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「こちらがフリード陛下の親書になります。王宮に着きましたら、こちらを押してください」
クリブマンの駅に着くと、ハンスが封書と小型の金属板を渡してきた。金属板には数字とボタンがある。
「これ、携帯か?」
「移動電信機ですな。10数年前に転生者の知識に着想を得て開発されたものです。極めて希少かつ高価なので、決してなくさぬよう」
「これを押すと、誰につながるんだ」
「私の電信機につながります。それを受けて私から陛下に一報を差し上げます。それから陛下がケルヴィン選王陛下に連絡を取るという算段です。
親書には陛下の花押がないですからな。怪しまれぬようにするには、これが最善なのですよ」
「分かった。とりあえず、向かえばいいんだな」
王宮はイスラムの国とかにありがちなドーム状のでかい建物という。駅からでもそれがどこかはすぐに分かった。
「……にしても、俺結構目立つよな」
そう、駅にいる人々の視線がこちらに向いている。王宮に着くまでにトラブルがないとは言い切れないのじゃないか。
そう思っていると、向こうから30半ばぐらいの妙齢の女性が子供2人を連れてやってくるのが見えた。そして「お帰りなさいませ、旦那様」と、ドノムと軽く抱き合った。
「ミカ、只今帰ったぞ」
「長旅お疲れ様でした。こちらが、かの『祓い手』様ですか?」
「うむ。ジャニス・ワイズマン殿とハンス・ブッカー殿だ。こちらにいるのは、その補佐のユウ殿とミミ殿になるな」
「ああ!かの高名な……お会いできて光栄です」
ミカという女性がジャニスの手を取り一礼した。ジャニスは少し複雑そうな笑みを浮かべる。
「あ、ありがと……でもどうして私たちのことを知ってるの?そこまで派手に動いているつもりはないし、むしろそうならないようにはしているのだけど」
「実は……」
何かを言いかけたミカをドノムが遮った。
「それは今言うことではござらぬ。ああ、ご心配めされるな。やましい点はござらぬ故」
「うーん……何か引っかかるわね。どういうことなのよ」
「それを話すにはここでは不適当故。後ほど簡単にお話差し上げるでござる。で、ミカ。すまぬが、ユウ殿を王宮まで案内してやってくれぬか」
ミカが微笑んで頷く。
「構いませんわ。王宮内部まではいいですか?」
「拙者とユウ殿がつながっていると悟られると少々面倒でござる。ミカがそれまで護ってやってくれると助かる」
「承知いたしましたわ。ジャニス様たちはよろしいのですか?」
「ジャニス殿たちはひとまず別行動でござる。さしあたり、ユウ殿だけで結構」
「分かりましたわ、では参りましょう」と、ミカが歩き始めた。俺はその後ろについていくことにする。
よく見ると腰に剣の鞘がある。この女もあのドノムという男と同じ武芸者なのだろうか。
通りを歩くと好奇の目は相変わらずだが、それ以上のことは起きない。というより、近寄ろうにも近寄れない、そんな感じだ。
「なあ、あんた。ドノムの奥さん、なんだよな」
「ええ。それがどうしましたか?」
「いや、俺たちの周りに人が寄ってこないのは、あんたがそうやってるのか。俺には魔法とか、そういうのはよく分からないんだが」
「ふふふ、魔法と言えば魔法ですし、そうでないと言えばそうではないでしょうか。私が軽く『人避けの結界』を張っているんです」
「結界」
「ええ。ただ、それ以上は何も。私の素性についても、こういう場では話せないんです。ああ、ご安心ください。別にあなたたちに問題があるという話ではありませんから」
そうやって意味深に言われると気になるのだが、それ以上突っ込んでもあまりいい予感はしなかったのでやめておいた。
代わりに色々世間話をした。ドノムとは結婚9年目になるらしい。随分とベタ惚れらしく、「あのお方は実に男らしく頼りがいがある」だの「とても思慮深くいつも私と息子たちのことを考えてくださる」だの惚気を延々と聞かされるはめになった。
それにいい加減うんざりし始めた頃、王宮まで残り少しという所まで来た。ミカは「では、私はここで」と一礼し、踵を返し去って行く。ここから先は、俺一人でやらなきゃいけないってことか。
ハンスに言われた通りに電信機のボタンを押す。前の世界でいうワンギリだ。そしてポケットに電信機をしまい、懐から封書を取り出した。中にはハンスが書いた偽装の親書がある。
「し、失礼す……します。レヴリアのフリード皇太子の遣いで参りました。こちらが親書になります」
訝しげに門番はそれを受け取ると、「ちょっと待ってろ」と中に去っていく。この街は南国らしく、日差しは激しく暑さは厳しい。このもふもふの身体には、かなり堪える。
熱中症でぶっ倒れそうになった頃、さっきとはうって変わって恭しく門番が頭を下げた。
