日常2-1
ここに来て早くも半月が経とうとしていた。主人2人は仕事で留守がちで、大体はここで窓を拭いているウサギのような生き物と俺は過ごしている。
まあ、俺自身もクマのような生き物になってしまったわけだが。ただ、存外この暮らしは穏やかで悪くない。もう少し奴隷のようにこき使われるかと思っていたが。
「なあ」
俺はミミに呼びかけた。彼女は「なんでしょう?」と小首を傾げる。
「今日、あいつら……じゃなかった、ご主人様たちはどこに?朝からいないが」
「ああ、イーリス教会レヴリア本部に行ってるみたいですよ。昨日、デルヴァーからお帰りになられたじゃないですか。『魂晶』の奉納と、今回の件の報告に行かれているかと」
「この前はそうじゃなかったよな。何か別の用事でもあんのか」
「うーん、どうでしょう。あんまり気にしない方がいいですよ」
「詮索するな」ということか。義体に封じられた俺たちは、色々な権利が制限されているらしい。
にしても、ジャニスもハンスも多忙なのだな。結局今回も1週間近く家を空けていた。ミミとの暮らしは決して嫌じゃないし、本もあるので退屈もしないが、どうにも知らされていないことが多くその点はもやもやする。
知らされていない、といえばこれもそうだ。
「分かった。ところで、ご主人様たちはどういう関係なんだ?」
「どういう関係、って?」
ミミはまた、可愛らしく小首を傾げた。
「いや、主従関係なのは分かるんだよ。ただ、あの2人ってデキてるんじゃないか」
疑う理由はある。今朝、ジャニスの寝起きが明らかに遅かった。しかもなぜか香水をたっぷりと付けていた。身だしなみはだらしなかったのに、あれは不自然だ。
考えられるとすれば、他の匂いを消すために、敢えてああしたという可能性だ。ハンスも種類こそ違うが微かに香水の匂いがした。朝起きがけで匂いを消さねばいけない理由は、セックスの残り香を消すくらいしか考えられない。
俺の質問に「うーん」とミミが腕を組んで唸る。
「デキてるって、恋人同士かってことですよね。とても仲良しですけど、恋人ともちょっと違うみたいなんですよね……」
「というと?」
「うーん、上手く言えないんですけど。とりあえず結婚とかは考えてないと思いますよ?あまりお二人から昔話は聞かされてないですけど、本当に主従関係なのは間違いないみたいですし」
「にしては、ハンス……様の態度はまあまあ横柄じゃないか?」
「生まれたときからのお付き合いらしいですしねえ……お2人のご出身がセルフォニアだということは知ってますけど。あ、これ言っちゃダメなヤツだった」
慌ててミミが自分の口を塞ぐ。
「言っちゃダメなのか?」
「これ、ジャニス様が口を滑らせた時にハンス様が結構怒ったんですよ。それで私にも『誰にも言うな』って……ユウ君も黙っておいてくださいね。『再浄化』されちゃったら最悪ですし」
そこまでの話なのか。俺も言わないでおこう。
にしても、3年も一緒にいるミミすら彼らがどういう人間なのか分からないのか。転生者である俺たちが知ってどうなるという話じゃないが、この秘密主義には何かある気がする。
その時、家の呼び鈴が鳴った。「はーい」と、パタパタとミミが部屋を出て行く。やがて「久しぶりー!」とミミが叫ぶ声がした。
「来客か?」
階段を降りると、ハンスとジャニスに加え、小柄な少女と少年がいた。ミミは少女の方と手を取り合って何やら喜んでいる。
「あ、今帰ったわよ。すぐにお昼の用意をして頂戴。ユウもミミを手伝いなさい」
「ごめんなさい!ルカと会えるの、久し振りだから嬉しくなっちゃって……」
しゅんとするミミに、少女は「こちらこそすみません……」と恐縮している。
「ご主人様、こいつ……この方たちは?」
「ああ、そうだったわね。彼らは……」
長い金髪の少女がペコリと頭を下げる。
