3-13
「クリヴァ!!アムト!!キャニング!!!」
モブリアナは叫ぶと、3体の龍へとあの光を注いだ。しかし、ピクリともそれらは動かない。
ダミアンが愉快そうにそれを嘲笑った。
「無駄だよ。君の恩寵――『完璧なる修復者』は肉体の傷しか癒やせない。吸魂魔法で吸われた魂は戻せないんだよ」
「彼らに罪はない!!!私たちに共感してついてきただけなのに!!!」
龍の大粒の涙が広場に落ちた。ダミアンはそれを見てさらに哄笑する。
「所詮は小娘だねえ!!ちょっと餌を見せたら深く考えずに飛びつく。利用されていることにも気付かないとは!!」
「うるさいっっっ!!!」
モブリアナは胸の宝玉を引き剝がし、またさっきの少女の姿に戻った。そして、宝玉をダミアンへと向ける。
「あんただけは……あんただけは許さないっっっ!!!」
「思慮の浅い女は嫌いだな」
ダミアンがロッドで彼女を指す。猛烈に、嫌な予感がした。
その時、ユウが群衆の中をすり抜け、モブリアナの前に立ちはだかった。
「逃げろっ!!!」
一瞬、ユウの顔が苦痛で歪んだ。ユウは大きく跳躍すると、今度はダリルを庇うように立ちはだかる。
ダミアンが「ちっ」と舌打ちをした。モブリアナは困惑したようにユウを見る。
「な……あなた、何をっ」
「あいつは見えない手みたいなもんで、あんたの魂を引きずり出そうとしたんだよっ!!これから何をしようとしてたかは知らねえけどな、あんたは怪我人の治療に回れっっ!!あの龍の下敷きになってるのも、何人もいるだろうがっっ!!」
「……分かったっ」
モブリアナが宝玉を砕くと、3体の龍は瞬時に光の粒となって消えた。そして、彼らに潰され虫の息になっていた十数人に、彼女はあの金色の光を浴びせる。
私とジャニスも群衆から抜け出した。ユウが機転を利かせる中、私たちも傍観者で居続けることなどできない。
ジャニスがロッドを抜いた。顔には緊張の色が見える。
「……まさか、貴方が転生者に憑依されていたなんてね……『天才』ダミアン・リカード」
「やはり僕のことを――いや、僕の受肉体のことは知ってたか。『赤き魔女』、ジャニス・ワイズマン」
「そりゃね……こうやって会うのは初めてね。セルフォニア始まって以来の天才『祓い手』が、まさか転生者に憑依されていたなんて知りたくもなかったわ」
「知っていたのですか」と問うと、ジャニスは無言で同意した。
「私の5歳年下に、とんでもない才能の子供がいるとは聞いてた。触れずして、しかも複数人に対して『吸魂』を実行できるって話を聞いた時は、正直嫉妬したものよ」
「『彼』にとってもあんたは目標であったみたいだけどね。他系統の魔法も幅広く使いこなせるあんたには総合力で敵わないと思っていた。
まあ、僕が憑依した今、力の差は絶望的に開いているはずだけどねっ!」
ダミアンがロッドを横薙ぎに振る。ジャニスは魔法の防壁を瞬時に張るが、それでも5メートルほど吹っ飛ばされた。
「ジャニスっっ!!」
「私は大丈夫……ハンスは、あいつをっ!!」
「分かりましたっ」
私は手元にあった小石を拾うと、「10倍速」で奴に投げつける。それは肩口に当たると、奴は大きく後方へと吹っ飛んだ。
やったか!?
次の瞬間……肩から胸にかけて大きな穴を空けたダミアンが、不愉快極まりないと言わんばかりに表情を歪めて起き上がってきた。
「……今日で、2回目、か……。もう『残機』が2つしかないって、ねえ……この5年で残機が減ったのは、3回しかないんだが」
息絶えようとしているはずのダミアンの身体が、一瞬紫色に光った。その次の瞬間、私は自分の目を疑った。
「……完全に、治っている???」
ダミアンの身体に空いた、恐らくは心臓まで届いているはずの穴は、完全に塞がっていた。そんな、馬鹿な!?
モブリアナの方を見た。彼女は龍の下敷きになった人々のケアと避難に動いている。彼女が恩寵を発動したわけではない。とすると、これはダミアンの恩寵かっ。
怒りを顕わにしたダミアンが、さらに上空へと上昇する。これでは、石は届かない。
「まだるっこしいのはもう、抜きだ。初めから、こうすりゃ良かったんだよ」
奴はロッドの先に魔力を集めている。それは徐々に大きくなっていく。野球の硬式球程度からバレーボール大へ、そしてバスケットボール程度へ……気が付けば、直径1メートルほどの大きさへとなっていた。
まずいっ!あいつは手の届かない場所から、この辺り一帯を消し飛ばす程度の魔力球を放つつもりだ!!
