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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼2「デルヴァーの黒い歌姫」
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2-4

「これはまあ、なかなか壮観ね……」


ジャニスが歌劇場の尖塔を見上げながら呟いた。これ程に高い建物は、レヴリアにはそう多くないはずだ。


デルヴァー歌劇場の歴史は古い。今を遡ること200年ほど前から存在するらしい。あの鋭い尖塔が印象的な建物も、その頃には既にあったという。

元々、歌劇場はセルフォニアからレヴリアに来る商人や旅人をねぎらい、レヴリアからケンディアス越えをひかえた人々を勇気付けるためのものであった。以来、デルヴァーは「芸術の都」として存在し続けている。


私もジャニスも、歌劇場に入ったことはない。10年前はそれどころではなかった。ヴァンダヴィルに居を構えてからも、デルヴァーにある苦い思い出もあり向かう気になれなかった。

それに、仕事以外で遠出するのを彼女はあまり好まない。結果、レヴリア国民になって10年目にして初めて、私たちはこの劇場を訪れることになった。


「あまり目立たない方がいいですよ。怪しまれたら事です」


「それもそうね。じゃ、行きましょ『あなた』」


ジャニスが腕を絡めてきた。若い夫婦を偽装し、私たちは歌劇場入口へと向かう。目的は、マリーの公演だ。

歌劇場には既にそれを取り囲む格好で長蛇の列ができていた。ざっと300メートルほどはあるだろうか。

そこかしこにある看板には「漆黒の歌姫現る!」と、彼女を模した絵が載っている。


「写真と随分印象が違うわね」


ジャニスが耳打ちする。確かにその通りだ。写真の中のマリーは純朴で素朴な少女だったが、看板の絵の女は妖艶な色気を感じさせる。転生者の趣味だろうか。


公演がどういったものであるかは、ヨーリヒ氏からあらかた聞いていた。マリーは憑依されたと思われるその日から、歌劇場の演出に色々口出しをするようになったらしい。

スタッフへの当たりもキツくなり、ヨーリヒ氏は真っ先に転生者に憑依されたのではと思ったそうだ。

それでもひとまず彼女の言う通りの演出で公演させた所、これまでとは全く質の違うとんでもない反響があったという。


……そう。質が違う反響だった。聴衆は彼女を神か何かのように称賛するようになり、一夜にしてマリー・ジャーミルはデルヴァーのカリスマと化した。


そして初演からわずか2週間。彼女の歌声を聴くために、こうして多くの人々が並んでいる。行列の半分は私たち同様の一見、もう半分はリピーターのようにみえた。

私たちの前では若いカップルの男の方が熱心にマリーの凄さを女に説明していた。女はそれに辟易している。「聴けば分かるって!」と何度も何度も言っているが、これは……


「ハン……あなた。これ、もしかして」


私はジャニスに同意した。ここで言葉を発するわけにはいかないが、多分同じことに気付いた。



マリーの恩寵は、「歌」を媒介に発動するものである可能性が高い。聴いた人間の自我は奪わないが、彼女に心酔させ、ある程度は望む通りに動かすことができる……そんな性質だろう。

死ねと言われれば死ぬし、殺せと言われたら殺す。自殺の方法を指定すれば、事故に見せかけて始末するなど造作もないことだ。

カイル大司教が彼女に会わなかったのに死んだ理由もある程度予想が付いた。どこかで彼女の歌を聴いてしまったのだ。



ただ、これほど影響力が強い恩寵は初めてだ。デルヴァーの人口は確か8万人弱。その1割にせよ、数千人もの人間はいかなる魔力の持ち主であってもまず同時には操れない。何かしらの制約がある気がする。


そしてもう一つ。……もしそうであるなら、なぜヨーリヒ氏は正気のままなのか?


彼は操られていて、私たちを罠にはめようとしているのではと一瞬考えた。ただ、それなら昨晩私たちをもてなしたり、色々な情報提供をしたりはしない。始末するなら食事に毒でも混ぜればいいだけだろう。

何より、私たちに向けられる害意にジャニスは敏感だ。極浅い部分の心理だけとはいえ、彼女は詠唱なしに他人の思考を読み取れる。その彼女がヨーリヒ氏に何の反応もしなかったことからして、彼は恐らくは「シロ」だ。

つまり、歌を聴いた人間全てに効力を発揮する恩寵ではない。その辺りも突破口になりそうな気がする。


列が動き始めた。入場が始まったらしい。


「予定通りでいいですね」


「分かってる。状況を見て、支援者のフリをして彼女の楽屋に向かう、でしょ?」


小声でジャニスが言う。ヴァンダヴィルの商人を騙って公演後のマリーに接近し、一瞬の隙を突いて私が眠らせ、ジャニスが浄化する。それが現状のプランだ。

そのためには公演で彼女の恩寵を見極めねばならない。私の予想通りの恩寵だとしたら、私との相性はかなり悪いからだ。

ジャニスの近くにいる限り、私がマリーの恩寵の対象になることはない。ただ、それは逆に言えば常に近くにいなければいけないということでもある。別々の行動が取れないことを確認の上、プランを遂行する。リスクを丁寧に潰す慎重さこそが、祓い手にとって必要な資質であると私たちは知っている。


浄化のチャンスは少ない。もはやヨーリヒ氏すら彼女に安々と会える状況ではないらしい。家も引き払い、公演の後にどこにいるかは把握できないという。ただ、公演の時は確実に歌劇場にいる。それも私たちがここに来た理由だ。

憑依から約1ヶ月、完全憑依までの猶予はない。あるいは既に手遅れである可能性すら僅かにある。手早く依頼を遂行せねばならないのだ。



長い待ち時間の後、私たちはようやく席に着いた。歌劇場のホールは超満員で、空席は見当たらない。

アイドルのライブのように、ノボリもあちらこちらで立っている。ペンライトはさすがにないが、マリーが着ている漆黒の服を身に付けた観客が3分の1ほどいた。そこかしこから「マ・リ・イ!マ・リ・イ!」との掛け声が聞こえる。


ジャニスが呆気に取られたように辺りを見渡した。


「すごい熱気ねえ……私、こういうの初めてなんだけど。デルヴァーの歌劇場って、いつもこうなのかしら?」


「さあ……私も存じ上げませぬ。多分、違うかと」


恐らくは、転生者がこのように仕向けているのだろう。その人物が、アイドルのライブに詳しい人物であるのは想像がついた。


この世界の音楽は、クラシックのような純粋な演奏か、さもなくば歌劇が中心だ。歌姫が歌う場合は、昭和の歌手がそうであったように背後の生演奏に合わせると聞いている。鑑賞スタイルもお行儀よく座って静かに聴くというものであるらしい。

そう考えると、この空気はデルヴァーの人々にとっては明らかに異質なものだろう。それをマリー1人で作り上げたのだとすれば、転生者とはいえなかなか大したものかもしれない。……それが恩寵抜きであれば、の話だが。


急に、ホールの照明が一斉に落ちた。辺りがざわつく。


その数秒後。



バァアアアンンッッッ!!!



激しい破裂音と閃光。それがステージから放たれた花火のようなものであると、数瞬後に私は理解した。


そしていつの間に開いた緞帳の、その先には……



「みんなーッッッ!!!今日も、いっくよぉー!!!」



胸元の開いた漆黒のドレスに身を包み、ギターを肩からぶら下げた少女がいた。




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