日常4-2
「おお、悪くない部屋やなあ」
オルドは窓の外を見ると満足そうに頷いた。この街にはスパリア湖というかなり大きい湖があるらしく、宿はその畔に建っている。夕日が湖面に反射し、確かになかなかの景色だ。
ハンスがふうと溜め息をついた。
「宿の代金は貴方にも支払ってもらいますので、そのつもりで」
「ああ、そのぐらいならお安いご用や。スパリア鉱を採掘して売った金が仰山あるから」
「スパリア鉱?」とジャニスに訊くと、「超硬鉱石の一種よ」と答えが返ってきた。
「製錬すれば最高強度の武器素材になる。最近は工業用途にも引き合いが強い稀少品よ。ただ、鉱脈がスパリア山脈の奥深くにあるから大量の採掘は困難のはず……貴方、まさか1人で採掘を?」
「まあな。俺なら楽勝や」
「……恩寵を使っている、そうね」
「まあ隠してもしゃあないしな。そういうこっちゃ。俺の恩寵『夢幻の扉』は、一度自分が行ったことがある場所に扉を介して行くことができる。例えばそこの部屋の扉と、スパリア山脈にある採掘小屋を繫げることもできるで」
あの「ポータル」みたいなものか。それよりさらに条件が緩いとなると、相当に使い勝手がいいな。
ハンスも同じようなことを思ったのか、眼鏡の奥の目が鋭く光った。
「貴方、本当にダーヴィン副学長の弟子なんですか」
「師匠の話通り疑い深いやっちゃなあ。そうじゃなきゃ『活動許可証』は持っとらんやろ。スパリア鉱の採掘も師匠の頼みや。半分は師匠用、もう半分は研究費のためやな。
あと、俺の恩寵を疑っとるんやろけど心配せんでええよ。扉で行ける距離は200マルドってとこや。だからわざわざここまで来とるわけや」
200マルド……前世の基準だと100kmか。こいつがセルフォニアと繫がっていたらと思ったが、とりあえずここで急襲ということはなさそうだ。
「……まあ事情は分かりました。要は貴方は副学長のお使いでここに来たと。まあ私たちを悪し様に伝えられても困りますから、とりあえず同室としましょうか」
「おおきに。で、そこに体育座りしてるウサギは何や。さっきからずっと部屋の隅におるけど」
俯くミミは相変わらず無表情で、オルドに関心を示そうとしていない。ジャニスは軽く首を振った。
「ちょっと訳ありなの、そっとしておいてくれるかしら。これからクリップスに行って、彼女について色々調べないといけない」
「ああ、あんたらもクリップスに行くんか。なら話は早いわ、俺も連れてってくれんか?」
「……は?」
「ああ、旅費は払うで。馬車乗り継いで戻ろか思うとったけど、あんたらの方が早く戻れるんやろ?それならそっちの方が楽やん」
ハンスは渋い顔で「仕方ないですね」と頷く。どうもこいつらもダーヴィンって奴には頭が上がらないらしい。
「なあ、俺は転生者だから良く分からねえんだが……ダーヴィンって、どんな奴なんだ」
「まあ一言で言えば……『妖怪』ね」
「は?」
ジャニスの言葉を聞いたオルドが、「ぎゃはははは!!!」と笑い転げている。無表情だったミミすら、怪訝そうに顔を上げた。
オルドは1分ほど笑った後、「はー、おかしいわ」と顔を上げた。
「いや、ほんまそれや。エルフらしいけど、あのなりで100歳以上とかほんまウケるわ。前世のエルフのイメージ完全崩壊や。何やアレ、座敷童とちゃうんか?」
ハンスがじろりと奴を見る。
「それ、先生の前でも言えますか」
「おおっと、それは勘弁や、マジ勘弁な。どんだけ搾り取られるか分かったもんやない。ていうか尊敬はしとるんやで?転生者研究じゃ、レナードのおっさんと並ぶ第一人者やしな」
「……そういえばそうでしたね。貴方が生かされているのも、そういうことですか。つまり、転生者研究の材料、ということですね」
「……察しがエラい早いな。ま、そういうこっちゃ。何か違反したら、こいつがボン!!やけどな」
オルドが苦笑して「活動許可証」を見せた。あれには爆弾か何かが仕掛けられてる、そういうことなのか。
「なあ、俺やミミもあれを持つことになるのか」
「それはやむを得ませんね。それだけ70年前の、『エネフの厄災』の影響は大きいということです。1人の転生者により、まるまる一つの大陸がほぼ消し飛び、数千万から数億もの人々が命を落としたわけですから」
オルドの表情からも笑みが消えた。
「俺には昔この世界に何が起きたかはどうでもええ。ただ、転生者がここで危険視されている理由はよくわかっとる。俺が師匠に仕えるのも、転生者の全貌が分かることで、少しでもこれからこっちに転生する奴の待遇が改善すればいいと思っとるからや」
こいつ、思っていたよりも色々考えている奴なんだな。最初見たときはうるさい関西人のガキに見えたが、少し見直した。
そう、俺たち転生者には謎が多い。ミミの身体の件も含めて、だ。
あいつには早く元気になって欲しい。そのためには、少しでも真実に近づく必要がある。そして、それを知るには……あのレナードというおっさんを生き返らせないといけない。
*
翌日。スパリアを出て6時間ほどすると、ミミの隣の席にいたオルドが「おお、もう着くんか!」と快哉をあげた。
窓から外を見ると、黒い建物があちこちにある。そして遥か遠くには、黒い巨大な時計台のような建物があるのに気付いた。
「ハンス、あれが」
「ええ。魔法都市クリップスの中心、クリップス魔術学院です」
街を行く人々の多くは黒い服を着ている。ここの住民全員が魔法使いというわけではないらしいが、あの黒い服を着ているのは魔術学院の関係者のようだ。その比率は時計台に近づくにつれて増えていく。
ハンスが車を時計台前に停めると、すぐにその入り口から長身の老女と、身長130cmほどの幼女が現れた。どちらもこれまでの人々より一際深い、漆黒の服を身に纏っている。
車を降りると、ハンスとジャニスが跪いて深々と一礼した。俺も慌ててそれに従う。終始魂が抜けたようになっていたミミも、形だけ頭を下げた。
長身の老女が微笑んで口を開く。
「長旅ご苦労でした。話はカル・アルヴィーン大司教より聞いています」
「ありがとうございます、ルイズ・ハルヴァン院長」
こっちが院長なのか。とすると、まさか……
幼女がこちらにやってきて、オルドの頭をジャンプしながらぺしっとはたく。
「いつまで油売ってるのよ!2日は遅いわよ2日は。スパリアで何やってたのよ?」
「あ……うーん、道に行き倒れの老人を助けてたら、つい時間が……」
「噓ね。大方賭け事ですって慌てて資金を調達したとか、そういうことでしょ?ったく、ジャニスたちがたまたま来てなかったらあんた謹慎モノよ」
オルドの顔が青ざめたまま引きつっている。謹慎でそこまで震え上がるってどういうことなんだ。
そして、このやりとりから俺も察した。そうか、この幼女が……
幼女は俺の思考を読んだように俺の前にやってきてニヤリと笑った。
「どうせオルドから何か吹き込まれてるんでしょ?生憎だけど、あたしを舐めたら大怪我するわよ。
ああ、紹介が遅れたわ。あたしがアンジェリカ・ダーヴィン。クリップス魔術学院副院長で、ここの創立者の1人にして後見人よ。
話はカルから聞いてる。とりあえずレナードの馬鹿を叩き起こして問い詰めないとね」




