日常3-2
「長旅ご苦労やったな。ま、狭いとこやけどゆっくりしとき」
レナード博士は統治府の一角を自分の研究施設へと改装しているらしかった。俺たちが通されたのは居住区とのことで、冷房が効いているかのようにひんやりしている。
ソファに座ったハンスが、部屋を見渡して言う。
「こっちに拠点を移してから半年ぐらいですか。随分色々手を入れたものですね」
「クリップスは人の目もあるしな。こっちの方が伸び伸びとやれる。あと、魔石も調達しやすいのは利点やね。
『マナキャンセラー』の実証実験も冒険者使ってやっとる。その結果魔石の採掘量が増えるから、統治府やカルディア政府の予算も降りやすい。ええことづくめたい」
お茶のようなものを猫耳の女性が淹れている。コーヒーのような色だが、どこか香りが甘ったるい。
「オルカ茶や。ここの特産で滋養強壮には効く。疲れも吹き飛ぶで」
試しに飲むと、むせかえるほど濃い甘さがした。プルーンを煮詰めたような、そんな味だ。
ジャニスとミミはゴホゴホとせき込んでいる。ハンスも軽く額に皺を寄せた。
「……独特な味ですな」
「瘴気による突然変異の茶葉を使ったものたい。居住可能区域外で取れるけど、一応人体には無害と判明しとるっちゃ。そこまで警戒せんでよかよ」
ハンスが猫耳娘の方を見た。キッチンで何やら料理を作っているようだ。
「そう言えば彼女は」
「お、そう言えば紹介まだやったな。ラスカ、こっちに来ぃ」
ラスカと呼ばれた猫耳娘が無表情のままこちらへとやってきた。どことなく「薄い」印象の子だな。
「ラスカ・ブルックといいます。レナード博士の助手をさせて貰ってます」
「助手、ですか。個人主義の貴方にしては珍しいですね」
レナード博士はうんうんと頷きながら例の濃い茶を一口飲む。
「ラスカは元はここの冒険者たい。転生者に憑依された冒険者に仲間殺されてな。変異も起こしかけてた所を俺が拾ったわけや」
「転生者?そいつはどうしたのよ」
「ここの連中に追われ、身の程知らずにも大穴の方に深入りしてそれっきりっちゃ。まあ確実に死んだやろ。もう5カ月も前のことたい。
で、路頭に迷ってた所を俺が拾ったわけやね。元々魔法使いやったみたいやし、マナキャンセラーの開発にはちょうどええと思ったんよ」
ジャニスがオルカ茶を飲んでまたむせた。確かに元気は湧いてくる気はするが、それにしてもこれは濃すぎる。超濃厚な栄養ドリンクを濃縮したような感じだ。
一通りせき込んだ後、「本当何これ……」とぼやきながらジャニスが話を続ける。
「それだけじゃないでしょ。基本的に貴方は他人をそんなに信用する人じゃない。セルフォニアからの亡命の時だって、私たちを頼みにしようとしなかったくらいだし」
「えっ、セルフォニアの人なんですか!!?」
ミミが叫んだ。変な訛りがあるから、てっきりパルフォールとか別の地域の人間かと思ったが、これはちょっと予想外だ。
レナードは渋い顔をして答える。
「10年前、俺はクリップスから魔道技術の発展のために派遣されてたんよ。セルフォニア王家の招きでな。
そうしたらグランのクーデターに遭って、4年ほど軟禁状態や。……まあ、思い出したくないことしかないな。で、何とか逃げ出してパルフォール行きの船に密航したはええけど、まあそこからが大変やったな……」
「当時の貴方は酷く不安定になってましたからね。ヒイロから情報を得て向かった時は、『転生者は殺す』としか言ってなかったですし」
「まあ、それは今でもそう変わらんっちゃ。セルフォニアを――というかグランを殺すためなら俺は何でもするたい。だが、恩寵を何とかせんとどうしようもなかった。研究への資金協力、本気で感謝しとるよ」
何かがこのおっさんの過去にあったらしい。とりあえず、セルフォニアに対する憎悪が強いことだけはよく分かった。
ジャニスが「そういうことね」と頷く。
「転生者に対する復讐心。そこで貴方と彼女は利害の一致を見た、と。……あまり人の心に土足で踏み入るのは趣味じゃないけど、貴女が殺された仲間って恋人か何かでしょ」
ラスカが少し驚いたように目を見開いた。
「どうしてそれを」
