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「これでいいかしら」
ジャニスの言葉に、ラスカが頷く。目の前にはささやかな木の板の墓標がある。
「せめて、私だけは彼を覚えていようと。ここなら、決して見落とすことはないですし」
墓標の横には、少し大きめの墓石があった。「勇士ウェス・ブロードここに眠る」とある。ザッシュ・ラブはかつての仲間の横で永遠の眠りにつくことになったというわけだ。
「じゃあ、行きましょうか。復興に向けて、色々やらねばならないことは山積しておりますし」
魔獣ジェノサイバーことザッシュ・ラブ、そしてそれを操っていたマイク・プルードンの死の翌日。カーの村とその周辺にいたレイモンドの住民は、徐々に街に戻りつつあった。
無論、カルディア政府は全面的にこれを支援するという。既にリーベルト大統領とモラント会長はレイモンド入りし、その陣頭指揮を執っている。
町外れの墓地から戻ろうとすると、向こうからユウが走ってきた。
「ジャニスお嬢様、ハンス!!ちょっと大変なことが分かったらしい」
「……大変なこと?」
「俺たちがヴァンダヴィルからグリーブに来る時に使った装置だ。それに似たヤツが、マイクが泊まっていた宿屋の地下に見つかったんだ!!」
*
「……これですか」
目の前には、簡単な魔方陣が一つ。その四隅に、ポールのような柱が立てられている。
もちろん、ヴァンダヴィルやグリーブにあったそれとは大きさがまるで違う。だが、その独特の文様には確かに見覚えがあった。
ユウが渋い顔になり「参ったな」と呟く。
「確かに、あの『転移装置』とやらと似てるな。これ、まさかマイク・プルードンが作ったのか?」
「あの男にそんな知識があるわけがありませぬ。事前に仕込まれていたものを、あの男が組み立てた。そんなところでしょうな。
仕込んだのは、恐らくシャキリ・オルドリッジ。レナード博士の見舞いと診察に来たついでに――いや、むしろそちらこそがついでだったのかもしれませんが――その際にここに置いていったとすれば筋は通ります」
「……つまり、これはセルフォニアと繫げられてる、そういうことか」
リーベルト大統領が首を振った。
「いや、まだだな。転移装置は双方の合意なくしては『開通』しないもの。たとえ向こうが道を開いても、こちらが『許可』を出さねば意味はない」
ジャニスが彼に頷く。
「まあそうよね。そしてこいつは多分未完成。……もし完成していたと思うと、ぞっとするわね」
「その通り。私としてはこれを取り壊そうと思うのだが」
私は少し考え、「いえ、一応やめましょう」と答えた。
「ハンス君、どうしてだ」
「今はそのままにしておくべきですが……こちらがセルフォニアに攻め入る準備ができた時に、使える余地が出てくる可能性があります」
「……それはどういうことかね」
「セルフォニアへの侵入経路は、極限られています。まず、パルフォールかカルヴァーンからの海路。ただ、両国ともセルフォニアとの関係は最小限の交易のみです。さらに商人に偽装して侵入しても、そこからどう中枢に入り込むかが極めて難しい。
2つ目がネウヨからの陸路です。ただ、これもほぼあり得ない。国境を挟んで一触即発の状態が続いていることを考えると、ここから入ることは全面戦争の開戦を意味しかねない。余程の事情がない限り、レヴリアとしてはこれも取れない。
一応ポルトラから海路でワシュワに渡り、そこから陸路でという手もありますが、ワシュワはセルフォニアの属国です。これもまた現実的ではない」
「だからレヴリアは表向き不干渉の立場を取っているのだろう?確かにセルフォニアは我が国にとっても脅威ではあるが……待て、逆にレイモンドに攻めてきたらそれを利用できる、そういうことか?」
私はニヤリと笑う。
「無論、マイク・プルードンが失敗したことはじきに知られることになるでしょう。ただ、レイモンド周辺にある魔石資源を彼らが簡単に諦めるとは思えない。直接的か、間接的かは分かりません。彼らは必ず、またここを狙ってくるはずです。
