3-10
龍の口が開く。次の瞬間、業火が私たちに浴びせかけられた。
「『水鏡の盾』っ!!!」
ジャニスがさっきまで詠唱していた魔法を展開する。炎はその場で弾かれ、目の前のダリルと龍を焼いた。
「ぐうっっっ!!?」
よろよろと龍が後ろへ下がる。ダリルもかなり激しい火傷を負ったらしく、肌のそこかしこが黒ずんでいる。そして力尽きたようにその背に倒れ込んだ。
「『竜司』っ!!」
「モブリアナ」が叫ぶと、彼女の周りが再び激しく光った。直視できないほどの光が辺りを包んだ後、その背に立っていたのは……元のように傷一つないダリルだった。
「ありがとう、久美。……あれも、魔法の一種か」
「多分。ジャニス・ワイズマンは当代最強の魔法使いの一人って聞いてる。彼女が私たちの知らない魔法を使えるなら、やり合わない方がいいわ」
「確かに。彼らは後回しだ」
そう言うと、ダリルと龍は王宮から少し離れた。この距離では、私にはどうしようもできない。
ジャニスが歯ぎしりをしてダリルと龍を睨む。
「手加減して『全反射』にしなかったのが失敗だったか……にしても、2人とも転生者だなんて」
「あの光が、彼らのどちらかの……多分龍の方の恩寵ですな。にしても、龍に転生し、なおかつ人に自在に変化できるとは……」
ミカのように、龍から人間になることが可能だという話は聞いていた。だが、それは一方通行の変化のはずだ。あれは別のメカニズムなのか?
ただ、それに考えを巡らせるのは後だ。今はあいつらをどう止めるかを考えねばならない。
黄金龍モブリアナが王宮前広場の上空で羽ばたき、動きを止めた。再び、ダリルが市民に向かって呼びかける。
「市民諸君っ!!暴虐たる選王、ケルヴィンは斃れようとしているっ!!!今こそ王と王に与する者を除き、君たちの信じる王を掲げるべき時だっっ!!!」
ダリルが剣を天に掲げると、市民と兵士の一部が「うおおおおっっ!!」という気魄と共に王宮へ向けて駆け出した。
「ハンス、どうするのよこれっ!!」
ジャニスが焦りを隠さず叫ぶ。眼下には、市民と近衛兵との間で激しい戦闘が始まっているのが見えた。
数の上ではやや優勢だが、素手が多い市民は近衛兵に次々と斬られていく。しかし……すぐに彼らは起き上がって攻勢を強めている。これはどういうことだ?
もう一度視線をモブリアナに移す。光が雨のように王宮前広場に降り注いでいるのが見えた。そこで見たのは……にわかには信じがたい光景だった。
兵士が若い男の市民の腕を斬り飛ばす。市民はその場に一度は崩れ落ちた。しかし……「時間が巻き戻されたかのように」腕は元に戻る。
「……これはっ……!?」
市民は斬られても斬られてもすぐに万全の状態で立ち上がり、兵士へと襲いかかる。その異様さに、選王側は恐慌状態に陥りつつあった。均衡が崩れるのは、もはや時間の問題だろう。
上空には、戦況を見守るダリルがいた。このままでは、クーデターは成功するだろう。いや、ケルヴィンが虫の息である今、もう成功したと言ってよいのかもしれない。
私にケルヴィンを支持する道理はない。だが、このままでは……クリブマンが第2のセルフォニアになる可能性が、相当高く見えた。あいつは、何としてでも止めねばならない。
だが、どうやってあそこまで辿り着く?ジャニスは空は飛べるが、2対1ではさすがに分が悪い。私を背負って飛ぶにしても、私の「時を統べる者」の補助があってもなお厳しい。
「どうするのって聞いてるのよっ!!!」
ジャニスが叫んだ。彼女も、有効な手段を見出せずにいる。その怒りと焦りは、嫌なほどよく分かった。
……極めて不本意で、しかも成功する保証はないが……「切り札」を使うしかない、か。
これを使えば、恐らくダリルは死ぬ。モブリアナも多分命を落とすだろう。この状況だと、市民への被害も小さくはないだろう。
だが、「浄化」は失敗しても、転生者をそのまま放置することだけは避けられる。その害悪の方が、遥かに大きい。
……やるしか、ないか。
「ジャニス、ケルヴィン王を連れて屋内に。後は私が何とか……」
その時、辺りに太く重く、そして大きな声が響いた。
「静まれいっっっ!!!!」
声の主は、私たちがいたカフェの辺りに立っていた。ドノムだ。
「皆の者、よく聞けっ!!!選王ケルヴィンは愚かなれども王っっ!!!王を諫め、武なくして善き方向へと導くっっ!!!それが臣たるものの務めではないかっっ!!?」
修羅場と化していた王宮広場が、一瞬静まり返った。ドノムは上空のダリルとモブリアナを見上げて叫ぶ。
「転生者よっっ!!我が弟子にして朋友、ダリル・ハーランドを騙り何故国を獲らんとするかっっ!!!
