3-15
ジャニスは真っ先にバルコニーへと向かった。そこには、血だまりの中で両手をもがれ倒れている男がいる。……ケルヴィンだ。
近寄ると「……ギリギリね」と呟き、モブリアナを見る。
「彼を治して」
「……え?」
「いいから!!すぐに治さないと死ぬわよこいつ」
訝しげな表情を浮かべつつ、彼女は金色の光を浴びせる。切り離されて転がっている腕がケルヴィンへと引き寄せられ、土気色だった顔には生気が戻ってきた。
「はっ!?」
ほぼ意識を失っていたケルヴィンが、いきなり目を見開いて立とうとする。そこにジャニスがロッドで制した。
「貴方、ちょっとこっちに来て下さらないかしら」
「な……!!?というか、なぜダリルたちまで一緒に……」
「彼らの処遇は後。まずは、クリブマン選王の禅譲といこうかしら」
「ば……馬鹿を言ってるんじゃね……」
ペチ、とジャニスがロッドをケルヴィンの頰に当てた。
「貴方馬鹿なの?何故民衆がここに攻め込んできたと思って?この国はいつ破綻してもおかしくない、一種の爆弾だった。それが破裂した今、貴方による統治はもはや成立し得ない。
さりとて反乱の成立はキャルバーン全体にも波及しかねない。というわけで、『平和裏に』禅譲したという建て付けでやるわけ。ということでいいのよね、ハンス」
「ええ。セルフォニアの再現、というのはあってはならぬことですからな」
ハンスは静かに笑っている。そう言えば、ここに入るまでにジャニスと何か話していたが、打ち合わせ済みだったのか。
ケルヴィンは「ぜ、禅譲なんてするわけがねえだろ!」と震えている。それに対し、ジャニスが「はあ」と溜め息をついた。
「残念。もう貴方の味方は誰もいないの。貴方の妃も、取り巻きの臣下で生き残ったのも、全部私が買収したわ。……ったく、せっかくの対セルフォニアのための軍資金が減っちゃったわよ」
「まあいいでしょう。その代償は、この男の蓄えの国庫から貰えばよいだけのこと。まあ、差し当たり……2億オードあればよいですかな」
「に……2億オード!!!?」
ケルヴィンの顔面が蒼白になった。ジャニスが愉快そうに笑う。
「貴方の私的な金庫番も買収済み。で、もう金塊やら運び出す準備はできているわ」
俺は唖然としてこの会話を聞いていた。もちろん、買収などする余裕なんて一切なかったはずだ。つまり、これらの言葉は全て……ブラフ。
ハンスに視線を送ると、「フフフ」と意味ありげに笑っている。黙っておけ、ということなのか。
崩れ落ちるケルヴィンを嘲笑いながら、ジャニスがドノムに声を掛けた。
「で、禅譲されるのは貴方。やってくれないかしら」
「……せ、拙者でござるか!!?」
「適任でしょう?国の英雄、しかもセルフォニアからの侵攻と殺戮を食い止め、真の首謀者を『殺した』。それはあの場にいる全員が見てるわ。
何より、人と龍族の和平と交流。それは、古龍を娶った貴方にしかできない」
「し、しかし……」
ハンスがいつの間にか「移動電信機」を持っている。そこから、聞き覚えのある渋い男の声が聞こえた。
「僕もいいと思うけどね。ああ、僕はレヴリア皇太子、フリード・デュ・レヴリアだ。今までのやりとり、聞かせて貰ったよ」
「フリード……皇太子!!?」
「そう。クリブマンのケルヴィン陛下の御乱心は僕も聞き及んでいてね。まあ、何か起きるんじゃないかとは踏んでた。
で、さっきハンスから一報もらってね。レヴリアが新体制の再建に手を貸すことになったというわけさ。
元からケルヴィン陛下はキャルバーンでは不穏分子と見なされてたからねえ。禅譲後の事前承認もすんなり行きそうだよ。何より、異種族の虐殺など、看過できない行いも少なくなかったようだし」
ケルヴィンがガタガタと震えている。そうか、さっきのブラフはただのブラフじゃなかったのか。既にある程度見通しがついたことだったわけだ。
その手際の良さに、俺は正直舌を巻いた。広場からここに来るまで、10分もなかったはずなのに。
ハンスがドノムの肩にポン、と手を置いた。
「まあ、すぐに返事とはいいません。少し考えておいてくれますかな」
「で、ですが……ダリルたちは、どうするでござるか。やはり、浄化するのには変わらぬのでござるか」
「それは、無論」
そう言うと、ハンスは俺とミミに対し、薄く笑った。
「貴方たちの言葉は、ある意味正しい。ですが、彼らが秩序を乱したのもまた事実です。故に償いをして貰わねばならない」
「……どうしても、やるのかよ」
「ええ。ただ、貴方たちは一つ、思い違いをしている。全ての転生者が、そのまま消えてしまうわけではないのですよ。何故、貴方たちはこうやって生きていて、他の転生者はそのまま別の命へと再度転生させられているのか?」
「……それは……俺の場合は、『祓い手』としての才能があったから、だよな」
「然り。まあ、一応意図せざるモノとはいえ善行を為した、というのもおまけでついてましたがね。
ミミについてはジャニスの嘆願も大きかったですが、セルフォニアの破壊工作を結果的に防いだというのもあったようですな。ともあれ、生かされるべくして生かされている。
彼らへの処遇がどうなるかは不明です。ただ、ダミアン・リカードによる殺戮を2人で防いでいることからして、情状酌量の余地あり、と認められる可能性はありますな」
ダリルが「本当なのか!!」と叫んだ。それにハンスは、ニヤリと笑いかける。
「償い、と言ったでしょう?貴方もその娘も、国家に対する反逆という大罪を犯している。しかも、何人か殺してもいる。多くの無辜の市民を救ったのは事実ですが、罪は罪です。特別な理由なくして、再受肉など許されない」
そう言うと、ハンスはダリルの方に向かい軽く耳打ちした。「……な!!?」と彼は顔面蒼白になっている。
「これを受けねば、貴方は彼女といることはできない。……どうです?」
「……久美はどうなるんだ」
「無論、条件は同じです。まあ、彼女はしばらく義体で過ごして貰うことになりますがね」
「……少し、相談させてくれ」
ダリルとモブリアナが部屋を出た。俺はハンスを見上げる。
「あんた、何を考えてる」
「まあ、すぐに分かることです。貴方がさっき私の邪魔をしなければ、もう少し手早く確実だったのですけどね。
それと、さっき貴方に告げた忠告は本心ですよ。転生者に情けはかけない、必要以上に知ろうともしない。そうでなければ、合理的かつ非情な判断など取れないですから」
「……は?」
すぐに2人は戻ってきた。険しいが、覚悟が決まったようなそんな表情だ。
「俺たちに、選択の余地はない……そういうことだろ」
「ええ。貴方たちには、この世界の秩序のために動いて貰います。貴方たちも、騙されたままでは我慢ならないでしょう?」
モブリアナが首を縦に振った。
「ええ。どうすればいいの」
「沙汰はそのうち下ります。それまでは、しばらく新しい身体に慣れておくことですね」
その言葉を聞いて、俺はようやくハンスが何を狙っているのかを理解した。
……そうか。だから、ジャニスはああいう行動を取ったのか。全ての疑問が一つに結ばれる気がした。
そして、これがダリルたちへの救済などではないというのも把握した。下手に「消して」やるより、これは遥かに残酷なことだ。
俺はハンスに向けて、口を開く。
「……スパイにするのか」
ハンスは実に満足そうに、笑みを深めた。
「分かればよろしい」




