日常4-4
「……噓」
立ち尽くすミミに、博士が首を振る。
「残念ながら、君が妊娠していたのは本当っちゃ。アルヴィーン大司教が噓をついていない限り、な。そこにあるのが君の子供の『片割れ』ちゅうのは推測やけど、確度はそれなりに高い」
「誰の子なんだよっ!!」
俺は思わず叫んだ。……その答えは、大体推測がついている。
そのおぞましさと救いのなさに、俺は叫ばずにはいられなかったのだ。
博士が首を横に振る。
「大司教はそこまでは教えんかった。ただ、その分だと君も分かっとるんやろ」
「……そうだよっ。だけど、こんなの……あまりに酷いじゃねえかっ!!」
「ユウ」とハンスが俺の肩を摑んだ。
「ええ、酷い話です。ただ、貴方も分かっているのでしょう?真実から目を背けては、彼女はここから先へは進めない」
ミミは呆然としたまま、瓶の中にいる「彼女」を見上げている。そして、ぽつりと呟いた。
「……『この子』には、本当に意思はないんですか」
「ない。それは義体の元になっている獣人も同じっちゃ。そもそも赤子に自我があるわけもなか。魂もそこには入っとらん。」
「じゃあ、私の……私の赤ちゃんの命は」
「形だけはここにこうして生きとる。3年前に流れ着いた時は、身体がかなり痛んどってたけどな。やっとここまで回復したってとこや。ただ、こいつが動くこともなか。新たな魂が宿らん限りは……」
「……この身体に、私が入ることはできないんですか」
思わぬ言葉に、その場が静まり返った。しばらくの静寂の後、博士が「不可能やない」と口を開く。
「この身体には、魂が入る場所がそもそも存在しとらん。だから身体を複製し、魔石を埋め込み、そのための場所を作らんといかんかった。恩寵を制御しやすくするためにも、それは必須なんや。
身体を複製する理由は幾つかある。そうすることで魂の置き場所が作りやすくなること、そして時間はかかるけど複数の義体が作れるという利点もある」
「でも、私がこの子に『入る』ことも理論上はできるんですよね」
「理論上は、な。ただ……もしそれをすると、新たな人型義体は作れなくなるけん。何より、それができるかどうかは、やってみんと分からん。俺がこの身体で生きていられるうちに間に合うかも分からん。どうして君は、義体ではなくこっちを望むんや」
ミミは目を伏せ、しばらく考えた後博士の目を見た。
「それは……それが、赤ちゃんが生きていた証になるからです。この子は、私であって、生まれてくるはずだった赤ちゃんでもある。それを無駄にはしたくはないんです」
「気持ちは分かるっちゃ。ただ……」
「いいわよ」と、ダーヴィン副院長が博士の言葉を遮った。
「作り物の身体は嫌だけど、『本物』ならということね。あなたの気持ちは、同じ女として、人の親として理解はする。レナードがいつまで動けるかは分からないけど、あたしもルイズも協力させてもらうわ」
後ろでオルドが「人の親って、あんた結婚してたんか!!」と叫んだ。確かに、ダーヴィン副院長は見た目だけなら12歳程度にしか見えない。
「これでも113年生きてるのよ?……まあ、旦那も息子もとっくに死んでるけどね。未亡人歴ウン十年、絶賛再婚相手募集中の身ってわけ」
「知らんわそんなん」と唖然とするオルドをよそに、ダーヴィン副院長はミミに話しかける。
「ということで、私としてはこっちの『オリジナル』に彼女を移してあげることに賛成。そもそも、義体である以上色々不自由はあるんでしょう?
既にできている『試作品』は、別の転生者に回せばいい。そうじゃない?」
「まだ最後の仕上げが済んどらんけど、それでもええんか?」
「今すぐあれを必要としている子がいるなら、そっちに回すべきね。ちょうど1件、あの猫型義体に移す予定の子がいたでしょ?『試作品』は、彼女用にしましょ。確か、あれは聖都ミアンに移されたんじゃなかったっけ」
ハンスが「ああ、そういうことですか」と何やら納得している。ジャニスは「何やらややこしいことになりそうねえ」と複雑な表情だ。
「そういうことって、どういうことだよ」
「まあ、そう遠くないうちに分かるでしょう。区別を付けるために、大司教には一言言っておきましょうか」
「遠くないうちに分かるって……」
「実は、昨日フリード陛下から連絡がありましてね。今回の件が一服したら、ポルトラに向かってくれと。転生者による内乱の兆しありということです。ここからなら……まあ2、3日あれば着きますかな。
既に『協力者』の片割れはポルトラに向かっているとのことです。もう一人の『魂晶』はミアンにあるはずですから、ちょうどよかったかもしれませんな」
「協力者?」
「ふふ、まあ会ってみてのお楽しみ、ということです」
会ってみてのお楽しみ、ということは俺の知り合いなのか?そんな奴がいただろうか。ラスカやあの中華料理屋の店主ではないようだが。
ハンスがミミに「覚悟は決まったようですね」と告げると、彼女は小さく頷いた。
「まだ……私は自分の前世を乗り越えられてるわけじゃないと思います。ただ、『この子』が、私の赤ちゃんが確かに存在した証であるなら……それを無駄にはしたくないんです」
「ならば私から言うことは何もありませぬな。お嬢様も、異存はないですな」
ジャニスは「当然でしょ」と笑う。
「まあ、恩寵がどうなるかとか少し気になるところはあるけれど。ミミがミミらしくいられるなら、それに越したことはないわね」
「了解いたしました。ともあれ、ミミは今回はこちらに残った方が良さそうですな」
どのくらい「再受肉」に時間がかかるのかは分からないらしい。博士が生きていられる2カ月間でできるかは微妙なところではあると聞いた。
一通りの説明を受けた後、ハンスが博士たちに一礼した。
「じゃあ、そろそろ私たちはお暇しましょうか。急ぎポルトラに向かわねば」
「分かった。彼女のことは、俺らに任せとき」
ミミが俺を見つめているのに気付いた。「じゃ、またな」と言うと、彼女は俺を抱いて「うん、また会おうね」と返した。彼女から涙が流れていることに、俺はすぐに気付いた。
俺は苦笑しながら彼女の身体を離す。
「何だよ……これが最後ってわけじゃねえだろ」
「うん、そうだけど……この身体では、これが最後だから」
「まあ、そりゃそうだけど……」
そこまで言って俺も気付いた。そうか、それは俺も同じなのだ。
再会する頃には、俺も別の身体が用意されていることになる。それがどんな身体かは、俺も彼女も分からない。
俺はもう一度、彼女を抱き寄せた。
「……ごめん、そうだったな。また、会おうな」
「……うん」
名残り惜しそうに俺たちを見るミミに手を振り、俺たちは部屋を出た。
*
その時の俺たちは知らなかったのだ。クリップスに訪れる災厄を。
そして、ミミが本来の肉体に戻ることが、どういう意味を持つのかを。