私の恩寵では、あの位置には届かない。「切り札」の射程距離からも外れている。ジャニスはようやく体勢を立て直したばかりだ。
ミミに視線を向けたが、震えているだけでまだ動きはない。彼女の恩寵は、「自分に悪意が向けられていない」と発動しないのだ。
どうする……猶予時間はほぼない。
3年ぶりに本格的な焦りを感じた、その時だ。
「俺たちがやる」
ダリルと、いつの間にか腕が元通りになったドノムが横に立っている。ドノムは兵士が落としたらしい小弓を右手に持っていた。
「貴方たち……何を」
「俺の恩寵は、まだあいつに見せてない。というか、ずっと隠してきた。いざという時、久美を護るために。今こそ使う時だ」
ドノムが小さく頷く。
「極簡単だが、説明は受けたでござる。今はこの転生者を信用するしかござらぬ」
ダミアンの魔力球は直径が3メートルほどの巨大な物に膨れ上がっていた。微かに見えた奴の顔がニヤリと歪む。
「終わりだ」
赤と黄色の混じったそれが、広場に向かって放たれる!!
その時、ダリルが一歩だけ前に出た。
「『拒絶する壁』」
広場の上方5メートルほどの高さに、薄青色の魔力の壁が張られたのが分かった。魔力球はそれに当たると、一気に霧消する。
勝ち誇っていたダミアンの表情が、一瞬だけ驚きで固まる。それと同時に、ドノムが弓を引き絞った。
「失せるでござる、この逆賊っっっ!!!」
私は咄嗟の判断で、「10倍速」で彼に触れた。
彼の弓の腕がどれだけかは知らない。ただ、確実にあの男を始末するには……彼の時間を一瞬だけ「私と同じ」ものにするのが最善と判断した。
矢の時速は約150キロ。それを一瞬だけ10倍へと加速させれば……それはマッハ1超に達する。
パァァァァンンンッッッ!!!!
ソニックブームの破裂音が響き、周囲の窓ガラスが一斉に割れる。そして上空のダミアンは……下半身だけになり、王宮の屋根へと叩き付けられた。
「やったでござる!!!」
快哉をあげるドノムの横を、ジャニスが駆けていった。そう、ここからは彼女の出番だ。
ダミアンは恩寵を使って復活した。「残機」という表現からして、あれは多分複数の命を持って瞬時に復活するという性質のものだろう。
とすれば、復活前にジャニスの「恩寵無効化」の効力圏内に入れてしまえば……!!
ジャニスが空を飛ぶ。「ダミアンだったもの」まであと少しと迫った瞬間、紫色の光が発せられた。
「……ちっ」
ジャニスが僅かに距離を取る。屋根の上には、再び両手両足が揃ったダミアンが立っていた。
「……ギリギリ、だったけど……完全、じゃ、ない、な」
「生き返りは阻止できなかったけど、もうあんたは終わりよ。回復しきらないまま、見た目の形だけは何とか戻した。そんなところね」
ジャニスがロッドを向ける。その時、ダミアンの細い目が見開かれた。
「なっ!!?」
彼女が僅かに距離を取る。ふらふらとダミアンが王宮の屋根の上の方へと向かっていった。
「ジャニスッ!!?」
「大丈夫、吸魂魔法を向けられたけど、抵抗はした。……あいつ、何をしようとしてるの?」
ダミアンは、懐から何かを取り出す。遠くでよく見えないが、太陽の光を受けて輝いているようにも見えた。
「……完全な、失敗だ、よ。びゃ……『白光』の一員として、恥ずべき、結果だ」
「自爆なんてしても無駄よ!!」
「自爆しても、あのダリルが、止める、だろうよ。そもそも、よく分からないが、お前が近くにいると、恩寵が十分、発動、しない……残りの残機も、これっきりだ。しかも、もう、そんなにもたない。
僕が、陛下にできるのは……これを、届けることぐらい、だ」
そう言うと、ダミアンは何かを握り潰した。そして、乾いた笑いを浮かべるのが微かに見えた。
「……転生して、無双して、その結末が、これか……ハハ、惨め、極まりない、な」
ジャニスは一気に距離を詰め、奴の頭に触れる。そして、ダミアン・リカードは……糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。




