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「……経緯は以上です。結論から申し上げれば、作戦の抜本的見直しが必要ですね」
一通り説明を終えると、部屋に重苦しい空気が流れた。ザッシュとマイクを撃退はできた。しかし、目標である討伐はできていない。
撃退できたのも、正直運の要素が強い。やはり、プランBは必要だったのだ。
特に、ミミを連れてこれなかったのは痛かった。もしあの場に彼女がいれば、少なくともどちらかは殺せていただろう。そしてユウがいれば、あそこから戦うという選択肢も採れていただろう。
嫌な予感は本当によく当たる。通算で50年以上生きているのに、自分の学習能力のなさにはつくづく嫌気が差す。
リーベルト大統領が唸った。
「抜本的見直しか……大陸一の『祓い手』である君たちが言うのだから、余程のことだな」
「ええ。少なくとも単純な奇襲は困難と見えました。ただ、収穫なしとはしません」
「ほう?」
「私たちにとって救いなのは、向こうの手の内がかなり見えたことです。まず、マイク・プルードンは転生者、それも完全憑依済みの転生者です。これはもう間違いないと言っていい」
ジャニスが小さく頷いた。
「あいつ、そんな頭は良くないわね。ペラペラと聞かれてもいないことを喋ってた。おかげで相当に助かったわ。
転生したのは少なくとも1カ月半よりは前、ただそれほど日は経ってない。せいぜい3カ月といったところかしら?デルヴァーの事件の時に転生して間もないとか言ってたから。
そして、セルフォニアの指示で動いているのも確定。まあ、こちらは隠すつもりもなかったみたいだけど」
「お嬢様の言う通りです。そして、恩寵もほぼ間違いない。『他人の肉体と精神を完全に制御する』ものでしょう。ただし、条件付きで」
ラスカが「えっ」と声を上げた。
「あれだけ短い間で、どうしてそれが分かるんですか」
「まあ、経験と慣れです。ザッシュが私たちを追う時、鞍上のマイクが何かを刺していたでしょう。そして、その次の瞬間30メドほどあった距離が一気に10メドほどまで迫った。そして、その直後に『時間切れ』と彼は言った。
あの『時間切れ』には、多分2つの意味があるのでしょうね。ザッシュの魔力切れ、そしてマイクの恩寵の効果切れです。強い肉体制御を行うと、その分恩寵の効果が切れるのが早いようですな」
「条件……時間のことですか」
「それもありますが、マイクは何か針状のものをザッシュに刺していたでしょう。要は、あれが発動、ないしは操作の条件なのです。マイクの恩寵とは、『針を刺した対象を好きに操れる』というものと見ました」
「ううむ」とモラント会長が唸る。
「しかしザッシュに意思があった可能性があるのでは?」
「いえ、多分それはありません。ラスカ嬢が言うには、『ジェノサイバー』となってからのザッシュの行動は完全に獣そのものであったようです。それがマイクを背にして真っすぐ街道を歩いてきた。飼い慣らされているとしか思えなかったのです。
もう一つ、決定的だったのは……私たちを見つけた時にザッシュは笑いましたが、去る時には死人のように表情が抜け落ちていた。悔しそうにするでもなく、です。
つまり、マイクはザッシュの五感も共有できている。『ジェノサイバー』の肉体能力がどれほどかは分かりませんが、森の中に隠れていた私たちを瞬時に見つけたのは、恐らくはザッシュの力によるものでしょう」
「そうか……つまりまず倒すべきは、マイクという男なわけですね」
「ええ。ただ、制御が失われたザッシュが何をしてくるかは少々読めない所がある。できるだけ間を置かず処理した方がいい、というのは確かでしょう」
「ではどうするんです?」
多分、次にこちらに攻めてこられたらかなりの犠牲は覚悟すべきだろう。少なくとももう森に隠れてからの奇襲は通用しない。
ただ、一度引き返したということは……ザッシュには「補給」が必要なのだ。瘴気の薄い地域で彼が活動するには、魔石を恐らく「食わせねば」ならない。
そして、その間にマイクはどこにいる?まさか居住区域外にはいないはずだ。ザッシュは居住区域外に撤退させているか、あるいはレイモンドの町にいたとしても休養中だろう。
……とすれば。
「お嬢様、マナキャンセラーの残り稼働時間は」
「……盾として使うなら、10分かしらね。正直、心許ないわ」
「なるほど。……ところで、車は2台あったのでしたな」
「そうね。それがどうか……あっ」
流石に気付いたようだ。ジャニスの笑みが深まる。
「車の動力源になっている魔石を使う、ということね。ただ、大きさが違うわよ」
「ラスカさん、そこはどうですか?あの開発には、貴女も関わっているはずですが」
ラスカが少し思案顔になった。
「砕いた上で接続のための処理をしないといけませんが……統治府まで辿り着ければできますけど、ここでは」
「処理に必要な所要時間は」
「30分もあればできるはずです」
私は「ククッ」と微かに笑った。
「なら問題はありませんな」
「問題?」
「ええ。これより夜襲をかけます。それでケリを付けましょう」
「大丈夫なのか?」とリーベルト大統領が訝しげに声を上げた。
「そもそも、どこに彼らがいるか、この闇の中で分かるものなのか?いや、君たちの力量は重々認識してるが……」
「その点はご心配なく。魔力感知ならお嬢様ならお手の物です。それが一度見た相手ならば、ある程度の距離になれば分かるかと。それに、光条魔法を使えば闇は然程問題にはなりませぬ」
「そうか……だが、ザッシュはどうする」
「居住区域外にいるのなら、マイクを封じればもうレイモンドには来ないはずです。まあ、それでも瘴気による被害は出ますが……
ただ、おそらくはマイクと一緒か、近い場所にいると思います。力が戻るまでは、脅威はかなり減じられていると見ます」
多分、後者の予想が正しいように思えた。マイクは、ザッシュをコントロールし続けねばならない。獣の本能のままに居住区域外に出られた場合、再び捕縛するのは簡単ではないからだ。
もちろん、マイクの恩寵にも効果期限はある。それでも制御し続けられるところを見ると、緩いコントロール下に置くことなら然程問題はないのかもしれない。あの針を刺したのは、多分ザッシュをより効率的に、かつ万全な形で動かすためだろう。
とはいえ、まだこのプランは完璧ではない。対ザッシュを考えると、まだもう一つ、ピースが要る。
その時、テントの入り口に誰か入ってきた。……ユウが渋い顔をしている。
「ハンス、ミミは寝たぜ」
「起きることはありませんね?」
「多分……というか、あんた本当に手段を選ばないな。まさか一服盛るとは思わなかった」
「まあ、身体に影響はないでしょう。目覚めた時には全て終わっているはずです」
ミミの精神状態はまだ不安定だ。ユウと引き離すことでどうなるかは分からない。万一のこともある。
ただ、「気付かれなければ」その限りではない。そして、ユウがこの計画に入ることで、討伐の成功確率は飛躍的に跳ね上がる。彼がここで死ぬことはほぼ間違いなく、ないはずだ。根拠はないが、確信に近いものはある。
「……これで、俺も動けるようになったということだな。俺も行くんだろ、夜襲に」
ユウの言葉に、私は微笑んだ。
「そういうことですね。さて、役者は揃いました。……再戦と行きましょうか」




