4-13
僕は、ずっと独りだった。誰からも気付かれず、嫌われもしないけど好かれもせず、ただそこに生きているだけの存在。それが僕だった。
友達はいない。恋人もいない。ただ何となく生きていく。そうやって僕は19年の人生を送ってきた。
両親は共働きで、そして疎遠だった。僕よりも、家族よりも自分の仕事の方が大事という人間だった。
無駄に裕福だったから、生きていくのに必要な金は出してくれた。そして、僕が3流大学に受かると、厄介払いのように家を出された。
大学生活は無味乾燥だった。周囲の陽キャと話が合うわけもなく、陰キャ同士で傷を舐め合うこともない。
ただ講義に出て、家に帰って、適当に動画を見て、それで寝るだけの生活。バイトの必要もない僕は、淡々と日々を過ごしていた。
その終わりは、唐突にやってきた。流行病に罹った僕は、一気に衰弱した。ワクチンは射ってたけど、それでもあの激しい咳と熱は予想を遥かに超えていた。
誰かに助けを求められればよかったのだろう。あるいは、僕がいないことに誰かが気付いて心配してくれればよかったのだろう。
だけど、僕にはそんな人なんて、誰一人いなかった。
朦朧とする意識の中、僕は泣いた。誰かに愛されたい、誰かに気付かれたい。
そうやって泣いているうちに、僕の命は、終わった。
*
そして、気が付くと僕は異世界に転生していた。
夢の中で白髭のお爺さんが僕に何か力をくれたみたいだった。それが夢じゃないと気付くのは、転生してからすぐだった。
身体を液体のように自由に溶かし、そして好きなように硬化できる「溶ける愛」。大昔見たアクション映画の悪役が液体金属のアンドロイドだったけど、丁度あんな感じの力らしい。
襲ってきた獣を一刀両断にしたその時、僕は言いようのない興奮を覚えた。
ひょっとしたら、これで僕は「何者かになれるかもしれない」、と。
僕が転生した青年――ザッシュ・ラブは、貧しい農家の三男坊だった。口減らしのために家を追い出され、レイモンドという街に冒険者として向かうところだった、らしい。
レイモンドの近くにある「エネフの大穴」近辺では、貴重な鉱石が採れるという。それを目当てに貧しい冒険者はあの街に向かうと、ザッシュの記憶は教えていた。
ああ、彼も僕と同じなのだ。誰からも必要とされなかったから、冒険者になるしかなかったのだ。
ただ、何にもなれず、なりようもなかった僕と違い、ザッシュには成り上がる機会があった。そして、僕にはこの力――「恩寵」がある。
ザッシュはただの凡人だった。だからきっと、僕が「憑依」しなければすぐに命を落としていただろう。
僕がこのまま彼に成り代わっていても、それに気付く人は誰一人いない。彼には悪いけど、僕はこの力で「英雄」になる。そう堅く心に誓った。
*
そして、僕は、ラスカさんとウェスさんに出会った。冒険者として初心者だった僕に、2人はとても良くしてくれた。
特に、ラスカさんは親切で優しかった。少し無口だったけど、冒険者としてこの世界で生きていく作法を、彼女は本当に丁寧に教えてくれた。
今まで誰かに親しく接してもらうことのなかった僕が、彼女を好きになるまで、そう時間はかからなかった。
問題は、2つあった。まず、ラスカさんには既にウェスさんという恋人がいたことだ。
彼は少々がさつだったけど、豪快でとてもいい人だった。僕を何も知らない若造と馬鹿にするでもなく、「見込みがある」と持ち上げてくれてもいた。
そんな彼のことも、僕は好きだった。ただ、やはりどこか嫉妬もしていたんだと思う。
一度、彼らが激しいキスをしているところに遭遇した時、僕の中に例えようもない黒い感情がわき上がった。今にして思えば、あれは決して持ってはいけない感情だったのだ。
そしてもう一つ。そのウェスさんが、僕が転生者ではないかと疑いを持ったことだ。
居住可能区域外で魔獣に遭遇した時、僕は「溶ける愛」を使ってそいつを殺した。そこまでは特に問題なかった。
その夜のことだ。ウェスさんが酒場の裏に僕を呼び出して、言いづらそうにこう切り出した。
『ザッシュ、今日はマジで助かったわ。で、一つ聞きたいんだが……あれ、どこで覚えた?』
『あれって、何ですか』
