3-14
王宮前広場はまだ騒然としていた。魔法か何かで空を飛んだジャニスが、「人手が足りないから誰か来て!」と屋根の辺りで叫んでいる。
「誰かって……私は飛べませんよ」と渋い顔をするハンスに、あのモブリアナという女が視線を向けた。
「ここは、私が行くわ」
金色に一瞬光り輝いたかと思うと、モブリアナは金の龍になって羽ばたく。そして、その背にジャニスとダミアンを乗せて戻ってきた。
ダミアンは傷一つない。ドノムがあの剛弓で上半身を吹き飛ばしたんじゃなかったのか。
ドノムも怪訝に思ったらしく、ジャニスに訊いた。
「……ジャニス殿、これはどういうことでござるか」
「こいつの恩寵よ。そうよね、ハンス」
ハンスが頷く。場数を踏んでいるだけあって、こいつの状況把握は本当に早い。
「断片的な情報からですが、恐らくこの男は『複数の命』を持ち、一度死んでも即座に完全な状態で復活できるのでしょうな。ただ、ジャニスが吸魂魔法を使ったので、この男に魂はもはやありませぬ。ただの抜け殻です」
「抜け殻……なぜ、殺さぬのですか」
「殺しは私たちの主義じゃないの。転生者を殺す『討伐』でも、基本はこうしてる。こいつはもう魂が完全に融合しちゃってて、この身体の持ち主――ダミアン・リカードが元に戻ることは永久にない。それでも、命を無碍にするのは――あまり趣味じゃない」
「では、この身体はどうなるのでござるか」
「魂を失った身体は、ゆっくりと朽ちるわ。ただ、朽ちるまでの時間を引き延ばすことはできる。その間に、代わりにこの身体に入ってもらう魂を探すことになるわね」
……それは、まさか。俺は思わず声を上げた。
「俺みたいな転生者を、人間に戻すってこういうことか!!」
「そういうこと。ただ、ユウは多分無理よ」
「……は??」
「朽ちるまでの時間を引き延ばすにしても限界はある。あと、行政的手続きの手間も要る。ユウもミミも登録されているのはレヴリアだから、許可取って戻ってきた時はもうこの身体は完全に『死ぬ』わね。
あと、この手の決定をするのはキャルバーンの教会だから、これに入るとすればキャルバーンにいて義体に封じられてる転生者が優先ね」
俺は落胆した。やっとこのテディベアの身体から解放されると思ったのに。やはりそんなに話は甘くないか。
じゃあ、なぜジャニスはわざわざこんなことをしたのだろう。そもそも、俺やミミのように浄化されずにこうやってかりそめの身体に封じられている転生者は、ほとんどいないはずだ。キャルバーンにも、少数だがいるというのだろうか。
ジャニスとハンスの視線が交錯した。ハンスは何かを察したのか「そういうことですか」と苦笑する。
「それは建前、ですね」
「まあ貴方は理解すると思ったわ。せっかく得た貴重な機会、逃すはずないでしょ」
「それは同感ですね。ただ、どこまで情報が得られるか……そこはキャルバーンのイーリス教会次第でしょうか。
っとこの話は後にしましょう。ようやく邪魔者はいなくなったわけですし」
ハンスが懐から革手袋を取り出し、右手にはめた。俺を浄化した時にも使った、強力な催眠薬入りグローブだ。
そして奴は、ダリルの方を向く。……浄化するつもりなのだ。
「待てよ」
ダリルとの間に割って入った俺に、ハンスは冷たい視線を向ける。
「邪魔です、どきなさい」
「別に止めるつもりはねえよ。だがな、こいつのおかげでそのダミアンというのを何とかできたんじゃねえのか?礼の一つぐらい言ったらどうだ」
「転生者を浄化するのが、我々祓い手の役目。それが優先です。過度に転生者に思い入れをしてはならない。手心も加えてはならない。そう言ったはずですよ?
貴方も転生者だから、気持ちは分かります。しかし、それが掟なのです」
「だとしてもだっ!!俺たちは祓い手である前に人間だろ??最低限、礼ぐらいはしたらどうだっ!!?
