3-12
王宮から爆音?これはどういうことだ。真っ先に考えたのは、ミミの暴走だ。
3年前、彼女は誘拐実行犯のグループに対して「ハムラビの定め」を使った。その時の状況はよく分からない。彼女に発動前後の記憶がないからだ。
ただ、彼女が監禁されていた建物にいた全員を「喰らい尽くした」ことだけは間違いない。そして、彼女を中心に膨れ上がりつつあった「黒い殺意と害意の塊」を、ジャニスが近寄ることによって消していった。そうやって何とか被害を最小限に留めたのだった。
王宮を見ると、あの時のように漆黒の何かが膨れ上がっている感じではない。ミミは恩寵を発動していないか、あるいは制御したのか。
あるいはダミアンという男の魔法によるものかもしれない。だとしたらユウとミミが危ないが……
「ふぬうっっっ!!!」
騒然とする広場から、裂帛の気合いが聞こえた。声の主はドノムだ。振り下ろされた剣を、ダリルが辛うじて自らのそれで受け流しているのが見えた。
「ずおっっっ!!!」
すぐさま返す刀でドノムに斬り付ける。ドノムはそれを避けることなく、自ら前に出て自らの肉体で受け止めた。
剣は距離が近すぎるとごく浅い傷しか付けられない。その特性を利用したのだ。もちろん、推定身長2メートル以上の巨漢であるドノムならではの受け方ではある。
鍔迫り合いでドノムはその怪力を利してダリルを吹っ飛ばそうとする。奴はそれを利用し、自ら大きく後方へと跳んだ。
「……卑怯だぞっ、それでも戦士かっ!!」
「その考えこそ軟弱!!ダリルならば王宮に何があろうと、目の前の拙者のみに集中していたはずよっ!!所詮貴様は転生者、ダリルに非ずっ!!」
ドノムは大地を蹴り、猛然とダリルに襲いかかる。ダリルは一種の溜めを作った後、剣を横薙ぎに振った。俺たちに浴びせたあのエネルギー波のようなものがドノムへと飛んでいく。
「正気かっっっ!!!」
ドノムは剣でそれを受ける。腕と腹の辺りから、鮮血が吹き出した。歓声と悲鳴が、観衆と化した市民から沸き起こった。
「あれを受けきるんだな、流石だよ」
ダリルが再び剣を構えドノムへとにじり寄る。ドノムの顔は憤怒で真っ赤だ。
「貴様ああっっっ!!!『剣閃』をここで使えば、民に被害が出ることを考えなかったかあっっっ!!!」
「そういうあんただから、避けずに受けると思ったよ。それに、もし避けたら久美が治す。俺だって、無駄な血は流したくない」
状況は劣勢だ。ドノムとダリルの力量は僅かにドノムが上に見えるが、ある程度周囲を気にしなくていいダリルと、観衆に気をつけながら戦わなければいけないドノムとではそもそも取れる手が違う。
さらに、ダリルは僅かなダメージを受けても、すぐにモブリアナがドノムに気付かれないよう回復してしまう。浅いとは言え複数の傷を負い、出血しているドノムと体力に差ができてしまうのは必然だ。
私はモブリアナの方を見る。視線は2人の戦いに注がれているが……問題は上の3体の龍だ。絶えず彼女に注意を払っている。もし彼女に何かがあれば、あれらは遠慮なく広場の市民ごと私たちを攻撃するだろう。
思えば、さっきの轟音で彼女と龍たちの意識が王宮に一瞬向けられたあの時が好機だった。ミミの暴走という可能性が頭をよぎったとはいえ、私はあの時に動くべきだったのだ。
とにかく、このままではドノムは負ける。そうなれば、依頼の遂行はかなり困難になる。それを避けるには……モブリアナと龍の注意を引き寄せる、陽動が必要だ。
「私が動こうか」
ジャニスが小声で耳打ちした。私は首を振る。
「ダリルの恩寵が分かりませぬ。お嬢様は私と一緒に動き、恩寵を無力化せねばなりません。確実に仕留めねば」
「でもこのままじゃじり貧よ!?そもそも、あの龍たちをどうにかしなきゃ……」
「少し待って下さい、策を講じます」
と言ってはみたが、上手い策など簡単には出てこない。救いはまだモブリアナが私たちに気付いていないことだ。
「切り札」は被害が確実に出るので論外としても、私の通常の加速限界である「20倍速」も厳しい。持続時間がわずか3秒の上にこれも周囲にそれなりの被害が出かねないからだ。
時速400キロで動く私の身体がわずかでも群衆の誰かに触れれば、それはほぼ致命傷になりかねない。この群衆の中では、5倍速でも安全ではない。
どうする?意識を逸らすだけなら、近くにある小石か何かを「20倍速」で王宮に向けて投げればいい。時速2000キロ以上の小石は、ちょっとしたロケット弾程度の威力にはなる。
ただ、もしコントロールが外れると、これも被害が広範に及んでしまう。しかも、投げた後どうするかという問題は依然残る。恩寵の再発動には、1~2分の時間が必要だ。
だが、選択肢は限られている。……賭けに出るしかないか?
