5-3
「にしても本当に静かね」
ジャニスが険しい目で辺りを見渡した。
カムフラージュのためのマスクを着け、私たちは街の中心部に向かう。ここまで出会ったのは数人で、その全てが激しい咳に苦しんでいる。
「……かなり厳しいですな」
「というと?」
「家庭の備蓄が切れる頃です。疫病が流行り始めて数日、商店も休業しております。食料を求める人々の不満が爆発してもおかしくはない」
「そうね。現に、今ここを出歩いているのは大きな袋を持った人ばかり。食料を求めて彷徨っている、というわけね。
ただ、行政も完全に麻痺しているわ。まさかこのまま兵糧攻め?」
「その可能性もありますな。ただ、イーリス教会がそろそろ施しに動く頃でしょう」
実際、ポルトラの統治府前広場には教団員が食糧の配給を行うとビラを撒いていた。出歩く人間の数が少ないのであまり効果的ではないが、そのうち家庭への個別訪問に切り替えるのだろう。
教団員が咳き込みながら「ど、どうぞ」と私たちにもビラを差し出した。多かれ少なかれ回復魔法の素養がある彼らは、この環境下でもある程度動けるものであるらしい。
「……なるほどね。ただ、教会の備蓄にも限界はある」
「ですな。恐らくこれは2段構えの策なのでしょう」
「……兵糧攻め、そして配給目当てに出てきた人々を、別の方法で殲滅する。そういうことね」
「然り。多分、これは計画の第1段階なのでしょう」
「となると……早めにこの疫病をばらまいている転生者を消すしかないわね」
「ええ。それを探し出すには、やはり『彼ら』の協力が不可欠です」
私たちは港近くの繁華街へとやってきた。普段なら漁から戻ってきた漁師でにぎわうはずの時間帯だが、今日はほとんど人がいない。
裏ギルドの窓口であるはずの酒場も、当然閉まっている。彼らとしても商売あがったりだろう。
ふと、背後に激しい殺気を感じた。振り向くと、巨大なマスクをしたオークが2人立っている。すぐ近くの家から飛び出してきたようだ。
「誰だ、おめえら」
「敵じゃない。ギルド長のプライド・ドレーク氏に会いに来た」
「だから誰だつってんだべ!!」
ジャニスが一歩前に出て、身分証明証を胸元から取り出す。
「レヴリア王家直属、イーリス教会特務『祓い手』のジャニス・ワイズマンよ。もちろん偽造じゃないわ。
命が惜しければ通しなさい。貴方たちの獣臭さが移る前に」
「あんだごらぁ!!」
ジャニスに摑み掛かろうとした大きい方のオークを、少し小さい方が止めた。小さいといっても2m近くはあるが。
「言い方には気をつけや。俺らには俺らなりの誇りっちゅうもんがある。詫びを入れたら、通しちゃる」
「……悪かったわ。話が通じるのもいるのね」
「オークだからっちゅうて全部が野蛮とは思わんことだべ。こいつはワシュワから来てまだ間もなくてな、礼儀を知らん。
俺の名はラヒード。ポルトラ裏ギルドの副ギルド長をやってる。というか、6日前から就いた」
「6日前……ということは、殺されたのは」
ラヒードと名乗ったオークの目が見開かれた。
「そこまで知っとるか」
「無論。私たちの名前ぐらいは聞いてるでしょ。ここで起きた異変を解決しに来たのよ。前副ギルド長を殺したのはメジアからの転生者と聞いてるわ。ドレーク氏に会って詳しい話を聞きたい。可及的速やかに、転生者の連中を祓わないといけないの」
「……こっちだべ」
ラヒードが先導する形で、私たちは酒場の近くの家に入った。2階から、激しく咳き込む声が聞こえる。
「プライドさん、入りますぜ」
ドアを開けると、ベッドに横たわる初老の男が見えた。中年の婦人が看病をしているようだ。
「ゼフゼフッッ!!だ、誰をゴフッ、連れて来やがったっ!!医者か??ゲーフッゲフ」
「ご無沙汰をしております。プライド・ドレークさん」
「て、てめえはっ……!!ゴフゴフゴフッッ」
興奮したのか顔を紅潮させ、ドレークが咳き込む。「興奮なさらないで」と看病している婦人が背中をさすった。
「6年ぶり、ですかな。その節はご迷惑を」
「め、迷惑とかっ、そういう次元じゃゲフゲフッ、ねえっ!!てめえらのせいで、俺らは……ゴフゴフッ」
「『彼』の暴走で裏ギルドが半壊した責任は、確かに私にもあります。即座に殺しておくべきだったのは、疑いありませぬ。……痛恨でした」
「詫びなんて今更聞きたくもねえっ!!ゴホゴホゴホッッ、とっととその面を……」
ジャニスが病床のドレークの胸ぐらを摑んだ。
「それは済んだことでしょう?それに、ハンスがいなければ貴方も死んでいた。ポルトラを救ったのは、『紅き英雄』スティーブ・アルバだけじゃないのよ」
「ジャニス・ワイズマンか……ゴホゴホッ、てめえら……」
「私たちがここに来た、ということがどういうことか分かるわね?あの時と同じか、それ以上の危機がポルトラに迫っている。貴方たちの協力がそれには必要なの。
というか、室内にいてこれはどういうこと?屋外に出なければ咳と熱は出ないんじゃなくて?」
婦人が「主人は肺病を患ってまして……今回の件で、悪化したみたいなんです」と俯き加減に告げた。
「なるほどね。私が近くに来ても咳が止まらないわけだ。ちょっと待って頂戴、回復魔法をかけるから」
ポウ、とジャニスの手がうっすらと赤く光る。ジャニスの得意分野は魂吸魔法と幻術、そして電撃魔法だが、回復魔法もまずまずは使える。伊達にセルフォニアで天才扱いされていたわけではない。