『右腕を伸ばして剣みたいにしてただろ。あんな魔法、俺は見たことがねえ。ラスカも知らないと言っていた。あいつが知らない魔法なんて、そうはないんだ。
いや、だから何だって話じゃない。ただ、お前が転生者じゃないといいと思っただけだ』
『……どうして』
そこまで口に出して、僕ははっと気付いた。僕が憑依する前のザッシュ・ラブですら、転生者がこの世界では禁忌の存在であると知っていた。そして、転生者は――「狩られる」運命にある。
黙っている僕に、ウェスさんはふうと息をついた。
『いや、お前を教会にちくったりするつもりはねえよ。そんなことなんかしたくもないし、お前が転生者かどうか何て俺にはどうだっていい。ただ、あの『魔法』はできるだけ見せるな。疑いを持たれたら、マジでまずい。
お前には見込みがある。ひょっとしたら『エネフの大穴』の全貌解明に貢献して、レイモンドの英雄にもなれるかもしれない。だから、下手なことして疑われて欲しくねえんだ』
そう言うと、彼は『ま、それだけだ』と酒場に戻っていった。
その時、僕は例えようもなく不安に思った。せっかく転生して、「何者かになれる」と思ったのに……こんなにあっさり気付かれてしまうのか。
*
僕が龍に遭って、返す刃でウェスさんたちを惨殺したのは、それから1週間後のことだった。
*
そこからのことは、よく覚えていない。とんでもないことをしてしまったという激しい後悔と絶望。そして、自分の中から吹き上がる止めようのない破壊衝動。それが入り乱れるまま、我を忘れ穴の中央部に僕は駆けた。
そうやって逃げていく間に、穴から吹き出る濃い瘴気は、僕の身体を急速に冒していった。そしていつの間にか倒れた僕は――
魔獣「ジェノサイバー」と化していた。
*
――随分と、長い夢を見ていた。
誰かに会って、そいつに導かれるまま街に戻った気もする。本能のままに刃を振るって、邪魔する奴を殺したかもしれない。ラスカさんの幻影も見ただろうか。
ただ、そんなことはもうどうだって良かった。
僕は、多分死ぬ。この息苦しさは、「前世」で既に一度経験している。自分が永くないという確信は、どこかにあった。
もう、それを悲しいとすら思えない。人の心を失った僕は、こうやって獣として死んでいくのがお似合いなのだ。
薄く開いた目の向こうに、誰かがいるのが分かった。それが誰か、僕はすぐに分かった。
「ア……アア……」
「ザッシュ……ごめんなさい」
幻影かと思ったけど、そうじゃないことはすぐに分かった。彼女の手が、僕の顔に触れている。
「……ドウ、シテ……」
「……!!意識が……」
僕は小さく頷いた。そうだ。獣でいる間にも、僕の意識は失われたわけじゃなかった。
ラスカさんだけは、せめて彼女だけは護ろうと思っていた。だから、希薄になった意識の底で、彼女にだけは絶対に刃を向けなかった。
「……ゴメン、ナサイ……ウェスサン、コロスツモリ、ナカッタ」
「うん……分かってる。ジャニスさんから、何でそうなったかは聞いた。でも、防げたことだった。君が、転生者だと知ってれば……」
泣き崩れる彼女に僕は軽く首を振った。そうか、ウェスさんは彼女に僕が転生者かもしれないと告げなかったのか。
きっと、それは彼女を思い惑わせないようにするための彼の優しさだったんだろう。それはそれで、きっと間違ってない。
「ジブン、セメナイデ……コウナル、ウンメイ……」
そうだ。これは必然だったのだ。僕がもし、自分から何か動ける人間であれば。自分の心の内を素直に伝えられる人間であれば、きっとこうはなっていなかった。
結局、前世でもこの世界でも、僕は変われなかった。それが僕という人間を、滅ぼしたのだ。
目から涙が流れた。意識が遠くなる。今度こそ、僕は死ぬ。
その時、激しい叫びが聞こえた。
「違うっっ!!運命なんかじゃないっ!!!きっと、救えたはずだった……!!!」
泣き崩れる彼女の体温を肌で感じた。その時、僕は不思議に満足したのだ。
ああ、やはり前世とは違う。この世界には、僕がいなくなって泣いてくれる人がいる。
その事実だけで、転生した意味はあった。そう思えた。
僕は、ほとんど動かなくなった前脚で彼女の背中に触れた。
「……ラスカ、サン……アリ、ガトウ……」
それが僕、相川聡の最期の言葉になった。