「……まあ勘、ってことにしとくわ。あと貴女、結構な魔力の持ち主ね。どうして冒険者を?もっと稼ぎのいい仕事だってあったでしょうに」
「……」
レナード博士が「そこまでにしとき」とジャニスを制した。ジャニスは「そうね、ごめんなさい」と素直に頭を下げる。
「どうにもあんたは人の心に深入りしすぎるな……まあ、気になるのは分かるけどな。
とにかく、ラスカも俺と同じで、転生者を何とかしたいと思ってるんや。で、切り札として『マナキャンセラー』を開発しとるっちゃね」
「すみません、私よく分からないんですけど……それって何ですか?」
ミミが手を挙げると、博士はニヤリと笑う。
「要は自分に関与する一切の魔力的エネルギーを遮断する、というものたい。厳密には、自分の周囲に魔力を無力化する『場』のようなものを魔石のエネルギーを使って作り出す。
恩寵も魔法の一種というのは分かってきちょる。というか、大体の恩寵はかつてあった古代魔法の延長線上にあるものたい」
「……???」
ミミの頭の上に?が大量に浮かんでいるのが俺にも分かる。というか、恩寵は魔法だったのか。それは全然知らなかった。
ただ、そうなると一つ疑問が出てくる。俺は口を開いた。
「つまり、そいつを使えば転生者の恩寵は全て無効にできる。ただ、こっちも魔法を使えなくなる。そういうことか」
「そうたい。だからそこからは物理の勝負っちゃ。ただ肉体強化系魔法を使ってくる場合はちと難儀っちゃね。『場』の有効範囲に入れば肉体強化は打ち消せるけど、今んとこそれは薄皮みたいなもんなんよ。とりあえずこれを半径5メド程度まで広げなしゃあない」
「だから『開発途上』、そういうことなのか」
「そうたい。なかなか察しがいいっちゃね、ハンスからは義体に入った転生者と聞いとるけど、名前は?」
「ユウだ。こっちじゃそう名乗ってる」
うんうん、と博士が頷いてハンスを見た。
「あんたの後継者候補、ってとこか?」
「ご冗談を。『祓い手』としての資質があったので、猫の手も借りたいという程度ですよ」
「本気でそう思っとるか?」
「……何が言いたいんです」
「いや。これ以上はここで言うことじゃなか」
ハンスが渋い顔になった。何が言いたいのだろう。
博士が懐から腕輪のようなものを取り出した。
「これが試作のマナキャンセラーっちゃ。稼働時間は30分。『場』の半径は2メドたい。
効力を大きく落とす代わりに稼働時間と半径を強化した大型のは完成しとるんやけどな。小型化と長寿命化はまだまだと言ったところっちゃ。
それと、恩寵だけを無効化するのはまだできとらん。ジャニス嬢のように恩寵だけを無効化する方法が分かればええんやけどな」
「そこよね。それはまだかかりそう?」
「そうっちゃね。それに、ここの探査需要を満たすことも重要なんよ。マナキャンセラーは魔力による人体への干渉を全て遮断する。それは瘴気も例外じゃなか。
探査が進んで魔石の採掘量が増えれば、それだけマナキャンセラーの開発速度も上がる。そこは納得して貰いたいとこやね」
「それはもちろん。で、これ貰っていいの?」
「使うと魔石の取り換えが必要になるけん、実質使い切りやな。それにあんたらは何やかんやでその戦力を魔法に依存しとるから、あんま意味ないと思うけどそれでもええなら渡しとくで」
ジャニスが腕輪を手に取った。紫色の宝石のようなものが付いている。これが魔石か。
「ありがと。とりあえず、お腹空いたわ。さっきまでその子が何か作ってたけど」
「はい。『ロサク鍋』の食材は大体切り終わりましたから、後は鍋に入れて煮るだけです」
「『ロサク鍋』……聞いたことないわね」
その時、サイレンのようなものが外から響いた。博士とラスカの表情が厳しくなる。
「……またか」
「何ですか、あれは」
「『ジェノサイバー』っちゃ」
「『ジェノサイバー』?」
「そうっちゃ。数カ月前から居住区域近くに来る魔物や。瘴気をまき散らしながら来るから、傍迷惑なんや。ここは瘴気の影響が薄いけど、しばらく外に出ん方がええよ」
窓の外を見ると、空気が紫がかっていた。……何か、嫌な予感がする。