それにな、こいつらは多分……転生前からの知り合い、あるいは恋人同士だ。違うか」
振り向くと、ダリルが小さく首を振る。モブリアナも再び人間の姿に戻ると、彼の元に駆け寄ってきた。
「そうだ。……どうしてそれを」
「あんた、その子のことを下の名前で呼んでただろ。前々からの知り合いってのはピンと来たよ。……死んだのも同時だな」
「……そうだ。バイクの事故だった。……トラックが対向車線からはみ出して……どうしようもなかった」
ダリルが唇を噛んで俯く。
いつの間にか俺の隣に来ていたミミが、「かわいそう……」と呟いた。多分、ここにいる人間のうちダリルの話す内容を理解できているのは、俺とミミだけだろう。
「やめなさい」
強い口調でハンスが言った。俺は奴を睨む。
「何でだよ!!」
「転生者の過去は聞かない。それが我々『祓い手』の定めです。彼らに何があったかは、その処分を決定する『読み手』だけが知ればいいこと」
「何で聞いちゃいけねえんだよ!!こいつらにはこいつらの……」
ハンスの眼鏡の奥にある鋭い視線から、俺はその理由を悟った。
そうだ。事情を知ったら、転生者に同情してしまう。それではダメなんだ。
浄化した後、多くの場合はその自我を消された上で別の生命へと転生させられるという。それは言い方は悪いが、ほとんどそいつを殺すようなものだ。
何より、俺もまた転生者だ。事情を聞いたら、同情して手が鈍る可能性が高くなる。まして、俺はこの2人の関係を知ってしまった。ここで浄化することは……せっかく再開できたダリルとモブリアナを、再び……そして恐らくは永久に引き裂くことに他ならない。
俺は肩を落とした。目に熱い物が溢れるのが、自分でも分かる。
「……できねえよ……俺には、そんなことできねえ……」
「ならば、『祓い手』となることをやめるのですな。その代わり、貴方が人間に戻るのは、ずっと先になる」
その時、広場にミミの声が響いた。
「やめてください!!!」
ミミも涙を流している。
「ユウ君の言う通りですっ!!そもそも、どうして私たち転生者は、この世界から拒絶されなきゃいけないんですかっ!!!」
ジャニスがミミの頭にポンと手を置いた。
「……それはもっともな質問ね。貴女にもユウにも、その点はちゃんと説明してなかった。
転生者は禍や災厄を起こしやすいわ。今回の騒動だって、ダミアンの扇動によってダリルとモブリアナが引き起こしたもの。その最悪の帰結が、10年前の『セルフォニアの大乱』なの」
「それは聞きました!!でも、それだけでこんな仕打ちは酷いじゃないですかっ!!?」
「……そうね。一度、貴女たちもあそこに行った方がいいかもしれない」
ジャニスの言葉に、ハンスの顔色が変わった。
「……まさか、『エネフの大穴』へ??」
「流石に近付けないから、その近くまでね。転生者がこの世界を滅ぼしかけ、しかも今でもその影響が残り続けているという事実は、一度目の当たりにした方がいいわ」
「それはその通り……かもしれませんな。それはそれとして、ダリルとモブリアナの浄化はどうしましょう。今この場で、というのも少々目立ちますが」
「……そうね。少し場所を変えましょう。それと、モブリアナ……いや、『クミ』さんと言うべきかしら。少しダミアンの身体を『修復』してほしいの」
急に話を振られたモブリアナが「えっ」と声を上げた。
「どういうこと?それで彼が復活なんてしたら……」
「それは大丈夫。魂はもう大気に帰したから、決して戻ることはない。ただ、彼の内臓とかは多分、相当に中途半端な状態だと思う。これじゃ朽ちるより前に、普通に身体が死ぬわ」
「……それは何のために」
「そこまで貴女に言うつもりはないわ。私には私なりの目的と理由がある。それだけ」
モブリアナが黄金の光をダミアンの身体に当てた。見た目上は何も変わっていないが、とりあえずあれでいいようだ。
「終わったわ」
「ありがとう。じゃあ私たちは一度王宮に入りましょう。この一件の始末と、これからのことについて話さないといけない」




