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「ファーア……そろそろ見えてきた?」
「もう30分ほどですな。ゆっくり休まれてはどうかと」
ジャニスが不機嫌そうに額に皺を作る。ゴトゴトと揺れる汽車の乗り心地は、率直に言っていいとは言えない。寝ようにもなかなか眠れない彼女は、苛立ちを隠そうともしていない。
「ゆっくりってねぇ……そもそも休み一日で次の仕事って、あの皇太子人使い荒すぎない?」
「浄化できるまでの猶予がどれほどあるか不明ですから。急ぐに越したことはないのです」
「それは分かってるわよ。にしても、本当最近依頼が増えたわよね……その話も、陛下からあったんでしょう?」
「然り。メジア大陸で転生者が大量発生しているとのことでした。ポルトラ、それと国境付近……特にネウヨの警戒態勢は引き上げねばならないと」
「メジアで?何かあったのかしら」
私は「それが分かれば苦労はしませぬ」と肩を竦めた。もちろん背景は分かっているのだが、ジャニスに私が転生者であることは悟られたくはない。それに、本当のことを伝えても私たちにはどうすることもできない。
フリードにしても、北の玄関口であるポルトラ、そしてセルフォニアとの国境地帯であるネウヨの守りを固め、水際対策に徹するしかないのだ。
ヴァンダヴィルから南東に500キロ超。汽車で10時間の長旅の先に、「芸術の都」デルヴァーはある。王立鉄道デルヴァー線の終着駅だ。この先にあるネウヨまでは50キロほどだが、ケンディアス山脈を抜けねばならない関係上汽車は通っていない。
もしデルヴァーが転生者によって機能不全に陥れば、セルフォニアの最前線であるネウヨは挟み撃ちを受ける格好になりかねない。フリードがこの案件を重要視する理由の一つが、この最悪のシナリオの回避にあることは明白だった。
ジャニスが車窓から外を眺めた。表情はどこか物憂げだ。
「お嬢様、何か」
「……デルヴァーに行くのは10年ぶりね」
「……左様で」
「あの時」のことを思い出しているのだな、と思い私は目を閉じた。それは私にとっても決して明るい記憶ではない。
10年前、私たちはセルフォニアからレヴリアへ亡命した。当時私もジャニスも、身分を証明するものすら持っていなかった。
セルフォニアでのクーデターを訴えるにしても、18と15の子供の証言をどこまで聞いてくれようか。ケンディアス関で門前払いを食らった私たちは無謀にも山越えを敢行したが、デルヴァーに辿り着いた時には心身ともに限界に達しつつあった。
このまま物乞いでもして食いつなぐ以外にないのか。私は衰弱しきったジャニスを前に絶望しかけていた。
その時、私の耳にある異変の話が入った。デルヴァーを訪れていたフリード皇太子が「憑依」されたらしいとの噂だった。
そう、デルヴァーは私たちが祓い手として生きるようになったきっかけの街だ。そして、最初の依頼に関する苦い記憶が残る街でもある。
もはや、私たちが犯した失敗を覚えている人はいるまい。いや、端から見ればそれは失敗には映らなかったであろう。
しかし、今からすれば……それは決してしてはならない過ちだった。フリードが未だに妃を娶っていない理由の一つでもある。
私たちは、フリードの「浄化」と引き換えに、一人の女性の命を奪っている。討伐依頼以外で人を殺めたのは、それが最初で最後だ。
彼方にデルヴァーのシンボルであるデルヴァー大劇場の尖塔が見えてきた。感傷に浸っている暇はない。
必ず、今回も依頼を完遂してみせる。それが、私たちが「彼女」にできる唯一の鎮魂であるからだ。