日常4-1
「……」
「……」
カーの村を出てから約3時間。重苦しい沈黙が、車内にずっと流れている。隣の席のミミは、ずっと不安そうに俯いたままだ。ハンドルを握るハンスも、助手席で窓の外の景色を見ているジャニスも、一切言葉を発しようとしない。
理由は、カル・アルヴィーン大司教の推測にあった。
ミミの義体が彼女本人であること、そしてそれが「前世」から流れ着いたものらしいこと。それは少なからぬ衝撃を彼女に与えた。彼女の前世があまりに悲惨なものであることを考えると、感情がぐちゃぐちゃになっているのは簡単に想像ができた。
村を出てから、彼女はずっと俺の手を握っている。まるでそれこそが自分が今ここに生きている唯一の証だと言わんばかりに、強く握っている。
俺は「大丈夫だ」と言葉を返す代わりに、それを握り返した。こいつの前世を背負う自信なんて、俺にはない。ただ、そうしていないとこいつが壊れてしまいそうな気がして仕方がなかったのだ。
「魔動車」は街道を南東へ走っていく。クリップスまで大体ノンストップなら半日あれば着くと聞いた。こいつの時速は見た感じ40~50kmだから、ざっくり500kmほどの長旅だ。
乗り心地は決してよくはないし、道もデコボコしていて車酔いしてもおかしくはない。ただ、この重い空気のせいか、誰も不満を言う人間はいなかった。
……それにしても、だ。
ハンドルを握るハンスは、ごく自然に車を運転している。魔力はそれほどないらしいので体力はかなり使っているはずだが、運転に危なっかしいところはない。
何でも器用にこなすこいつのことだ。運転ぐらい楽勝ということなのだろうか。態度は嫌味だし性格も悪いが、こいつがずば抜けて有能だというのは悔しいが認めざるを得ない。
だが、俺にはある疑念が生じていた。……なぜ、魔力でハンスを大きく上回るジャニスに、こいつの運転をさせなかったのか。
そもそも、誰が運転するかと問われた時に、こいつは真っ先に立候補した。あの時点で既に妙だった。この世界に車はほとんど存在しないのに、「まるで運転には自信があるかのように」自分に任せるようにハンスは言った。慎重な物言いが多いこいつにしては、かなり珍しい。
実際、これまでのハンドル捌きはなかなかのものだった。この車は当たり前だがオートマじゃない。俺も知識でしか知らないマニュアル車だ。30年以上前に作られたものというからそれは当然なのだが、ハンスは全く苦にもせず乗りこなしていた。
もちろん、最低限の説明はモラント会長から受けていたようだ。だけど、ほとんど数分しか運転方法を教えてもらっていないのに、こんなに簡単に運転できるのだろうか?少なくとも、俺じゃ無理だ。
そもそも、ハンスの言動にはどこか少しずつ引っかかるものがあった。例えば、カーの村で見せたジャニスが怪我人に対してとった行動。あれはどう見ても「トリアージ」だった。
もちろん、それに相当する文化がこの世界にあるのかもしれない。しかし、それよりは以前ハンスがジャニスにそういうやり方を教えていたと考える方がずっと自然だ。
言葉遣いもそうだ。クリブマンの事件の時、あいつは「クーデター」という言葉を使っていた。ハンスが横文字を使うことはほとんどないが、あの時は違った。「前の世界」にしかないはずの言葉を、どうしてハンスは知っていた?
