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「で、どうすんだよ」
俺は干しナツメを放り込んでハンスに訊く。
ここはそれなりに高級な宿らしいが、それでも5人も部屋にいると少々狭い。特にこのドノムっていう鬼を思わせる大男がスペースをかなり取っている。身長は確実に2mはあるだろう。
ハンスは「少し長くなりますが、よろしいですかな?」と断りを入れて話し始めた。
「明日クリブマンに着いたら、貴方と私たちで一時的に別行動を取りましょう。貴方は選王ケルヴィンへの謁見を狙い、私たちはダリルの調査を行います」
「……ちょっと待て、ミミは俺と一緒に行動しないのか?」
「それは時期尚早です。彼女の恩寵は、極めて危険です。彼女に悪意が向けられると、自動的に発動してしまいかねない」
「前に言ってたヤツか。悪意の反射とか言ってたけど、どんな恩寵なんだ」
ミミが視線を落とした。それを見て小さくジャニスが首を振る。
「『ハムラビの定め』のことね。平たく言えば、向けられた感情に対して反撃するというものよ。殺意や害意が向けられたら、彼女は自動的にそれを相手に物理的な形で返してしまう。それも、倍返しどころじゃない」
「……は?」
「3年前、彼女は誘拐された先でそれを発動してしまった。私たちが見たのは、身体が粉々になった死体と、なおも命を食らいつくそうとする魔力の塊だった。
私たちが来なかったら、多分彼女が作り出したそれは街全体の命を食らい尽くしてたでしょうね。向けられた悪意が余程強かったんでしょうけど……」
ミミが顔を上げ、ジャニスの目を見た。
「……もう、大丈夫です。私も3年前のような子どもじゃないです。この力だって、多分ずっと使いこなせるはずですっ」
「ええ。そして貴女は義体に封じられてもいる。その言葉を信じてあげたいわ。ただ、『多分』や『はず』じゃ困るのよ。その確証が、私には持てないでいる。ハンスもそうよね」
「そうですな」とハンスが呟く。
「何事も万が一に備えねばなりませぬ。ミミも同行させるのは、ユウがある程度信頼され、悪意を向けられない状況になってからです。
ミミはそれまで私たちと行動を共にしてもらいます。それでいいですね」
「……はい。分かりました」
しょぼんとミミが肩を落とした。露骨にがっかりしている様子だ。
にしても、話には聞いていたがそこまでえげつない能力とは思わなかった。だからといってこいつへの態度が変わることはないとは思うが、ハンスやジャニスが彼女をどこか腫れ物を触るように扱っている理由はようやく察した。
「で、どうやってその選王様とやらに信頼されるようにするんだよ」
「そこから先は拙者が」
ドノムが割って入った。
「少し話したように、ケルヴィン陛下は魔獣の生態に強い関心をお持ちでござる。『古龍』との接触も試みられておるようですな。
そなたがレヴリアからの旅人であること、そしてフリード陛下の庇護の元にある新種の魔獣であると告げれば、確実に食いつくかと」
「は?そんなのすぐに突っ込まれるだろ。新種の魔獣って言われて、どこから来たのか聞かれたらどう答えるんだよ」
「記憶喪失でレヴリアに漂着したとお答えになるのはどうでござるか」
ハンスが「悪くない考えですね」と同意する。
「フリード陛下にも一芝居打ってもらえるとなお良いですな。私からも一報入れておきましょう。クリブマンまでは確か電話が通じたはずですから、貴方が着いたぐらいの時機を見て選王陛下に連絡が入れば、まず信じるでしょうな。
貴方とミミは、フリード陛下からの使者という形にしておきましょう。クリブマンとしても、レヴリアとの関係強化は悪くないでしょうからな。案件は、交易条件の改善辺りにしておくのが無難でしょうか」
「でも、結局は全部芝居じゃねえか。すぐにバレるだろこんなの。俺は少し中に入るだけでいいと思ってたんだが」
「最初に貴方が出した案のように、軽く内部に侵入する程度では選王陛下の身辺は探れませぬ。ある程度の真実性が必要なのですよ。
そして、もし陛下にやましいところがないのならば、芝居を本当にしてしまえばいい。フリード陛下としても、クリブマン、ならびにキャルバーンとの関係強化は望むところですからな」
