4-11
俺はもう一度深い溜め息をついた。転生しても思うように行かねえことばかりだ。この力さえあれば、全てが俺の思い通りになると思ったが、現実は何一つそうなりゃしねえ。
窓から外を見る。今のところ、動きはない。このタイミングで向こうから夜襲を仕掛けてこられたらかなりキツい。その可能性を俺は恐れていた。
ザッシュの魔力は完全に戻ってはいないし、俺自身の戦闘力もそこまで高くはない。一応、本国から支給された拳銃はあるが、この瘴気の中でどこまであてにできるかは分からない。
深夜2時を過ぎても起きているのは、瘴気と暑さで寝れなかっただけじゃない。夜襲に備えないといけなかったからだ。
もし来たら、「全てを冒す者」でザッシュを動かすしかない。魔力の回復が十分でなくても、それしか俺に選択肢はない。
ハンス・ブッカー、そしてジャニス・ワイズマンの戦闘力が相当なものであるのは本国からかなりしつこく聞かされていた。それは夕方に俺も体感した。
だから、奴らが来たら全力でやるしかない。ここでザッシュを使い潰してでも倒さないといけない。逆に言えば、奴らさえ殺せば、後はどうにでもなる。たとえザッシュがここで死んだとしても、「ポータル」さえ開いてしまえば後は本国からの援軍が何とかしてくれるはずだ。
視界の端に、何かが光る感じがした。俺はもう一度窓の外を見る。……気のせいじゃない。何かが懐中電灯のようなもので辺りを照らしている。
「……来やがったか」
俺はフードを被り、1階に降りる。外の馬小屋には、ザッシュが繫がれている。駆け足で降りると、奴は「グルルル……」と唸った。どうやら、こいつも何者かの接近に気付いていたらしい。
「行くぞ」
俺は奴の背中に針を刺し、「全てを冒す者」を発動させた。効果は約1時間。魔力を使わせるような行動をさせれば短くなるが、この戦闘だけ考えれば多分問題はないはずだ。
ザッシュを連れて外に出る。光は見当たらない。だが、アレは目の錯覚ではないはずだ。その証拠に、ザッシュは唸りながら大通りへと警戒しながら歩いていく。こいつの五感は人間のそれよりはるかに鋭敏だ。ザッシュを通して、俺も何かの気配を感じていた。
レイモンドのメインストリートに出たところでザッシュの脚が止まった。月明かりに照らされた人影が一つ。
それはあの猫耳娘だった。
「ザッシュ、斬れ」
ザッシュは微動だにしない。……またか。
「斬れっつってんだよ!!!」
俺は叫ぶ。ザッシュはなおも動かない。
目の前の猫耳娘は武器も何も持っていない。多分、俺が拳銃を撃てば簡単に殺せるだろう。
だが、こいつがここにいるということは確実に罠だ。ブッカーとワイズマンが近くにいないわけがない。下手に動いたら何が来るか分かったもんじゃない。
とにかく、ザッシュだ。こいつが動かないことには、何も始まらない。
俺がザッシュへの支配力を強めようとしたその時、女が口を開いた。
「……ごめんなさい」
「……は?」
「君が転生者であることに早く気付いてあげられなくて、ごめんなさい。この世界に来て、ずっと不安だったんだよね」
「は??不安??俺が???」
女の目線はどこか定まってない。女は俺を無視するかのように、話を続ける。
「君がこの街に来た時、とても自信なさそうにしていた。君はずっと昔のことを話そうとしなかったけど、そこに触れないのが優しさだと思ってた。
でも、それは違ってた。早く、君が何者かであるか分かればよかった。……知ってたんでしょ、この世界で転生者がどういう扱いを受けているか」
ようやく、俺はこの女がザッシュに向けて話しているのだと気付いた。チッと舌打ちし、俺は拳銃を女に向ける。
「黙れや。さもなきゃ撃つ」
「グルルル……」とザッシュが唸り、俺を睨んだ。まるで「撃てば俺がお前を殺す」と言わんとしているようだ。
つくづく言うことを聞かない駄犬だ。ここで全力を使い、奴の自我を塗り潰す以外に手はないのか。
ただ、それは完全に賭けだ。言うことを聞いたとして、こいつがその後どうなるかは分からない。効果が切れた後、完全にぶっ壊れてしまうかもしれない。もしそうするなら、確実にこいつらを全滅させねえとまずい。
防護服の下の肌が、汗でびしょ濡れになるのが分かった。かなり洒落にならない事態だ。
女は俺の脅しを無視し、なおも喋り続けた。
「全ての転生者が、殺されたり魂を抜かれたりするわけじゃない。完全に身体を乗っ取ってしまう前なら……そして何もしてないなら、生きていける可能性はあった。君なら、多分そうなれた。
でも、私もウェスも、君が転生者であると最後まで気付けなかった……そうかもしれないと、薄々気付いていたのに……!!」
「ア……アア……」
「ごめんなさい……!!君がこんな姿になってしまったのは……私の……私たちのせいなの……!!」
猫耳女は涙を流しながら崩れ落ちる。
……何だこのクソ茶番は。
「何勝手に謝って満足とかしてんだこのボケェ!!!ザッシュ、恨みがあるならこいつをぶった斬れや!!!」
俺は、ザッシュの額にある人間の顔から、うっすらと涙が流れているのに気付いた。
「ア……アア……!!ゴメン、ナサイ……!!!」
俺はブチ切れた。どいつもこいつも言うことを聞きゃしねえ。
この後どうなっても構わねえ、もう無理矢理こいつを動かして全員ぶっ殺してやる!!!
ポケットに入っている短剣状の針を鞘から抜く。そしてそれをザッシュに突き立て、俺は全力をそこに込めた。
「ぶっ殺せやあっっ!!!」
メインストリートに、静寂が流れる。ザッシュの「顔」からは涙が止まり、また無表情に戻った。
だが、奴はなおも動こうとしない。奴の恩寵――「溶ける愛」なら、この女の首を刎ねることなぞ0.1秒もあれば事足りるはずだ。これでもこいつは俺の言うことを聞かねえってのか!?
もういい。誰かを頼ろうというのがそもそもの間違いだった。これが罠であっても構わねえ、まずはこのクソむかつく猫耳女をぶっ殺す!!
俺は左手で構えていた銃の引き金を引いた。パァンッッという破裂音が響き、銃弾は女を貫いた。
いや、貫いたはずだった。
女は苦しむそぶりも見せない。血も流さない。ただ、崩れ落ちたまま泣き続けている。
……これは、どういうことだ!??
「グロロロロ……!!!」
ザッシュの顔が、こちらを向いたのに気付いた。その顔は、獣の方も人間の方も憤怒で満ちている。
……マズい。女を撃ったことで、こいつは俺にぶち切れている。
俺はすかさず右手に握った針をもう一度突き立てた。「全てを冒す者」は効いているはずだ。効かないはずがないっ。
「言うことを聞けやっ!!お前の敵はあいつらだっ、違うか!!?」
「ユルサ……ナイ……」
全身の体温が一瞬にして下がった。
まずい。まずいまずいまずいっっ!!
すかさず振り向き、全力で逃げ出す。その刹那、首に激痛が走り、視界が前後逆さまになった。
斬られたのは自分――富樫大虎だと気付いたのは、意識が完全に途切れるその刹那だった。




