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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
序章「祓い手と執事」
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序章5


私はカイロウ酒のグラスを飲み干して息をついた。


「お気持ちはよく分かります。しかし、教会の決定には従わねばならない」


ジャニスにとって、全てを奪った転生者は憎悪の対象だ。生まれた時から彼女に付き従ってきた私は、そのことをよく知っている。

だからこそ、私たちは情け容赦なく転生者を狩る。前世がどうだとかは知ったことではない。私たちにとって重要なのはこの世界の安寧であり、皇帝グランを倒すだけに十分な権力と金銭を得ることなのだ。

依頼人に法外とも思える金銭を要求するのも、単にそれが受肉体の「命の値段」であるからだけではない。将来のセルフォニア奪還のためには、十分な準備が要る。そしてその道程はなお遠い。


そう。私にとっても今回の結末は不本意なのだ。だが、教会が定めた規定に基づけば……あの「マルコ」はやり直す資格ありとなっている。


ほとんどの転生者は転生後、何かしらの罪を犯すか、社会に何かしらの悪影響を残す。だから9割以上……いや99%近い確率で、転生者は討伐対象となって殺されるか、さもなければ浄化され「奉納」される。

魂を別の入れ物――「義体」に入れて、新たな受肉対象が現れるのを待つ「保護」処分となることはほとんどない。私たちの10年近いキャリアでも、依頼対象が「保護」となったのはわずか2人だけだ。

「保護」される転生者の条件は、罪を犯さず社会への悪影響も残していないこと。そして、転生後に善行を行っていることだ。今回は、ウオル盗賊団の壊滅がそれに相当すると認定された、らしい。


あの「マルコ」が善意でウオル盗賊団を討ったとは思えない。間違いなく、国境の難所であるナゲード山脈を何の備えもなしに越えようとした結果だ。あの辺りは傭兵を雇って護衛付きで越えねばならない。今回の結果は、ただの偶然だろう。

シャロットの酒場でも、肝心の被害者がどこかに消えているので立証できなかったが、ならず者に重傷を負わせたと聞いた。ジャニスに対し躊躇わず刃を振るった辺り、間違いなくあの男は善人ではない。「生」に対する執着の強さと度胸は買うが、人生をやり直させるに足る男とは思えなかった。


それでも杓子定規に規定を当てはめたイーリス教会は、「奉納」ではなく「保護」という結論を下した。私たちの後ろ盾であるイーリス教会に歯向かうことは、将来の対セルフォニアを考えれば……できることではない。


ジャニスは何かを言いたげに、私を睨んだ。歯を食いしばり、拳を固く握っている。10秒ほどそうした後、吐き捨てるように「リーシャさん、オーパス酒をお願い」と告げた。


「オーパス酒?またお高いのを……」


「いいから!飲まなきゃやってられないわよこんなの」


厨房の向こうから「まーた悪い癖が出よったな」とヒイロの声が聞こえた。

嫌なことがあるとジャニスはとりあえず酒と飯に逃げる。なかなか軍資金が貯まらないのは、彼女の食費がかさみがちなのと無関係ではあるまい。


「てことは何か?ミミちゃんにやっと相棒ができるわけやな。悪いことやないやんか」


長身で痩せ気味の男――ヒイロがポルティエ牛とホロミア茸の煮込みを持ってやって来た。今日は店は貸し切りなので、他の客はいない。

一仕事終えた彼は、妻であるリーシャに「俺にもカイロウ酒くれや」と手を挙げた。この男とは旧知の仲だ。もう8年ぐらい、「祓い手」依頼の仲介をしてもらっている。私たちの内情にも、当然通じていた。


私は鶏とナッツの炒め物を口にした。皿はいつの間にか空になってしまった。一息ついて口を開く。


「ほんの少し話しただけだが、あの男をミミが気に入るとは思えないな。まあ、不始末を犯したらもう一度『浄化』して奉納してしまえばいいだけだが」


「でももう『義体』にいて3年やろ?女の子の受肉先は簡単に見つからんと聞いとるし、ずっと寂しかったんやないか」


ミミは私たちの邸宅で家政婦として働いている少女だ。極めて凶悪な「恩寵」を持つ子だったが、幸いにしてほぼ被害を出すことなく決着できた。前世のあまりの悲惨さもあって、半ば強引に「保護」処分を認めさせた案件でもある。