1分ほどして、ドレークの呼吸が穏やかになったのが分かった。ジャニスが「ふう」と息をつく。
「一応、これで少しは楽になったはずよ。ただ貴方……その身体」
「……ああ。1カ月前に来た女医者からも言われた。俺の病は死病だとな」
「……女医者?」
「ああ。凄腕、とは聞いた。郊外に来たのを俺が呼び寄せ、診てもらったんだ。身体を切らなきゃ治らないし、切っても厳しいと言われたよ」
ジャニスが俺を見た。
「ポルトラに来たのは、シャキリ・オルドリッジじゃない?」
「……と思ってましたが。ドレークさん。その人物の名は?」
「……確か、ポーラとか言っていたな」
ぞくん、と背筋に冷たいものが走った。ジャニスの表情も凍った。
ポーラ・ジョルディア。レナード博士の恋人であり、私たちの師だった女だ。しかし、彼女は既に故人のはずだ。
やはり、私の悍ましい予感は当たっていたのだ。彼女はシャキリ・オルドリッジによって生き返され、そして意のままに操られている。いや、多分誰かの受肉先となっている。
「ハンス、これって」
冷や汗を流すジャニスに、私は頷く。
「ええ。これは……相当まずいですね。オルドリッジの手配は既に行われてますが、ポーラ先生はまだだ。そもそも、人相を知っているのが私たち程度しかいない」
「そうね。陛下には後で連絡しましょう。ただ、今はメジアから来た転生者がどんな奴か、そしてアルバたちの潜伏先に思い当たるところがないかを訊くのが先ね」
ドレークが身体を起こした。具合は多少良くなったようだ。
「6日前に、クレッグが殺されたことだな。俺たちとしても仇は取りてえが……背後に騎士団がいるのに気付いて動けなくなった。
そこにこの疫病だ。アンダーソンのおっさんに直訴しようにも、俺がこの身体じゃどうしようもなかった」
ベッドを降りると、ドレークは夫人に「茶の準備をしてくれ」と告げた。
「一通り、話はしてやる。6年前のことは、この際なしだ。俺も、あんたに文句を言うのは筋違いだと分かっちゃいた」
「ええ。ただお気持ちは分かります。息子さんを、あの一件で亡くされた」
「……ああ。だが、あれを予見しろというのは無茶な話だったのも分かってる。とりあえず、あの時以上の脅威が迫っているなら、協力しない道理はねえよ」
1階に降り、テーブルに向かい合って座る。ドレークの横には、ラヒードが座った。
ドレークが茶を啜って切り出す。
「まず、メジアからここに来た転生者は2人。若い男とガキの女だ。ディムレとエムと名乗っていた。ラヒードはこう見えて『祓い手』の見習いでな。転生者なのはこっちで分かった。
入国審査をどうやってくぐり抜けたかは分からねえ。騎士団に内通者がいるなら、そいつの手引きかもしれねえが」
「2人、ですか。内通者はもう分かっています。スティーブ・アルバ騎士団長本人です」
「……!!マジか、それは」
「これは確定的です。彼は完全憑依済みの転生者です」
「マジか……」とドレークが天井を見上げた。アルバは裏ギルドと上手くやっていた方の騎士団長だ。ドレークとも友人関係にあっても全く不思議ではない。
何より、6年前の事件を解決した立役者がアルバだ。いわば彼はドレークにとっての恩人でもある。
大きな溜め息をつき、ドレークは首を横に振った。
「……信じたくねえな」
「それは私たちも同じです。だからこそ、私たちが彼を『解放』してあげねばならない。
話を元に戻しましょう。そのディムレとエムの2人は、こちらで何を」
「働き先が欲しいと。メジアからの移民で金がねえやつは、ここにまず来る。エムの方は器量が良かったから娼婦にできねえかと思ったんだが……。
そういう具体的な話をする前に、ディムレがクレッグの奴を『乗っ取った』」
「……どういうことですか??」
ドレークがラヒードを見た。どうやらその現場を目撃したのは彼らしい。
「ディムレがいきなりクレッグの兄貴の頭に触ったんだ。そしてしばらくして2人の目が白目を剝き、ディムレの身体が倒れた。まるで人形のように。
んで、クレッグの兄貴はこう言ったんだ。『上手く乗っ取れた』ってな。そこでこいつらが転生者じゃねえかって魂見魔法使ったら、大正解だったというわけだべ。
剣を抜こうとしたら、今度は急に異常に咳が出てな。それで奴らを逃がしちまった」
「で、翌日抜け殻みたいに倒れているクレッグが港で見つかった、ってわけだ。それで捜査を騎士団に頼んだら、全然動きゃしねえ。あとは疫病が発生して、今に至るってわけだ」
なるほど、2人の恩寵は何となく見えた。ディムレの能力は「乗っ取り」。触った人間に成り代わってしまうというものだろう。ただ、クレッグの身体をすぐに捨てている辺り、定着するには何かの条件があるとみえた。
ひょっとすると、スール・ヘンソンの中にいるのはディムレなのかもしれない。転生者が2人同時に発生するのはかなり珍しいが、こういう風に考えるなら十分あり得る。
そして、エムがこの疫病の根源と考えるのがどうも自然なようだ。もう少し転生者の人数がいる可能性はあるが、現状はこの2人にアルバを含めた3人が今回の異変の中心にいると考えるべきか。
「潜伏しているとすれば、心当たりは」
「……この疫病だ。隠れる場所はいくらでもあるだろうが……普通に考えるなら、移民がいても不自然じゃない場所……入国管理局局舎か、アルバの私邸だろうな」




