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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
序章「祓い手と執事」
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序章2


壁時計の短針は4を少し過ぎたところを指していた。女を抱くには少し早い時間だが、もう宿に戻って1時間近くたっている。


宿の外からは馬車の車輪のガタゴトという音が聞こえてくる。この世界に汽車はあるが、まだ車は一般的ではないようだった。

俺は歴史に詳しくはないが、漫画で得た知識からして文明レベルは19世紀末から20世紀初頭といった辺りなのだろう。

かといってこの世界が俺がいた世界と全く同一というわけではない。魔法を使える者は少数ながらいるらしいし、何より転生者が存在する。



俺はふうと息をついた。転生者であることは、何がなんでも隠し通さないといけない。



マルコの知識によれば、この世界において転生者は忌むべき存在であるらしい。全ての転生者は、何かしらの力を持ってこの世界にやって来る。

そして、彼らが持つ力は、多くの場合あまりに強大だ。俺の「錬金術師の掌」も、おそらくはそういう類の力だ。

それだけではない。転生者が持つ、本来この世界にあるはずのない進んだ世界の知識は、社会のありようを根本から変えてしまい得る。


だから、転生者はレヴリアでもカルディアでも指名手配の対象なのだ。少なくとも、この「マルコ」の知識によればそうだ。

官憲に捕まってからどうなるかは知らない。処刑されるのか、永久に幽閉されるのか、それともいいように飼われるのか……もちろん、そのどれもがゴメンだ。


俺はクソのような、ろくでもない生活からやっと抜け出せたのだ。そしてこの力を手にした。

自称「神」は言った。「この力を以って好きに生きろ、可能性は無限だ」と。全くその通りだ。

だから、転生者であることは隠し通さないといけない。かつての「マルコ」を知る人間からできるだけ離れ、ここシャロットに来たのもそのためだ。


俺はここで、「マルコ」として生きていく。そして富と女と権力を手にし、何不自由なく好きに生きるのだ。今日はその一歩だ。


気分がいよいよ昂ぶってきた。女が来たらいきなり襲ってしまおうか。いや、嫌われてはもったいない。できれば優しく、紳士的に抱いてやろう。このルックスなら、女も惚れてくれるかもしれないしな。


クククという笑いが思わず漏れたその時、「コンコン」とノックの音がした。やっと来たか。


「入っていいぞ」



キイとドアが開く。現れたのは、赤毛で少しツリ目気味の女だ。赤と黒の、豪奢なドレスに身を包んでいる。



身長はやや高く、160cm後半はあるだろうか。胸は巨乳ではないがそこそこはある。やや細身だがガリガリというわけではなく、抱き心地はいかにも良さそうだ。

長い赤毛はポニーテールのように後ろで結えられている。年齢は……「マルコ」よりは少し上、20代半ばぐらいだろうか。かといって年増ではなく、少女のような可愛らしさは残っている。

何より、どこかの令嬢のような高貴さすら感じさせる落ち着いた佇まいがいい。こんな女が娼婦だという事実に、俺は驚きすら感じていた。


女がベッドに座る俺を見下ろす。どこか小馬鹿にしたような視線を感じ、俺は少しイラッとした。だが、こういう高慢な女を組み伏せ、メス堕ちさせるのもいい。

俺が「高松裕二」だった頃には、こんなレベルの高い女などテレビの向こう側の存在でしかなかった。そう思うと、俺の象徴はさらに硬く尖った。



だが、それは次の言葉を聞いた瞬間、一瞬で萎えた。



「あなたが、『マルコ・モラント』ね」



ゾクンッ。



なぜ、こいつは俺の「本名」を知っている。



ジミーが調べたのか?こんな短時間で、隣国とはいえ壱地方の豪商の息子にすぎないマルコのことをどうやって調べた?