私は「私もカイロウ酒をもう一つ」とリーシャに告げた。グラスが私たちの前に置かれると、それに軽く口をつける。


「それは否定できないな。にしても、相手は選びたかったが」


「そうよぉ。あの子はほんっと真面目でいい子なんだから。あんな男と一緒に働かせるなんてやりたくないわよ」


据わった目でジャニスが言う。引きこもりがちで社交性にも難がある彼女にとって、ミミは数少ない友人でもある。


「ただ、『保護』対象を管理するのは、『浄化』した祓い手と決まってますからな……不適格と思えば、再浄化すればいいだけのことです」


「すぐにそうなるわよ」


アルコール度数が高いオーパス酒をジャニスは一気に飲み干した。酒が強いのはいいが、飲み方が上品でないのは困ったものだ。私は首を小さく振った。


ポン、とヒイロが手を叩いた。この男がこの仕草をする時、用件は決まっている。


「そういや、依頼来とったで。リーシャ、依頼書を」


「ええ。こちらです」


彼女が書類を私に手渡した。


「……フィラデリア騎士団団長、エル・ピールドか。浄化対象は……不明?」


「せや。本人は心当たりがあるようやったけど、裏が取れてないそうや。見ての通り、フィラデリアの裏ギルド頭領、ハーディ・エムスとの連名やな」


アルコールと香水が入り混じった匂いをさせたジャニスが覗き込んでくる。


「フィラデリア……『欲望都市』ね。ただ、治安の要である騎士団と、博打の取りまとめ役である裏ギルドの連名って変ねぇ……敵同士じゃない」


「そこは持ちつ持たれつのとこもあるんやないか。にしても、浄化対象を不明としている点含めて妙っちゃ妙やね。推測やけど、どうも訳ありやな」


「どういうこと?」


「さあな。ただあのおばはん、相当悩んどったで。かなり親しい人物、あるいは肉親が『憑依』されたと見るのが自然やね」


煮込みを箸で放り込みながらヒイロが言う。元はパルフォールを根城に暴れていた大盗賊団の団長だった彼の意見は、参考になることが多い。いや、厳密には「身体の持ち主が」大盗賊団の団長だったが正しいか。


ヒイロ……前世での名は「ミナカミ・ヒデオ」というらしい。この男は転生者だ。


転生者がそのまま討伐も浄化もされず見過ごされるケースは極めて稀だが、この男は諸事情によってそのまま生きている。もちろん、教会も王室も許可した上でのことだ。

今はこうやって、異世界の料理を振る舞いながら私たちのエージェントとして動いている。最初は蛇蝎のごとく彼を嫌っていたジャニスも、妻のリーシャの取りなしもあり今では心を許しているようだ。


私はカイロウ酒を飲み頷いた。


「分かった、受けよう。明日は『義体』の受け取りもあるから、出発は明後日と伝えてくれ」


「了解。先方にも電話で伝えとくわ。ただ、はよせんと手遅れになるかもしれんから、そのつもりでな」


「無論だよ」


そう、「浄化」できるのには期限がある。転生者が受肉した人物に「憑依」してざっくり1ヶ月経つと、転生者の魂は受肉者の魂を食い尽くしてしまう。

そうなった場合、永久に受肉者の人格は戻ってこない。言ってみれば「死」と同じだ。故に、祓い手には手早い問題解決が求められる。

祓い手は誰もがなれるわけではない。目を見て魂の「色」を判別できるのが条件だ。この世界の人間なら青、転生者なら赤。並外れた魔力を生まれながらにして持つジャニスには、この特殊な魔法を使える才能があった。



そして、彼女だけしか持ち得ない体質がある。それは、彼女の周りにいる転生者の「恩寵」を無効化するというものだ。



これがあるからこそ、私たちはレヴリア最高の「祓い手」たりうる。ヒイロを通した依頼は引きも切らない。それは、この10年で全ての依頼を成功させてきた実績と信頼によるものだ。


私はグラスの中の酒を飲み干した。今回も、セルフォニアのために依頼を完遂する。それが、私とジャニスの使命だ。


……いや、私にとっては少し違うかもしれないな。ジャニスにもヒイロにも気付かれないよう、私は微かに苦笑した。


生まれ育ったセルフォニアの奪還は、もちろん悲願だ。だが、私が転生者を狩るのには、もう一つ理由がある。ジャニスにも明かせない理由だ。



それは……私が生まれながらの転生者――青色の魂を持つ転生者であることと無関係ではない。



私の前世での名は、「半沢秀一」。

28年前のテロで命を落とした、元警察官だ。




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