3-9
「……まずいな」
ミミを王宮に送り出した後、私たちは近くのカフェにいた。無論、何かあれば突入する覚悟はできている。
だが、どのタイミングで突っ込むべきか。それを私はまだ決めかねていた。
*
最初の連絡の後、私はすぐさま王宮に向かうことを決断した。ユウが王宮に残ることは、完全にリスクでしかない。その時点でミミがユウをいったん連れ出す方針も固めていた。そこまでは、さほど想定から離れていなかった。
誤算は2つ。ダリルの帰還、そしてその後のユウからのワンギリだ。
ダリルが帰還したのは、市民の歓声で分かった。遠くからだが、あの青い鎧の男がそれだとは知れた。顔や腕に、細かい傷が多くある。ドノムも「ダリルで間違いないでござる」と認めた。
問題は、その同行者だ。小柄な金髪の女性。その正体がどうにも分からない。
「あれは誰か、ご存じですか」
「……いや、分かりませぬ。少し、心なしかミカに似ていなくもないでごさるが……」
ドノムの目は人間より良いらしく、30mほど離れたここからでも顔が判別できるらしい。ミカに顔が似ているという言葉に、心がざわついた。
「人間でも龍の味方をするのがいるの?」
「表立ってはおりませぬ。お伽噺には、龍の立場を代弁する『龍の巫女』なる者がいたそうですが……
恐らくは、ミカのように人間になった龍だったのかもしれませぬな」
「だとしたら……まさか、あれは」
ジャニスの表情が一段と険しくなる。あれは一種の捕虜、ということになるのだろうか。
私は思考を巡らせた。人質を以て黄金龍とやらと交渉するのだろうか。
ただ、問題は「ミカに似ている」というドノムの言葉だ。あれがミカの親族……あるいはその妹にして現黄金龍「モブリアナ」だとしたら。そこまで強大な存在があっさり捕まり、大人しくしているだろうか。
前から感じていた不自然さが、さらに強まった。その思いは、ユウからのワンギリで確信に変わった。
「ミミ、すぐに王宮に」
「分かりましたっ!!」
ミミが王宮へと駆け出す。何らかの異常事態が起きている。それも、相当切迫した何かだ。
「ハンス、私たちもっ」
「……まだです。まだ決定的ではない」
「どうしてよっ!?」
叫ぶジャニスに私は首を振る。
「ここで私たちが出て行けば、完全に戦闘になるでしょう。まだ、その時ではない。ミミがユウを連れ戻せるなら、それに越したことはないのです。
それに、もし何か既にユウの身に何か起きていたら……恐らく、ミミは『ハムラビの定め』を発動させるでしょう」
「……それって、つまり」
「ええ。最後の手段です。浄化を諦め、討伐へと切り替える。犠牲は多くなるかもしれませんが、転生者をそのまま取り逃がすことは避けられる」
「貴方……本当にそれでいいわけ?」
ジャニスが、私への憤りを隠さずに言う。私は目を逸らさず、それに返した。
「最後の手段、と言ったはずです。それに、転生者による騒擾をこれ以上起こさせない、それが我々の役目であり使命であり……誓いではなかったのですか」
「無関係の人が死ぬかもしれないのよ」
「ミミも3年前とは違う。怒りを向けるべき相手にのみ、あの力は使えるようになっているはずです。苦しいですが、今はもう少し待つべき時です」
*
そしてそれから数分が経った。まだ、大きな動きはない。
ドノムが「よろしいでござるか」と割って入った。
「拙者が先導する形で、王宮に入ることはできぬでしょうか」
「蟄居中、でしたよね」
「左様。ただ、王宮内に入ることぐらいはできるでござろう。ここよりは、中で何が起きているか把握しやすいでござる」
ジャニスと目が合う。否定する道理はない。
「分かりました、では場所を……」
バサアッッ
何かの羽ばたく音と共に、空が急に曇った。同時に、周囲から一斉に悲鳴が上がる。
「龍だ、それもデカい奴だっっっ!!!」
見上げると、空には3匹の龍がいた。赤と黒、そして青色の鱗の龍だ。体長はざっと3~4メートル。口を王宮に向け、その場にホバリングしている。
ジャニスがロッドを抜いて叫んだ。
「やはりっ!!龍が反撃に来たのね!!」
「いや……様子がおかしい」
「え」
「反撃なら何らかの攻撃をしてくるはずです。だが、あの龍たちは『ここに来てその場に留まっている』だけです。やはり、これは不自然です」
「やはりって……何が言いたいのよ」
私はジャニスに答える代わりに、ドノムに問いかけた。
「あれらは全て『真龍』でいいですね」
「……左様。同時に3体も現れるのは、初めてでござる。しかも、あれは誰かに率いられているような……」
「攻撃もせずに、まるで脅すようにそこにいる。そういうことですね」
冷や汗を流しながらドノムが頷く。そこでようやく私の中で、思考のピースがはまった。
そうだ。私は思い違いをしていたのだ。ダリルは「龍を狩るために」コーバス山に向かっていたのではない。むしろ、逆だったのだ。
ダリルの目的は、龍と手を結びケルヴィンを誅すること。つまり……クーデターだ。
だとしたら……次に起こることは何だ?
その時、王宮のバルコニーに3人の人影が見えた。
「皆の者、よく聞けっっ!!!」
青い鎧の男……ダリルが白のドレス――いや、返り血で紅く染まったドレスを着た少女と共に現れた。その間で苦悶の表情を浮かべているのは、赤の鎧を着た、茶髪の男だ。遠くからだが、その両腕はもがれているように見える。
王宮前広場の市民がさらにざわついた。「ケルヴィン陛下だっ!!」「どうしてダリル様がっ!?」との叫びがあちらこちらから聞こえる。
ダリルが高らかに叫んだ。
「私はクリブマン選王国第2戦士団団長、ダリル・ハーランドだっ!!!そして、私の隣にいるのが、黄金龍モブリアナの化身、クミン!!!
