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ミミの新しい義体が、「前世」のミミに酷似している、だと?
流石の私もこれには驚愕した。義体開発の経緯は博士から詳しく聞いたことがないが、これはどういうことだ。
「それは本当なのですか」
顔を真っ青にしてミミが頷く。
「もちろん、全部同じじゃないです……でも、本当に『私』そっくりで……これ、どういうことなんですか」
話を向けられたラスカが、「私も詳しくは……」と戸惑う。彼女が博士の下についたのはここ数カ月だ。もちろん義体開発の詳細など、知っているはずもない。
「その辺りは、博士に聞かないと……でも、今の博士は正直長い間話せません。さっきもハンスさんたちと話していて、もう相当辛そうでしたし……」
「知っていることは、何かありますか」
「……義体は、元々ある一人の人間から作られたって聞いてます。それ以外は、特に……」
「人間から?」
「え、ええ。それ以上は、まだ話してもらってません」
かなり引っかかる物を感じる。レナード博士は確かに多少マッドサイエンティストの気質があるが、倫理観はある程度持ち合わせている人間だ。誰かを犠牲にして研究を完成させるということは、まずもって考えられない。
さらに言えば、これがミミの生前の姿に瓜二つだという事実だ。このエビア大陸の人間の顔立ちは、アングロサクソン系やスラブ系に近い。パルフォール辺りは東南アジア系の顔立ちの人間がちらほらいるし、オークやオーガ、エルフの外見もおおよそファンタジー世界から連想されるそれだ。
はっきり言えば「東アジア系の外見を持った人間」はほとんどいない。北方のワシュワが、多少モンゴル系っぽい程度だ。
これは、一体何だ。博士は、何を隠している。
彼の余命はほとんどない。この事実が私たちの目的と大きく関係するわけでもない。義体の正体にこだわることには、ほとんど何の意味もないはずだ。
だが、この違和感はどうにも気になる。彼女をこの中に入れた時、一体何が起きるのか?
私は移動電信機を手に取った。電波ではなく魔力を媒介とするこの機械は、携帯と違いこのような僻地でも普通に使える。
「ハンス、誰に連絡を?」
「所用で聖都ミアンに滞在中のカル・アルヴィーン大司教です。義体の開発には、彼も深く関わっているはずですから」
2コール目で「どうした」と大司教の高い声が聞こえた。状況を説明すると、「……そうか」と彼は短く答えた。
「貴方は、何かご存じですね?」
「いや……僕も詳しく知っているわけじゃない。ただ、『やはり』という思いはある」
「やはり、とは」
「かなり長い話になる。君たちにはレイモンドの奪還を優先してもらいたい。ただ、新しい義体への再受肉は一度見合わせてもらっていいだろうか。
ミミ君がその義体に再受肉した時に何が起きるのか、正直に言って自信が持てない」
カル大司教はある程度の事情は知っているらしい。しかし何か奥歯に物が挟まった物言いだ。
「……分かりました。とりあえず、お待ちしております」
ミアンからだと、ここまでは2~3日はかかる。それまでに、ザッシュとマイクがこちらに来なければいいのだが。
*
会議はその後すぐに打ち切りになった。ミミが出れないのはかなりの誤算だ。彼女の恩寵が発動すれば、まず間違いなく目標は達成できる。それは一種の「最後の切り札」だった。
もちろん暴走のリスクはあるし、何より「相手の敵意ごと全てを食らい尽くす」という凶悪な性質を持つ恩寵そのものを彼女は嫌っている。だが、あるとないとではこちらの心の持ちようが随分と違う。
私たちにあてがわれたテントは、妙に気まずい空気になっていた。ミミの動揺はかなりの物で、カルの制止がなくとも討伐作戦には出せそうになかった。
……そう。多分、あの義体の、彼女の「前世」を思い起こさせる顔は……彼女の救いようのない「過去」を想起させたに違いなかったからだ。
「ミミ、大丈夫?」
「……大丈夫……じゃないです。少し、一人にさせてくれませんか……」
ジャニスの呼びかけに、ミミはふらふらと外に出て行った。ジャニスがふうと大きな溜め息をついた。
「……当然よね。こんなことは、誰も予想してなかった」
「ええ。ですが、いつかは乗り越えねばならない壁だった。こんな形とは思いませんでしたが……結局は、彼女次第です」
「どういうことだよ!」とユウが叫ぶ。彼だけは、彼女の過去を知らなかったのだったな。
「ミミは何であんなにショック受けてんだよ!滅茶苦茶かわいい顔だったじゃねえか、『前世』と同じ顔なら、むしろ喜ぶべき……」
「……それこそが災いだったのですよ。貴方だって、自分の前世を思い出したいと思いますか?」
ユウが絶句した。ユウの「前世」についてはざっくりとしかカルから聞いていないが、確かにあまり恵まれてはいなかったようだ。
だが、それでもミミよりは10倍ほどマシだろう。
「……そんなに、酷かったのか。あいつの『前世』」
「ええ。互いの『前世』には触れない、それがここでの規則でした。それは『前世』を極力思い出させないため、という重大な理由があるのですよ。
義体とはかりそめの身体。心が壊れれば、魂はそこから離れて行ってしまう。そのきっかけとなりかねない『前世』のことは、本人自身が乗り越えない限りは忘れた方がよいのです」
「でも、ミミは思い出しちまったじゃねえかよ!このままじゃ、あいつは……!!」
「……そうですね。私たちでは、多分本質的な解決はできない」
「じゃあどうするんだよ!!」
そう。私たちでは、多分彼女を本当の意味で救うのは難しい。彼女にとって私たちは、恩人であり庇護者ではあっても、対等な立場で共に歩んでいくパートナーにはなり得ないからだ。
ジャニスの感応魔法で、精神を一時的に落ち着かせることはできる。だが、それは所詮一時凌ぎだ。トラウマの根本を思い出してしまった今、その効果などたかが知れている。
救える可能性があるとすれば、2人だけだ。聖女ルカ・ドルーリーか……目の前の、小熊の器に入った転生者しかいない。
ジャニスがユウの方を向いた。
「貴方、覚悟はある?」
「覚悟って、何だよ」
「ミミの過去を知り、それを背負う覚悟よ。あの子は、貴方に心を許している。悔しいけど私たちよりは、貴方の方が彼女を救いうる。ハンス、そうよね」
私は頷いた。
「少し長く、辛い話になりますが、よろしいですか」
「……分かった。やってやるよ」
ユウが頷いた。




