらに向けるのが分かった。手に握られているのは……
「まずい、伏せろっっっ!!!」
俺は原田を突き飛ばし、両手を前に掲げる。次の瞬間、掌に熱く激しい痛みが走った。
「ぐおおおっっっ!!!?」
何かが辺りに飛び散る感じがした。掌を見ると、「溶けた」鉛がべっとりと付いている。「錬金術師の掌」の発動が間に合ったことに、俺は安堵した。
門から出てきた男が顔をしかめる。
「……何者ダ?」
「こっちの台詞だ。いきなり銃をぶっ放すとか……」
パァンッッ!!!
破裂音はしたが、今度は衝撃はこっちには届かない。外したのかと思ったが、原田が俺の前方に魔法の盾のようなものを展開しているのにすぐに気付いた。
「『拒絶する壁』の前じゃ銃は効かない。……君は、『ディムレ』だね」
そうか!!ハンスが言うには、ディムレの恩寵は「身体を自由に乗っ取れる」というものだった。つまり、こいつは既にスール・ヘンソンの身体を捨て、別の奴に取って代わったわけか!!
男は銃を収めると腰から剣を抜き、物凄い速さでこちらにやってくる。「チッ」という舌打ちが後ろから聞こえる。原田は次の障壁を張るまで数秒かかるのだったか!?
俺は腕に「錬金術師の掌」を展開する。そして袈裟懸けに俺を斬ろうとするディムレの剣を、腕で受けると同時に豆腐に変えた。
「なっ!?」
「甘めえんだよっっ!!!」
体勢を崩した奴の頭に蹴りを食らわす。軽くよろめいたが、この身体じゃやはりダメージはたかが知れていた。すぐに持ち直したのに気づき、俺は後方に跳んで間合いを取った。
「動きが随分と俊敏じゃねえか……誰を、ゴホッ、乗っ取った」
「『祓い手』カ?」
「質問に答えるつもりはないってか、ゴホゴホッ」
「それはお前もダ。変なのがうろついていると思えバ……」
「ディムレ」はもう一度銃をこちらに向けた。……まずい。初撃は原田が確実に防げるが、2発目以降は俺が何とかするしかない。
そして、俺も原田も体調が万全じゃない。少なくとも俺はさっき激しく動いて相当息切れしている。2対1という数の面では有利な状況なのに、実質的に追い詰められているのはこちらだ。
そもそも、「ディムレ」はなぜ平気そうにしている?ウィルスへの抗体か、ワクチンみたいなものがあるのか。不公平にもほどがあるだろ!?
とにかく、ここでこいつを倒すというのはあまり現実的じゃない。考えるべきはどう逃げるか、だ。
接近して銃を粘土のようにして使えなくさせるか?だが、失敗したら死だ。何より、あいつは触れることでこちらの身体を乗っ取れる。この体調で迂闊に接近できない。
とすると、距離を突き放すしかない。どうやって?
……試しに、やってみるか。
「原田、俺の手を握れっ!!」
「は?」
「いいから握れってんだよ!!!」
パァンッと銃声が聞こえた。それは原田の「拒絶する壁」が受け止める。問題は、この数秒後に来るであろう2発目だ。
俺の恩寵「錬金術師の掌」は、義体の能力制限が解除されたことで前より強力になっている、らしい。マルコ・モラントの中に俺がいた時よりも、さらにだ。
時間経過と慣れで、「恩寵」はある程度までは強くなるものであるらしい。
つまり、物質の性質を変化させた時の効果時間も範囲も延びているはずだ。この仮説が正しければ……
俺は地面をトランポリンのようなゴム状に変えた。
「今だ、全力でジャンプしろっっっ!!!」
視界が一気に数メートルの高さへと上がった。横には原田の驚いた顔がある。
「何をやった!!?」
「説明は後だっ!!!着地したらもう一度ジャンプしろっっ」
パァンッ!!!
銃声が聞こえたが当たった感触はない。民家の屋根に着地し、俺たちは再び跳ねた。入国管理局の局舎は遥か後方へと遠ざかっていく。
次のジャンプをしたところで体力が尽き、そのまま2人して路上に叩き付けられた。ただ、地面をクッションに変えたので、ダメージはほぼない。
「ゴーホゴホゴホッッ……!!な、何とか、ゴホゴホッ、逃げ切れた、な……」
「ゴホッ、お前、何をしたんだ??」
「恩寵の効果範囲を、ゴホゴホ、手を繫ぐことで、お前にも広げたんだよ……ゴホゴホッ。初めてだから自信がなかったが……ゲフゲフッ、上手く行ってよかったぜ」
ヒントになったのはハンスだ。あいつの場合は魔法だが、触れた相手にも同じように時間の加速を与えていた。俺もそれをザッシュを相手に体感した。
ひょっとしたら自分でも似たようなことができるんじゃないかと思っていたが、ビンゴだった。これは意外と応用が利く能力かもしれない。
……にしても「ディムレ」は相当厄介だ。奴が乗っ取った対象は、恐らく相当の達人だ。しかも銃まで持っている。体調が万全じゃなければ、俺や原田で対抗できる相手じゃない。
先に、あの局舎の中にいるだろうエムって奴を引きずり出して、このクソ忌々しい病気を解除させるしかない。
問題は、その手段だ。




