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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼2「デルヴァーの黒い歌姫」
31/369

2-5


マリーがピックをギターに振り下ろす。ギュイィィン、と重低音が鳴り響いた。


……これは、限りなくエレキギターの音色に近い。そんな楽器は、この世界には存在しないはずだ。少なくとも、私はこの世界に転生してからの28年間で聞いたことがない。


背筋に冷たいものが流れた。


「一曲目ェッ!!『ほの昏い闇の底から』ぁっ!!」


私の強烈な当惑をよそに、「ライブ」は始まった。彼女のバックには、3人の黒装束の女たちがいる。サブギター、ベース、そしてドラム。どうやってその音色を出しているのか、乾いた重い音がホール全体に響く。

観客は発狂したかのように叫んでいる。それをマリーの高く澄んだ歌声が切り裂いていった。


「何よ、これ……」


声は歓声にかき消されほとんど聞こえない。だが口の動きから、ジャニスがそう呟いたのが分かった。


驚くべきことに、この観衆の中でもマリーの歌声はハッキリと聞き取れた。

歌われるのは、社会に認められない少女の怒りと絶望。そして底辺から這い上がり、全てを壊してやると叫ぶ強い意志。

それらが透明感のある、しかし力強い声により歌い上げられていく。神への感謝や恋人への想いを紡ぐこれまでの歌姫のパフォーマンスと、明らかに一線を画しているのは明らかだった。



……これはロックだ。それもヘヴィメタルだ。



呆気に取られているうちに一曲目が終わる。すぐに流れるように次の曲が始まった。


「ハンスっ、どういうことなのよこれはっ!?」


戸惑いを隠そうともせずジャニスが叫ぶ。彼女にとって、この手の歌は初めて体験するものだろう。

ヘヴィメタルを知っている私にとっても衝撃が大きい。20になるかどうかという少女が、これほど強い感情をメタルサウンドに乗せるというスタイルは……少なくとも、「私が生きていた時代」にはなかった。


「分かりませんっ!!しかし、これはっ……」


ジャニスは怯えたようにステージを見ている。それは単なる未知に直面した恐怖だけではないはずだ。私は、マリー・ジャーミルを脅威と認識しつつある。ジャニスもまた、そうなのだろうと悟った。


マリーのメッセージはあまりに攻撃的だった。


「力で己を認めさせろ」

「信じられるのは己が意志だけ」

「立ち塞がるなら全て壊す」


……観客を煽り、焚き付ける刺激的なフレーズが、次々と叩き付けられる。

それはあたかもガソリンに火を付けたかのように、爆発的なうねりを劇場にもたらしていた。


「マ・リ・イ!マ・リ・イ!!」


ステージと観客が一体化していく。恩寵が効かないはずの私たちの周囲まで、この空気に乗せられているのが分かった。

……あるいは、私もかもしれない。それだけ、彼女のリリックには刺さるものがある。過激で拒絶したくなるが、しかしそれを否定できない。自らの中にある復讐心を嫌でも思い出させる。

心の内にある暗い心を燃え上がらせ衝き動かすそんなエネルギーが、確かにそこにはあった。



間違いない。この転生者は、ある種の天才だ。アーティストとして、人の心を揺り動かすだけのものを一通り備えている。



マリー自身が持っていた魅力的なルックスと美しい歌声、それを支える歌唱力。そこに転生者の派手なパフォーマンスが加わった。歌詞も音楽も、恐らくは自分で書いたものだろう。「前世」でも、彼女は相当な成功を収めていたに違いない。

マリーは頭角を表しつつあったが、その控えめな性格が仇となっていたとヨーリヒ氏は語っていた。それを転生者が埋め、さらに一段上のレベルに引き上げたのだろう。音楽に然程詳しくない私でも、この女が「本物」であるのはすぐに理解できた。



そしてそれは、「マリー」が極めて危険な存在であることも意味していた。

……彼女はアジテーター(扇動者)として優秀過ぎる。



もしセルフォニアが彼女の存在に気付けば、最大限にその才能を利用しようとするだろう。恩寵なしでもカリスマ性のある歌姫が敵国の宣伝塔になり、「転生者を虐げる王国を潰せ」と言い出したら……どうなるかは目に見えている。

まして、彼女は恐らくこの歌声で聴衆の精神を支配してしまう。なるべく早く「浄化」しないと、レヴリア全体に影響が出かねない。そう直感した。


「……ハンス、どうする?」


ジャニスが不安そうに言うのが分かった。詩文に疎い彼女ですら、彼女の危険性を察知している。今すぐにでもステージに上がり、彼女を浄化したいほどだ。

ただ、これは布教のための、ある種の「サバト」だ。公演のたびに新たな信者が増えていく。その「教祖」に安々と近付けるものなのだろうか?プラン通りに動いたとしても、上手く行く自信はもはやない。



躊躇していた、その時だ。



「ちょっとそこぉ!!ノリが悪いよぉっ!!!」



ステージの上から、マリーが私たちの方を指差して叫ぶ。鋭く責めるような視線。観衆の顔が、一斉にこちらに向いた。



マズイっ!!



私は咄嗟にジャニスの手を掴む。同時に「時の支配者」を5倍速で発動させた。


ゆっくりと、しかし分厚い人の波が私たちに向けて押し寄せて来る。あまりの量に、グローブで片っ端から眠らせる余裕はないと悟った。

幸い、私たちの半径5mほどにいる人々にはあまり動く気配がなかった。ジャニスの特殊能力「恩寵無効」の範囲内にいるからだろう。それに乗じて、私たちはホールの出口へと人波をかき分けて進んだ。

だが、出口の扉は堅く閉ざされている。これを無理矢理開くだけの余裕があるのか??


その時、ジャニスが左手だけで印を高速で結び、早口で詠唱した。私と時空の流れを共有した彼女は、実際には1秒にも満たない時で魔法を完成させる。



「衝の波動ベル・ヴォーグっ!!」



目に見えない強大な力が重い扉を吹き飛ばした。私は粉々になった扉の残骸を腕で押し退ける。複数の手が背中に触れるのを感じたが、捕まえられる僅か前に私たちはホールを脱出した。


その勢いのままに歌劇場を抜け出す。振り向くと、何人かがまだ追ってきていた。


「しつこいわねっ!!」


「お嬢様っ、背中にっ!!」


私はジャニスを背負った。手を引くよりはこっちの方が速く逃げられる。

5倍速での全力疾走なら、ジャニスを背負いながらでも時速60キロは出せる。持続時間はざっと残り10秒。追っ手を引き剥がすには十分な時間だ。


再び駆け出したその時、周囲の商店からバラバラと人が出てくるのが見えた。……まさかっ!?


「嘘でしょ!!?」


行き先を10数人が立ち塞ぐ。これもマリーの恩寵の効果だというのか!?


流石の私も困惑した。逃げても逃げてもこれでは切りがない。「時の支配者」の効果が切れた時を狙われたら、後はジャニスが何とかするしかなくなる。

もちろん、簡単にやられるほど彼女は柔じゃない。それでも、彼女が依頼に関係のない人々を傷付けるのは見たくなかった。



脳裏に、10年前の「あの場面」がフラッシュバックする。……あの再現だけは、何としてでも避けねば。



その時、ブロロロという音が後方から聞こえて来る。車だ。それも、運転席にいるのは……



「ヨーリヒさんっ!!?」




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