何だか話が大事になってきたぞ。俺はただ思いつきを言っただけなんだが、さすがにちょっと後悔してきた。
「というか、やましいところって何だよ」
「それは私よりドノム様の方が良いかと」
ドノムが小さく首を振った。
「拙者は武に生きる者、陛下の御心など分かりませぬ。ただ、拙者を亡き者にしようということ、そしてダリルに龍討伐をしきりに命じていること、そしてダリルの傷が翌日には全て癒えているということぐらいしか言うことはござらぬ」
「龍討伐?」
「左様。クリブマン北西に住まう『五古龍』の一体、『黄金龍モブリアナ』。陛下の目的は、そのモブリアナの討伐にあるようでござる。
龍は常に人の脅威であり続けてきましたからな……古龍討伐さえ成れば、人の生息地域はさらに拡がる。不可侵の盟約が五古龍と100年前に結ばれてなお、彼らを討とうとする者は少なくないのでござるよ」
「あんたは違うのか」
「オーガは元は古龍の守護者として存在してきた種族にござる。幼少に人に拾われ、人の里で育ち、人の娘を娶った拙者にもその魂は受け継がれているようですな。
人には人の、龍には龍の領域があるのでござる。そこは決して揺らがぬものと、先王陛下は良く理解されておられたのでござるが……」
「ケルヴィンってのは違うわけだな」
小さくドノムが頷いた。見た目は凶悪そうに見えるが、こうやって話してみるとこの男は存外に思慮深い。
「ラルブ先王陛下とは違い、富国強兵こそ国是と堅く信じておられるようでござる。キャルバーンでの地位も、現状の第2位には全く満足されておられぬ。海外からの支援を強く求めているのも、そのために候」
「なるほど、そこでフリード陛下の遣いとしての俺が利いてくる訳か」
「左様。しかも新種の魔獣となれば、確実に食いついてくるでござる」
「それは分かった。で、あんたはケルヴィンってのをどうしたいんだ」
ドノムが目をつぶって黙ってしまった。
「決めかねているでござる。恐らくは陛下の側にいる奸物を除けばいいと思っているでござるが……」
「かんぶつ……要は黒幕ってことだな」
「左様」
ジャニスが干しナツメをつまんで俺を見る。
「一応言っとくけど、私たちの役割は何より転生者の浄化よ。クリブマンがどうなろうが、基本的に知ったことじゃない。
そこのドノムが浄化を望む理由は一種の世直しなんだろうけど、そこまで私たちが関与するのは筋違いよ。そこは忘れないで」
「……分かっているよ」
「分かってます、でしょ?ハンスにはタメ口でいいけど、私には敬語をちゃんと使いなさい。
とにかく、貴方がすべきことは王宮に潜んでいるであろう転生者を探して私たちに報告すること。くれぐれも、自分一人で浄化を試みるとか無茶はしないように。
身体能力も恩寵の力も、貴方は人間だった時に比べて大きく落ちている。そこは忘れないで頂戴」
「……分かりました」
ジャニスの鋭い視線に気押され、俺は思わず敬語で答えてしまった。ただ、彼女の言ってることはもっともだ。俺一人でどうこうすべき話では、もはやなくなっている。
「で、あんた……じゃなかった、お嬢様たちはどのように?ダリルの調査とハンス様が言ってましたけど」
「ダリルは確か龍討伐のために『龍の巣』に向かってるのよね。だからまずは聞き込み調査。戻り次第、本格的に動くつもり」
ハンスがお茶を啜りながら首を縦に振る。
「ダリルの憑依は推定2週以上前。完全憑依されていたら、不本意ですが浄化から討伐に切り替えねばなりませぬ。そこは状況を見ながら、ですな。
ユウも、もし転生者を見つけた際『魂見』で相手の魂の色が紫なら、決して無理はせぬよう。恐らくは貴方の手に負える相手ではないでしょうから」
「魂見」のやり方は既に学んだ。もうある程度はできるようになっている。疑われないような振る舞い方か……前世の時は極力前に出ないようにしてたが、あの経験が生きてしまったりするのだろうか。とにかく、やるだけやるしかない。
「分かった。そうするさ」
*
この時の俺は、俺たちがとんでもない連中を相手にしようとしていることなど知るよしもなかった。