ハンスもジャニスも、転生者を相手にする「祓い手」稼業を長年続けている。その関係で、「前の世界」に対する知識をある程度持っていても全くおかしくはない。
ただ、車の運転は知識だけじゃ無理だ。少なくともマニュアル車の運転は、ある程度やっていないとできるわけがない。
俺は「魂見魔法」をハンスに向けて使った。魂の色はやはり青色だ。転生者であることを示す赤でも、「完全憑依者」を示す紫でもない。
やはりこいつはこの世界の人間で、何でも言われたことを即座に理解してしまう「天才」なのだろうか。もちろん、こいつが転生者でなくても全然問題はないし、むしろそうあっては困る。だから、この結果に対して俺は安堵すべきはずなんだ。
……ただ、一体何なんだ。この妙な居心地の悪さは。
「そろそろ、休憩としましょうか」
ハンスが軽く汗を拭って言う。魔力が少ないから、それなりに疲れてはいるらしい。
車はいつの間にか、ちょっとした街の中に入っていた。規模としてはシャロットぐらいはありそうな感じだ。
「ここは?」
「スパリア。カルディアの中では大きい都市ね。温泉があるから、ちょっとした観光地ではあるわ。今日はここで1泊するわよ」
「急がなくていいのか?」
「ハンスの体力的に、これ以上はちょっと難しいわ。あと、これから夜になる。光条魔法を私が使えばいいだけだけど、さすがに危険は冒せない。
博士の魂のことなら大丈夫。1日や2日程度では消えはしないわ」
ジャニスは席の下に置いてあるバッグに目を向けた。あの中には「魂晶」がある。長さ20cmほどの水晶の中には、「魂吸魔法」で身体から抜き取ったレナード博士の魂があるはずだ。
「ちょっと思ったんだが……肉体が死んでも、魂吸魔法で魂を抜いて義体に移し替え続ければ、ある意味不老不死になるんじゃないのか」
カーの村を出てからずっと疑問に思っていたことを訊くと、ジャニスが首を横に振った。
「そんな甘い話はないわ。カーの村でも聞いたと思うけど、義体はあくまで『仮の身体』。人間と獣人の魂は違うから、どうしても無理は出る。制限を付けていても寿命は5年しかないし、制限を外せば2カ月ぐらいしかもたない。
そして、義体自体がかなり稀少だし、その利用はイーリス教会の許可が必要よ。今回は特例も特例」
「……ていうか、俺の命って本当に残り1カ月とかなのか。いや、その話は聞いた上でリミッターを解除してもらったけどよ」
「そうね。まあ、貴方の新しい身体は教会が今手配中だから、そんなに待たされることはないと思うけど。……と、着いたわね」
車は街の中では大きめの建物の前に停まった。ホテルか何かか。
「お嬢様、では手続きを済ませますのでこちらでお待ちを」
「ええ、任せるわ」
受付でハンスが部屋の交渉をしている間、俺たちはロビーのカフェで待つことになった。ミミは相変わらず元気がなく、俺の手を握ったままだ。
その時、受付の方から若い男の大声が聞こえた。
「何で俺の部屋は取れんのに、こいつらは取れるんや!?」
ハンスが渋い顔で何か言っているが、男は食い下がっている。見たところ20ぐらい、冒険者風の男だ。背はあまり高くはない。
「だから金ならあるっちゅうとるやろ!!何で俺より後に来たこいつらが優先されるんや!?」
「だからお客様、大部屋に1人だけというのは……」
「ええやないか金あるんやし。てかこいつもこいつや、何で自分が優先されて当然っちゅう顔しとるんか」
ハンスは呆れたように首を振っている。
「規則は規則です。そして金ならこちらも十二分に持ち合わせてますが」
「は?俺に野宿せいっちゅうんか?安宿はどこもいっぱいやし、何よりダニが多くてかなわんわ。それに何より、俺は……」
ジャニスがうんざりした様子で「どういうことなのよ」と受付の方に向かう。
その時、俺はある異常に気付いた。
「ちょ、ちょっと待て!!そいつ、転生者だ!!」
「は??」
男は驚愕の表情を浮かべた後、「マジか……」と頭に手をやった。
何気なく魂見魔法を使ったら、こんなことになるとは。しかも、こいつの魂の色は紫。つまり、「完全憑依済み」の転生者だ。
確か、このタイプの転生者は見つけ次第即座に捕縛し、教会につき出さねばならない。転生者を放置しているとどんな厄介ごとを起こすか分からないというのは、レイモンドの一件でも嫌と言うほど分かっている。セルフォニアの手の者ならなおさらだ。
ジャニスの表情が一気に険しくなった。
「本当ね……。貴方、覚悟はよろしくて?」
「覚悟ってなあ……ったく、これ見い」
男は懐から何かのカードのようなものを取り出す。ハンスとジャニスの目が、同時に見開かれた。
「これは……『活動許可証』、ですな。クリップス統治府発行、偽造ではなさそうです」
「……本当ね。しかし、転生者が生身で活動できる条件は極めて厳しいはず。貴方、何者なの」
男は肩を竦めて「それはこっちの台詞や」と返す。
「そもそも何で俺が転生者とすぐ分かるんや……てかそこの2匹、よく見たら義体やんか。あんたら、さては『祓い手』やな?」
「ええ。私はジャニス・ワイズマン。事情に通じているなら名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃなくって?」
「ああっ!!あんたが話に聞く『ヴァンダヴイルの赤き魔女』か!!師匠から話はよく聞いとるわ」
「……師匠?」
男がニヤリと笑った。
「せや。俺の師匠はアンジェリカ・ダーヴィン。クリップス魔術学院副院長や。あんたもよーく知っとるはずやで」
「ダーヴィン先生!?」
ハンスが「そういうことですか」と苦笑する。
「なあ、こいつの師匠とは知り合いなのか」
「ええ。それも結構長い付き合いではありますね。お嬢様の師の1人でもあります」
「フフン」と男が胸を反らす。
「まあそういうこっちゃ。俺の名は葉山大河。こっちでの名は、オルド・リバース。で、部屋譲ってくれるんよな?」




