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「すまん、遅れたっ!!」
ユウがミミと一緒に息せき切ってテントに駆け込んだ。ミミは……あの分だと、少しは落ち着いたか。
そのことに少し安堵しつつ、私は小さく頷く。
「話はラスカ嬢から聞きましたね?」
「ああ。ザッシュってのがこっちに来てるんだろ。迎え撃たなきゃいけねえけど、ミミは……」
「もちろんです。彼女はここに残します。貴方は……」
予定通り同行を、と言いかけて私は口をつぐんだ。ミミの表情が引きつったのに気付いたからだ。
多分、ユウはミミの説得にある程度成功したのだろう。ただ、あくまで「ある程度」だ。ミミは、ユウに依存することで一時的に精神状態が安定しただけだと、私は直感した。
2人が恋仲になることが悪いわけではない。ただ、現時点では、それはあくまで暫定的な解決に過ぎない。本当の意味でミミが過去を乗り越えるには、長い、長い時間が必要だ。
そして、ユウがもしここで命を落とせば……ミミの精神は崩壊するだろう。そのリスクは負えない。
「……貴方はここに残ってください」
「なっ……!!」
「今のミミには、貴方が傍にいることが必要です。ザッシュとマイクは、私たちだけで始末します」
「だけどっ!!本当に大丈夫なのかよっ!!」
「私たちを甘く見ないでもらいたい。あくまで万一の事態のためのプランBです。貴方はミミを護ってやってください」
ジャニスが「大丈夫よ」と微笑みながらミミの頭を撫でた。
正直に言えば、プランAのまま行けるかは少々自信がない。厄介なのは「液体化」というザッシュの恩寵だ。魔獣になってもなお使えるのかは不明だが、もし使えるのなら私の「時を統べる者」とは極めて相性が悪い。
一度発動されると「アマリアの手袋」による強制誘眠は恐らく効かないだろう。マイクの方はどうとでもなるが、ザッシュだけを残した場合何が起きるかは全く見当が付かない。倒すならザッシュが先であることが望ましいのだ。
ユウの「錬金術師の掌」なら、その液体化を止めうる。ザッシュ対策としては彼がいると正直ありがたかったのだが、状況が状況だ。開き直るしかあるまい。
「それではラスカさん、ご同行を。どこで迎え撃つか、土地勘のある貴女が頼りです」
「分かりました」と、彼女が首を縦に振った。奇襲で、極力何もさせないまま終わらせなければ。
*
「……大分空気が濁ってきたわね」
ジャニスが呟く。車の外に見える空気は少し薄紫色を帯びてきた。
「ここから先は危険です。私はここで引き返しますが、ご武運を」
運転していたモラント会長が車を止める。車を降りると、微かな異臭が鼻を突いた。
「『展開』するわよ」
ジャニスが腕輪――マナキャンセラーに触れた。ヴゥンという微かな音と共に、目の前に半透明の壁のようなものができた。
周囲の空気が透明なものに戻り、異臭も消えた。
「凄い……少しやり方を教えてもらっただけで、使いこなせているなんて」
感嘆するラスカにジャニスが苦笑する。
「それほど難しくはないわよ。動力源である魔石のマナを、自分の周囲ではなく前方に放てばいいだけ。病身の博士ができたのだから、貴女にも多分できるはずよ。
ただ、これだと持続時間は20分ぐらいに減るのだっけ。その間に決着させなきゃいけないわけだけど……」
「ここから数分歩くと左側が上り坂になってます。その森の中に潜むのがいいかと」
「了解。案内は任せるわ。……にしても、貴女そんなに喋る人だったのね。この前会った時は無口な印象があったけど」
「……少し、気持ちが昂ぶっているのかもしれません。ウェスの仇をやっと取れると思っているからかもしれません」
強張った表情でラスカが答えた。少し入れ込み過ぎな気がする。あまり前に出すぎないといいが。
彼女の言う通り、しばらく行くと左側に森があった。確かに隠れるには丁度いい。
「作戦は単純。奴らが接近してきたら、ハンスが例の『時魔法』で急襲する。マナキャンセラーの『壁』を極力奴らに近付けておけば、魔力無効化による影響はほぼなくなるわ。確か、前方5メドぐらいまでなら行けるのよね?」
「ええ。でもそこまで近づいたら気付かれるんじゃ……」
「途中まで一緒に移動すれば行けると思うわ。ハンス、使うのは『10倍速』?『20倍速』は失敗した時の反動が大き過ぎるわよね」
私は少し考えた後で「それで行きましょう」と答えた。10倍速でも移動速度は150~200km/hはある。それならこちらを捕捉するのはほぼできないはずだ。