「大変失礼をいたしました。こちらへどうぞ」
王宮というから余程大きいのかと思ったが、意外と内部はこじんまりとしている。住んでいるのはあのでかい建物ではないみたいだ。
人もそれほど多くはない。ちょこちょこ露出の多い服を着たメイドっぽいのがいるが、イメージしていた王様の暮らしとは少し違うようで肩すかしを食った気分だ。
見たところ、怪しげな人間はいない。通りすがりの人間に「魂見」を使ってみたが、今のところ全員「青」だ。
やがて、大きめの扉の前に来た。「謁見室」とある。ギィと扉が開くと、少し高い所にある玉座に茶髪の男が座っていた。20代前半ぐらいか。目つきは悪く、どことなく俺が前世で会ってきた半グレの連中を思い起こさせる。
「入れよ」
俺はハンスに言われた通りに跪いた。慣れないから、こんな時どうしたらいいか分からない。
「名は」
「ユウです。今は、その……フリード陛下の庇護の元におります」
「聞いてるし知ってるよ。新種の魔獣、しかも知性もある。実に珍妙だし色々調べたい所だが、フリード陛下の持ち物じゃ手を出せねえな。
おまけに記憶喪失なんだっけ?どこから来たのかも分からねえのか」
「は、はい。レヴリア北部のポルトラに漂着していたらしいと……私と、もう一人の魔獣が今フリード陛下のところに」
「ポルトラ……メジア大陸からの漂着はあり得るかな。まあいい、ちょっと色々聞かせてもらうぜ」
パンパンと手を鳴らすと、黒衣の老人が現れた。「幾つか調べさせてもらいますぞ」と、俺の横に座って何やら変な器具を取り出す。
「……そ、それは」
「体温やら何やらを調べるためだ。本当なら解剖して色々調べたいが、レヴリアを敵には回せねえからな。とりあえず、この程度だ」
もし使者ということにしていなければ殺された可能性があったのか。これはかなりぞっとする。
そして、向こうにいるこのケルヴィンってのが、かなりイカれた奴だというのも何となく分かってきた。知性があるかどうかお構いなく解剖するというのは、さすがに無茶苦茶だ。
ケルヴィンは俺に幾つか質問をし始めた。飯は何を食べるのか、睡眠はどれくらい必要なのか、今何歳なのか……などだ。無難な質問が多かったので、そこは適当に噓を言わない範囲で答えておいた。
年齢は一応前世のものを伝えた。さすがに「1カ月ちょっとです」とは言えないし不自然だ。黒衣の男も、特に疑問を感じた様子はないみたいだ。
小一時間ほどして、一通り質問が終わった。やっと解放されると息をついていると、ケルヴィンが口を開いた。
「ユウだったか。2つほど聞きたい。まず、ここに滞在するつもりはねえか?もう少し調べたい」
来た。これは想定していた流れの一つだ。ハンスもここまでは織り込み済みだった。
「分かりました。あまり長居するのは無理ですが」
「いいだろう。そしてもう一つ。もう一人、お前の同族も呼んで調べたい。どうだ」
「いいですが、今日はちょっと。長旅で疲れているようで」
「お前の番なんだろ?だったらちょっと見てみたいものがあるんだがな」
ニヤリとケルヴィンが笑う。正直、嫌な感じのする笑い方だ。
そもそも、俺はミミを番だとか一言も言っていない。「異性の同族」としか話してないのだ。
「……彼女に聞いてみます。それと、俺からも一ついいですか、陛下」
「何だよ」
急に機嫌が悪くなった様子だ。俺は一瞬気押されたが、質問を続ける。
「どうしてそこまで異種族に興味を持たれるのですか」
「どうして?そうか、そうだったな」
「ハハハ!!」と笑い、ケルヴィンが答える。
「『古龍』対策よ」
「……は?」
「人が古龍を制するのは長年の悲願だ。だがいつしか相互不干渉が決まりとなって、その悲願を忘れていったのさ。俺の親父もそうだった。古龍は強大だ。勝てねえと思うのも分からなくはねえ。
だが、勝とうとする努力を忘れ、牙を抜かれた奴らがキャルバーンには多すぎるんだよ。奴らを制さずして、俺たち人間の真の安寧はねえんだ」
「それと異種族の調査と、何の関わりが……」
「大ありだ。古龍に対抗できる種族がいるかもしれねえだろ?それを以て奴らを滅ぼし、その大地を俺たちのモノにする。そのためにお前を調べてる。
まあ、お前はフリード陛下のものだから下手に手出しはできねえがな」
その瞳に狂気を感じ、俺は思わず唾を飲み込んだ。こいつはイカれている。今、そう確信した。
「まあ、とにかく今日はここに泊まっていけ。美味い飯ぐらい出してやる。んで、明日お前の番もここに呼んでこい。使者が必要ならよこしてやるよ」
ケルヴィンはそう言うと奥へと去って行った。これは相当厄介な状況だ。
俺は周りに誰もいないことを確認し、「移動電信機」を手にした。気に食わないが、ここはハンスの助けが要る。