「自己紹介遅れてごめんなさい!私、ルカ・ドルーリーといいます。イーリス聖教会の聖女ってことになってます。そしてこちらが……」
銀髪の少年が深々と一礼した。
「ボクはカル・アルヴィーンだ。ルカのお目付け役をやってる。後、一応これでもヴァンダヴィルの大司教だ」
「……大司教?」
この見た目で?俺は宗教のことなんかよく分からないが、相当位の高い役職だったはずだ。
ハンスがフフフと笑う。
「この方はこう見えて60歳近いのですよ。人を見かけで判断してはなりませんよ」
「……歳のことは余計だな。まあいい、ボクも彼を一度見ておきたかった。存外安定しているようじゃないか」
「ええ。今のところは」
「ならいい。では、お邪魔させてもらうよ」
これで60?やはり異世界だから、この少年も異種族だというのだろうか。オークやオーガ、エルフぐらいはいると知ってはいたが。
カルと名乗った少年の耳はエルフのように長くはない。とすると、別の種族か。吸血鬼……なら昼間に活動できないから違うな。これも「深く考えるな」ということなのか。
厨房に入ろうとすると、あのルカという少女も一緒についてこようとしている。「カル、お手伝いしていい?」との言葉に、「まあ、仕方ないですね」と返ってきた。
「やったあ!じゃ、一緒に作ろうね」
「うん!ルカちゃんも今お料理勉強してるの?」
「そうそう!いつまでもお世話係の人におんぶに抱っこじゃしょうがないもの。もう私も17だし」
こっちの女は逆に歳より幼く見えるな。というか、女子特有のこのトークのノリはどうにも苦手だ。
「なあ、俺は何すりゃいいんだ」
「あ、サンドイッチ作るからお野菜切っておいて。あとオーナムの葉も食べやすくちぎってくれるといいかな」
俺はとりあえず作業に入る。こちらは黙々と作業をしているのだが、ミミたちは随分とはしゃいでいる。一応手は動かしているみたいだが、なんか気にくわない。
「なあ、少し静かにしてくれねえか」
「あっ、ごめんなさい!……ミミちゃんに会うの、久し振りだったから……」
またルカがしょげた。ミミはというと「少しくらいいいじゃないですか」と頰を膨らませている。
「んなの食事の時に喋ればいいじゃねえか」
「そうですけど……1年ぶりなんですよ?それにルカちゃんは、簡単にお外に出れないんだし」
「そういや聖女って言ってたな。てか、あんた何者なんだ?」
「あ、そっか!」とルカが手を叩いた。
「ユウさんはこっちに来てまだ間もなかったんでしたっけ。ごめんなさい、私の自己紹介が中途半端になっちゃって……
イーリス様の声を聞ける人を、聖女っていうらしいです。私はその見習い、かな」
「イーリス……確か、『法と秩序の神』だっけか」
「はい。私はうっすらとしか声が聞けないんですけど」
「ふうん。で、何だってその聖女様がミミと友達なんだ。年齢は同じみたいだけど」
2人が顔を見合わせ、「いいのかな……」と言っている。そしてミミが俺に耳打ちした。
「これ、誰にも言わないで下さいね。ルカちゃんは、私が転生した時の受肉者なんです」
軽く驚いた。受肉者からしたら、自分を乗っ取ろうとした転生者は憎むべき対象になるだろうと思っていたからだ。
少なくとも、俺が受肉したマルコ・モラントが俺に会おうとするとは思えない。こいつらの過去に何があったか、少し興味が湧いた。
「あんたたち、お喋りばかりしてないで早く作りなさい!お腹空いてるのよ」
ジャニスの苛立った声が聞こえる。結構な大食いの彼女には、食事までの一分一秒が惜しいらしい。
俺は再び作業に戻った。それにしても、教会のお偉いさんと重要人物が揃ってなぜうちに来たのだろう。何か大事な話があるんじゃなかろうか。
*
その予感は的中する。そして、俺とミミの運命も、大きく変わろうとしていた。