その時に、この『転移装置』を再び使おうとするはず。多分新たに魔方陣を展開するでしょうが、ここがまだ残っていると知れば再活用をしようとするでしょうな」
「だが、誰が『許可』を出す?」
「それはその時の話です。ただ、セルフォニア側の誰かを捕まえ、言いなりにさせた上で『開通』させることは考えられるでしょうな。
そして、その時にこちら側の精鋭を向こうに送り込む。セルフォニアにある『転移装置』は、恐らくヴァンダヴィルやグリーブ同様に首都ボルトにあるはずです。故に、電撃戦を仕掛けるなら、それが絶好機となり得る。如何でしょうか」
リーベルト大統領は「……むう」と唸った後苦笑した。
「なるほど、一理はあるな。ならば厳重な警戒の元、この魔方陣は保管しておこう」
「問題はいつ、どうやって奴らがここをまた狙うかかしら。心当たりはあるの?」
ジャニスの問いに、私は肩をすくめる。
「いえ、それはまだ。とりあえず、すぐにということはないでしょう。それまで、こちらも牙を研いでおく必要はありますな」
「牙、ねえ……戦力も何もかも、まだまだ全然不足してるわよ」
「ええ。だからこそ、これからが大事になるのです」
「これから……ってまさか貴方!?」
ジャニスの顔色が変わった。さすがに何を言わんとしているか分からないほど、彼女は愚鈍ではない。
「ええ。ミミの力が、恐らくはこれから必要になってきます。彼女を戦いに駆り出したくない貴女の気持ちは重々理解しますし、彼女がそれを望むかも分からない。
ただ、彼女の新しい義体には謎がある。それ次第では、嫌でも彼女に協力してもらわねばならなくなるかもしれない」
「……確かに、あれは不可解だったわ。どうして彼女の『前世』と瓜二つの義体があったのか。それが何を意味しているのか。博士に問い質したいところだけど……」
レナード博士の余命は残り少ない。今日カーの村に来るであろうカル大司教とも、まともに会話できるかどうかすら分からない。
もちろん、義体開発にはカル大司教も関わっているはずだ。ただ、開発責任者しか知り得ない事実もある。
……いや、一つ延命策があった。
「お嬢様、カーの村に戻ったらお願いしたいことが」
「何?」
「レナード博士に『吸魂魔法』を。一時的に魂を魂晶に移し替え、義体に移すのですよ」
ジャニスが「そうか!!」と手を叩いた。
「なるほど、確かにそれなら延命はできるか……ただ移すべき義体なんてある?そもそも、あれはかなりの稀少品よ。ユウの時は、たまたま『生まれたて』のものがあったからいいけど……」
「そこは義体開発拠点のクリップスに行けば何かあるでしょう。それに、ミミの新しい義体についても話が聞けるはずです。ここからクリップスまでは、それなりにかかりますが」
クリップスはカルディア南東部、レブリアとカルヴァーンの3国の国境に位置する独立都市国家だ。霊峰クレスポの麓にあり、エビアで魔法を志す人間なら必ず一度は訪れる街でもある。
「ここからだと……馬車だと1週間はかかるわね。フリード陛下への報告なんかを考えると、そんな余裕ある?」
後ろで話を聞いていたリーベルト大統領が手を挙げる。
「そこは我が国が協力しよう。モラント会長の『魔導車』を使えば、2、3日で着くはずだ。燃料の魔石は、あのマイク・プルードンが高純度のものを遺しているからしばらくは問題にはならないだろう」
「ありがとうございます。使い終わったらお戻しすれば?」
「いや、それはこちらからの報酬だ。無論、然るべき金銭も支払せてもらうよ。それでいいな、ジョセフ」
「無論です」とモラント会長が快諾した。こちらに来て28年経つが、移動手段の遅さには随分悩まされてきた。これならば、燃費はかかるがその問題はかなり解消される。
「ありがとうございます。大統領、そしてモラント会長。後ほど、簡単に運転方法を教えてくれますか?」
「あ、ああ。しかしそれなりに運転は難しいぞ?娘のラスカは魔術学院に通わせる前に運転させたことがあったから動かせたが、感覚が……」