そもそも、捜索願など出ていなかったはずだ。もし出ていたなら、カルディアから出国などできなかったはずだ。


なら、なぜこの女はマルコのことを知っている?そもそも、この女は何者だ。娼婦ではないのか。


「ジャニスお嬢様。如何でしょうか」


低い、いわゆる「イケボ」が女の後ろから聞こえてきた。背の高い、眼鏡の男がそこにいる。

目は細く、切れ長の二重。穏やかそうに見えるが、どこか剣呑な空気を纏っている。年齢はジャニスと同じぐらいか、やや歳上か。

元の世界で半グレの一員として生きてきた俺は、本能的に悟った。……こいつは危険だ。少なくとも、修羅場を何度も潜っている。


ジャニスと呼ばれた女が「ふむ」と言葉を発した。


「転生者ね。この『色』からして、転生してから1週後ぐらいかしら」


「比較的早期に見つかりましたな。これなら元の魂も、それほど傷付けずに『浄化』できそうです」


「そうね。というわけで、大人しくなさいな」


「浄化」?何を言っている?


そう思うと、女は俺の頭に手を乗せた。次の瞬間。



「う、うおおおおおっっっ!!!?」



意識が「上」に持ち上げられる感触。頭痛とかそういうのではないが、何か得体の知れないものに、意識が引き上げられているような気がする。



これは、ヤバい。間違いなく、これは俺を「殺す」ための何かだ。



俺は咄嗟に女の手を掴んだ。「錬金術師の掌」だ。腕を豆腐にしてしまえば、握りつぶすことなど実に容易い。そう、さっきのゲイブという男のように。



「させ……るかっ……!!」



力一杯女の腕を握る。女が僅かに手を頭から離し、意識が戻ってきた。

女を傷付けるのは趣味じゃない。だが、このまま殺されるわけにはいかない。


この力は戦闘においても極めて強力だと俺は知っている。カルディアとレヴリアとの国境で盗賊に襲われた時も、この力で全滅させた。

相手の身体を豆腐や粘土のような柔らかい何かに変えてしまえば、拳1つで身体を貫通させることもできる。こんな2人組くらい、わけもない。


女の手首は柔らかくなり、ぐしゃりと潰れ……



潰れない???



「痛いわね。『恩寵』を使おうとしたわけ?」


女は呆れた様子で俺を見下ろした。眼鏡の男がやれやれと首を振る。


「どんな力を使おうとしたのかは知りませんが、お嬢様に全ての『恩寵』は無効ですよ。

どうやらその身体の持ち主は、お嬢様……ジャニス・ワイズマンのことを存じ上げていなかったようですな」


ジャニス・ワイズマン?「マルコ」の記憶の奥底に、そんな名前があったような気がする。

しかし、それを思い出している余裕など、俺にはない。


「クソォッ!!!」


腕を掴んでいた右手を離し、俺は窓へと駆ける。そして、ガラスを破り3階から下へと飛び降りた。


「うおらあああっっ!!!」


一気に地面が近付く。普通に考えれば、少なくとも足の骨折は免れない。そう、普通に考えれば。



だが、「錬金術師の掌」は掌以外でも発動できる。



ボヨォォォンッ



大地がトランポリンのようにたわみ、そして俺の身体は大きく跳ねた。泊まっていた宿が、一瞬で遠くなる。

足に「錬金術師の掌」を発動させ、地面の性質をゴムに変えたのだ。これで、そう簡単には追いつけないはずだ。


だが、もうこの街にはいられない。どうする?


ポケットには1万オード札が3枚。当座を凌ぐには最低限の金がある。まずはこれを使って移動しよう。

確か、街外れに駅舎があった。人口の多いヴァンダヴィルに行って、ほとぼりが冷めるまで身を隠そう。その上でより安全な場所に行くのだ。

確か、レヴリア南東の独裁国家セルフォニアは転生者の受け入れに寛容だった。皇帝グランに歯向かいさえしなければ、このままレヴリアにいるよりはマシなはずだ。どうやって入国するかは……後で考えるか。


駅舎はバザールの向こう側だ。大通りを通れば人は少ないが、地図を見る限りこっちの方が最短距離だ。俺は人波をかき分け、走りに走る。



……こんな所で終わるわけにはいかない。




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