ジャニスに口を開きかけたその時、王宮から2人の小さな人影が駆けてくるのが見えた。
ユウとミミだ。
激しい剣戟の音に群衆とモブリアナの注意が向いている中、彼らは息を切らしながら私たちの元に辿り着いた。
「ミミ!無事だったのね」
「は、はいっ……ユウ君の、おかげです」
ユウが首を振った。
「俺は何もしてねえよ。ただ逃げてただけだ。王宮にいたダミアンとかいうセルフォニアの転生者は、ミミが殺したよ」
「……!!?セルフォニアの転生者っ!!?」
「ああ。クーデターの黒幕は奴だった。あいつらは煽りに乗せられただけだ」
私にも衝撃が走った。セルフォニアが一枚噛んでいたのかっ!!
もしそうだとしたら、色々辻褄が合う。セルフォニアとしては、キャルバーンに自分たちの傀儡政権を打ち立てるつもりだった。転生したてで、しかも強大な力を持つ龍に転生した「モブリアナ」――あのダリルは「久美」と呼んでいたが――彼女は、うってつけの存在だったわけだ。
どうやって奴らが転生者の場所を把握したのかは分からない。ただ、レヴリアやカルディアと違い、海路で入国しやすいキャルバーンやパルフォールは、セルフォニアにとっては比較的関与しやすい国家だ。そこを突いてきたというわけか!
……とすると、今のこの状況は悪くはない。ダリルとモブリアナ……いや、その中にいる転生者は、恐らく前世からの縁浅からぬ人物だ。多分恋人同士だろう。
普通の人間が、多数の犠牲を伴いかねないクーデターに関与するとは考えにくい。理由はあれ、後ろ盾がなければ動かなかったはずだ。
私はジャニスに「ここは私に」と告げると一歩前に出た。
「その戦い、そこまでっ!!!」
広場が一瞬静まりかえる。ドノムを見ると、右腕を肘の辺りから切り落とされていた。敗北寸前のドノムが、怒りを隠さず叫ぶ。
「ハンス殿、邪魔されるなっっ!!!」
「違うっ!!ダリル、それにモブリアナっっ!!お前たちが頼みとしていたセルフォニアの転生者、ダミアンは死んだっっ!!!」
ドノムにとどめを刺そうとしていたダリルの動きが止まる。
「……は??」
「これ以上は無駄だ、と言っている!反乱を成功させたところで、支援など期待でき……」
その時、上空に人の気配がした。黒い法衣に身を包んだ、目の細い男。あれは……!?
「噓、だろ」
ユウが絶句している。その態度から、私は彼が誰かを悟った。
上空の男は忌々しげに広場にいる私たちを見下ろし、吐き捨てるように告げる。
「まさか、僕が恩寵を発動するはめになるとはね……不快極まりないよ。プランAは失敗だが、最低限仕事は果たさせてもらう」
男に3体の龍が口を開き攻撃しようとする。その刹那、それらは意識を失ったかのように地面へと墜落した。
「きゃあああああっっっ!!!」
広場が大混乱に陥る。その男――ダミアンはロッドを抜き、広場にそれを向けた。
「とりあえず、プランBだ。この場にいる全員を殲滅し、クリブマンを無力化してから本国に戻らせてもらう」