とはいえ、もし失敗した場合の離脱は困難を極めるだろう。濃い瘴気を吸った場合、あのカーの村にいる犠牲者たちのような状態になるのは目に見えている。チャンスはわずか1回。そこで仕留めねばならない。
恐らくはこれでもやれるはずだ。だが、妙な胸騒ぎがする。いや、ずっと僅かな不安が胸にくすぶっていた。
こういう時には、大体ろくなことにならない。だが、今から引き返すこともできない。
……腹をくくるしかない、か。
目の前の空気が、一段と紫色に濁ってきた。レイモンドの方向から、何かが向かってくるのが分かる。
「……あれが『ジェノサイバー』か」
体長は2メートルほど。4足歩行で頭に2つの角が生えている。黒い鹿に近い姿だが、その額の部分には死人のような男の顔があった。……あれが、ザッシュ・ラブか。
そして、その背中には全身鎧――というより防護服を着た男、マイク・プルードンがいた。奴がザッシュに騎乗している……ということは、つまり……
「まずい」
私は2人の手を取った。と同時に、向こうからやってくるザッシュの顔が「ニヤリ」と歪んだのが分かった。
ザッシュの移動速度がはっきりと上がった。どういう理由か分からないが、こちらが潜んでいることに気付いたのだ。
私は「時を統べる者」を発動させる。
「ジャニスッ、後方に『盾』を展開しろっ!!」
街道に飛び出すと、ザッシュ、そしてマイクとの距離は10メートルほどへと迫っていた。このまま戦うことも一瞬頭をよぎったが、あまりに危険だと判断した私はカーの村へと駆けだした。
「ハンスっ!!?」
私はジャニスの呼びかけを無視し、「10倍速」で走り出す。もちろん、両手はジャニスとラスカをしっかりと握ったままだ。
「逃がすかよっ!!」
防護服の男が叫んだ。振り向くと、ザッシュの身体から放たれた黒い液状の何かがこちらへ飛んでくる。それはマナキャンセラーの「盾」にはじかれ霧消したが、一瞬肝が冷えた。
それにしても、向こうの移動速度もかなりのものだ。じりじりと離れているが、「10倍速」のこちらとそれほど差はない。こちらの効果時間が切れたら……一巻の終わりだ。
10倍速は10秒――効果範囲外の空間で言えば1分40秒しか持続しない。その間に奴を振り切れるか??
残り5秒。まだザッシュとマイクは追ってきている。まだ振り切れないことに、私は焦りを感じ始めていた。
残り3秒。
「速度が上がった!!」
ジャニスが叫ぶ。振り向くと、マイクが何かをザッシュに刺していた。まるで追い込み馬のように、ザッシュが加速する。俺たちとの距離は、わずか10mほどまで迫っていた。
残り1秒。
「きゃああっっっ!!!」
ラスカが叫ぶ。彼女が何かに躓きそうになったのを悟った。手が離れそうになるのを、私は必死に耐える。ここで離したら、彼女は死ぬ。
その代償として、こちらの移動速度が急激に落ちた。
……これは、本格的にまずい。
私は後方を振り向く。……ザッシュとマイクは、20mほど離れた所で止まっていた。これは、どういうことだ。
「……クソが……『時間切れ』かよ」
忌々しそうに、防護服の男が言った。恩寵の効果が切れた私は、反動で膝から崩れ落ちる。
私とラスカを護るように、ジャニスが前に立った。
「……時間切れとは、どういうことよ」
「あんた、ジャニス・ワイズマンだな。デルヴァーで見かけたよ。後ろのがハンス・ブッカーか」
「やるならやるわよ。来なさいよ」
「誘いには乗らねえよ。こいつの稼働限界だ」
マイクがポンポンとザッシュの身体を叩く。額の顔は、再び生気のない人間のそれに戻っていた。
「これ以上動かすと、肝心要のこいつが死んじまうからな。そして、俺1人じゃあんたらにゃ敵わねえ。
そっちも戦力の要のハンスが動けねえんだろ?痛み分けだ」
「……ふざけるんじゃ……」
私はジャニスを制し、首を横に振った。悔しいが、その通りだ。お互いに攻め手は切れた。
「マイク・プルードンですね」
「俺の名を知ってるか。俺もメジャーになったものだな」
「デルヴァーで貴方がマリー・ジャーミルに接触しようとしていたのは知っています。セルフォニアの指令によるものということでよろしいですね?」
防護服の男が肩を竦めた。
「あの時はしくったぜ。何せこっちに来て日もなかったからな。あの女を『操る』前にこっちが支配下に置かれちまった。
まあいい。次に会う時はしっかり仕留めさせてもらう」
ザッシュとマイクは踵を返すと、日の沈んだレイモンドの方へと消えていった。