その行い、かのセルフォニア皇帝、グラン・ジョルダンと何一つ変わらんっっ!!!皆の者、それでもこの者に従うかっっ!!?」
反乱に加わっていた市民が「転生者??」「そんな馬鹿な……」とざわつき始めた。
上空にいたダリルが何かを告げると、黄金の龍は地上に向けて降下する。そして、ダリルは再び大地に立った。
……これは、絶好機だ。これなら、「切り札」を使わずとも彼らのどちらかに手が届く。
私はジャニスの手を引き、「5倍速」で一気に下に向かう。そして、市民の間に紛れ込んだ。
私の意図を察したジャニスが鋭い視線で私を見上げる。
「ハンス、どちらを狙うの」
「恐らく……厄介なのはあの龍の方です。そして、恩寵の正体も摑めました」
「……治癒の能力?にしては、斬られた腕が元通りになったり、対象が幅広かったり、相当異常だけど」
「『巻き戻し』、ですよ」
「『巻き戻し』!?グラン・ジョルダンと同じような……」
私は首を横に振った。
「少し違うと思います。あの光に当たった人間の身体だけが、任意の時間だけ巻き戻るのでしょう。一方で認知は現在のまま。だからこそ、ダリルは『水鏡の盾』による業火の反射からあれほど早く復帰できた。
一度人間になったはずのモブリアナが再び龍になったのも、それで説明が付きます。彼女は恩寵を使って自分の身体の時間を巻き戻したんですよ」
「……じゃあ、彼女を先に浄化しなければ」
「ええ。一向に片が付きません」
向こうでは、ドノムとダリルが剣を構えたまま向かい合っている。
「キャルバーン選王国の流儀にならって……ということだな。ドノム・ミルーザ第1戦士団団長」
「然り。無駄な血を流さず、代表となる戦士の優劣のみが戦の勝敗を決する。それこそが、100年前から綿々と紡がれてきた我が国の歴史にござる。そしてかの『英雄ヒロセ』が目指した国の形に候。
転生者である貴様にも、ダリルの記憶と知識は共有されているはずでござる。それが分からぬわけではあるまい」
「いいだろう。どのみち、あんたはいつか倒さねばならない相手だ」
じりじりと距離が詰まる。私たちも、徐々にモブリアナに近付いた。
ジャニスの「恩寵無効化」の射程圏内にはまだ入っていない。だが、「時の支配者」の再発動は可能だ。
龍の身体に「アマリアの香」がどこまで効くかは分からない。ただ、少なくとも動きをある程度止める効果はあるはずだ。その隙にジャニスが浄化すれば、それで問題はない。
ドノムとダリル、そして私たちとモブリアナの間に張り詰めた空気が流れる。それがまさに切られようとした、その刹那。
ドゴォォォォォンンンッッッッ!!!!!
耳を劈くような轟音が、王宮から響いた。