私は、人と龍との長きにわたる諍いを終え、市民諸君に苦難と忍耐を課す愚王ケルヴィンをこれより処刑することを宣言するっっ!!!」
ざわつきは悲鳴と歓声が入り交じったものへと変わった。ケルヴィンの政治が決して善いものではないとは聞いていたが、さすがにこの突然のクーデターに対しての市民の受け取り方は歓迎だけではない。
「クミン」と呼ばれた少女が一歩前に出た。高いがよく響く声で、彼女は演説を始める。
「皆さん、落ち着いてください。私たちは、皆さんに危害を加えるつもりはありません。私たち龍と人とは、100年もの間交わらずに生きてきました。しかし、人も龍も数が増え、これ以上交わらずに生きることは不可能になりつつあります。
その中で大事なのは、互いの淘汰ではありません。共存です。キャルバーン全体にこの流れを広げるため、まずはこのクリブマンから第一歩を踏み出そうではありませんか」
ダリルが首を縦に振り、話を続ける。
「私は、ケルヴィン王にできうる限りの龍を狩れと命じられました。私はその命に強い疑問を持ちながら応じ、そしてその中で彼女に出会った。
彼女は聡明であり、私と何度も話しました。そして、人と龍が交わるべきであるという点において意見の一致を見たのです。
クリブマン、そしてひいてはキャルバーンはこのままでは確実に行き詰まります。人と龍とが別れて生きるには、あまりにこの土地は狭すぎる。ならばどうすべきか!?
私は『反対派』の龍を狩ることで、表向きケルヴィン王に従うことにした。そして今日の日を待っていたのです!!」
どういうことだ。一見、彼らの主張は筋が通っているように思える。だが、ダリルは転生者だ。その転生者が何故、ここまで龍に肩入れする??
そして、このクーデターはダリル単独で起こしたものでは多分ない。黒幕はまだここにはいない。
そう、恐らくユウはそれに気付いたのだ。あのワンギリは、それを伝えるためだった可能性が高い。
ジャニスを見ると、肩を震わせている。
「……転生者風情が、何を偉そうにっ!!!」
「ジャニスッ!!!」
私の制止も聞かず、彼女はカフェを飛び出した。
そうだ。これは……10年前の、あの時の風景によく似ている。
私と彼女の、ほとんど全てを奪った、グラン・ジョルダンによるセルフォニア簒奪。あの時も、あの男はこうやってバルコニーで声を張り上げていた。
ジャニスにとって、ダリルのこの演説は……トラウマを刺激するものでしかない。
「くっ!!」
私は「時を統べる者」を5倍速で使い、空へと飛ぼうとしていたジャニスに追いつく。そしてすかさず彼女を抱えると、加速速度を10倍へと切り替え王宮に突入した。
「ハンスッ!!?」
「話は後です、まずは凶行を止めるっ」
大階段を駆け上がり、バルコニーがあると思われる部屋へと向かう。廊下には、腹部や喉を貫かれた兵士の死骸があちこちに転がっている。ダリル……いや、あの様子からして「クミン」がやったものか。
「10倍速」の制限時間である20秒が過ぎようとした頃、私たちはようやくバルコニーのある王の私室へと辿り着いた。
ドアを開けると、そこには……肘から切り落とされたと思われる腕が2つ。その甲冑の色から、それがケルヴィンのものであると知れた。
「誰だ」
演説を一旦やめ、ダリルとクミンが私たちの方を振り返る。ジャニスの顔が、怒りから驚愕へと変わった。
「……ハンス。彼女も、転生者よ」
「……何ですと??」
ダリルが剣を抜き、こちらに迫る。
「何者だ」
「転生者、ダリル・ハーランドですね」
「……だとしたらどうする」
「貴方を、浄化しに参りました。お覚悟を」
ダリルは無言で剣を一振りする。それが一種の魔法であることに、私は一瞬遅れて気付いた。
「『法力の盾』っっ!!!」
ジャニスがすかさず防御魔法で、剣から放たれた衝撃波のようなものを逸らす。しかし、威力が高すぎて私たちも軽く吹っ飛ばされた。
「ぐっ……!!?」
私の恩寵が再発動できるようになるには、まだ1分近い時間が必要だ。純粋な肉体同士の戦いでは、2人がかりでもやや不利か?
「……あなたたちが、ダミアンの言っていた『祓い手』か。ひょっとして、ジャニスとハンスという二人組か?」
「……だとしたらどうだってのよ」
ロッドを構えながらジャニスが言う。ダリルは剣を構えて静かに答えた。
「不必要に人は傷付けたくない。俺たちを見逃してはくれないか」
「生憎、そうも行かないのよねえっ!!」
ジャニスが高速で詠唱を始める。その時、バルコニーの向こうで何かが激しく光っているのが見えた。
「……そうか。ならば戦うしかないわけだな」
急に外が金色の何かで覆われた。そしてダリルは踵を返すとバルコニーに向かって走り……飛び降りた。
「何っ!!?」
私たちもその後を追う。血にまみれた床に這いつくばっている瀕死のケルヴィン王が、僅かに顔を上げた。
「……何だ……あれは……!!?」
そこにいたのは、黄金の龍の背に乗るダリルだった。さっきまであった傷は全て塞がり、険しい表情でこちらを向いている。
「すまないが、僕と久美を邪魔するなら……皆ここで死んでもらう」