「確か、行使する魔力はそれほど必要としないとうかがいました。ならば、私でもそこまでの問題はないかと」
「前世」ではそれなりに運転の機会はあった。腕には自信があるというほどではないが、感覚を取り戻すにはそう時間はかからないだろう。
その時、ユウが訝しげに首を傾げたのに、私は気付かなかった。
*
「お嬢様!!ハンスさん!!ユウ君!!お帰りなさい!!」
カーの村に着くとパタパタとミミが笑顔で駆けてきた。見た感じ、様子としては落ち着いている。
「ただいま、ミミ。そっちは変わりなかった?」
「はいっ!それとカル大司教が既にこちらに来られてます」
「ありがとう。ミミ、貴女も一緒に話を聞いてくれる?」
ジャニスの言葉に、ミミの表情が強張った。
「……私の新しい義体、のことですよね」
「ええ。どうして貴女の前世にそっくりなのか。何かしら話を聞けると思う」
村長の家に入ると、カル大司教が「来たね」と出迎えた。
「レイモンドの件、ご苦労だった。教会としても然るべき恩賞を出す方針だよ。とはいえ、僕がここに来たのはねぎらいに来たわけじゃない」
彼は部屋の隅にある棺状の箱に目を落とした。その中にはミミの新しい義体が眠っている。
「私の、ことですよね」
「そうだ。ミミ君、これから話すことは、君に少なからぬ衝撃を与えるかもしれない。それでもいいか」
「……はい」
ミミの言葉に、カル大司教は大きく息をついた。
「義体の素材は、霊峰クレスポに『流れ着いた』魔獣の亡骸だと聞いている。あそこにはこの世界のどこかに繫がっている『通路』があるらしい。そして、そこに稀に流れ着いた亡骸は『魂を抜かれた状態で、食事などもせずに生き続ける』と説明を受けている。
君の身体も、そしてユウ君の身体も、恐らくメジア大陸かネプルーン大陸かに生息する魔獣を元にしたモノだと思っていた。実際、確かにどちらにも『獣人』と呼ばれる種族が存在する。だから、レナード博士らの説明にそれほど違和感は持たなかった」
ここまでは私も聞いている話だ。なぜ獣人が「漂着」するのか、その理由はよく分からない。ただ、そこに人の魂を定着させるように魔術的な加工を施すことで「義体」となるとは聞いている。
無論、人間と獣人では違う種族だ。当然、魂の適合性に無理は出てくる。だからこそ、身体機能に制限を設け、「燃費」を抑えないと長生きはできない。それでも寿命は5年程度だ。
そしてリミッターを解除すると、寿命は1~2カ月に縮まる。だからユウにも早く新しい身体を用意しないといけない。
そして、新しい義体はその「寿命」が人間並みに大きく伸びたとは聞いた。種族が同じ人間をベースにしているのだから、それも当然ではある。
だが、そもそもその義体をどうやって作ったかは聞いていない。この村に入る人間で、それを知っているのはレナード博士だけだ。
「つまり、何故人間がクレスポに漂着したのか、ということですね。それに対する何かしらの仮説を、貴方はお持ちだと」
「ああ。これは本当に、あくまで僕の仮説だ。ただ、根拠がないわけじゃない。
イーリス教会が厳に秘匿している事項は幾つかあるが……その一つに、クレスポに漂着する遺物がある。その中には……ミミ君たち転生者のいる世界から流れてきたとしか思えないモノが複数存在する」
「……何ですと??」
流石にそれは初耳だ。イーリス教会が色々と隠し事をしているのは重々知っているが、それでもこれは驚かざるを得ない。
カルが話を続ける。
「そうだ。今までは全て『モノ』だった。家の前に停めてある『魔導車』についても、漂着物を元にある転生者が手を加えて作られたと報告を受けている。
そもそも、異世界からモノが漂着することは極めて少ない。だから、生命体が漂着する可能性に考えが及んでいなかったのは確かだ。だが、あり得ない話じゃなかった」
そして、彼の視線がミミに向いた。
「僕が導き出した仮説。それは……あれは君自身か、君に限りなく近い存在だ。それを博士がずっと秘匿していた。僕はそう考えている」
依頼4 完遂




