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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼6「ムジークの『信頼を喰らう者』」
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6-15


「……は?」


目の前で起きた光景が信じられない。理解もできない。


マルカは、断末魔の叫びを上げる暇もなく上半身が肉塊と化し、消し飛ばされた。バタリ、と下半身だけが地面へと崩れ落ちる。


「な……何を、やったんだよ」


ハンスもその場に崩れ落ちている。それを支えながら、ジャニスがニヤリと嗤った。


「『100倍速』よ。自分の周りの時間を100倍に加速し、その上でロンズデーなんとかの石礫をマルカへと投げつけたってわけ。

転生者の貴女なら、その威力が分かるでしょう?100倍の速度に加速された石礫が、どれほどの威力があるか」


「恩寵、かっ……!!」


「その通り。もう貴女は終わりだから、そのぐらいは教えてあげるわ」


石礫の速度は、多分精々時速70キロとかその辺りのはずだ。だが、その100倍となれば……時速7000キロ。それは確か、超高威力のスナイパーライフルの銃弾の速度に匹敵する。

それがショットガンのように放たれれば……如何に強靱な皮膚と、驚異的な再生能力を持つ「魔人」であっても、即死は免れない。


ハンスが転生者であることは知っていた。だから恩寵を持っているであろうことも分かっていた。だが、ボクは……自分とマルカの力を過信し、奴の恩寵について考えを巡らせていなかった。


何という失態、何という油断っ……!!!ボクは、転生しても同じ過ちを繰り返したのかっ……!!!


ハンスは倒れたまま動かない。「100倍速」とやらは、相当な反動があるものらしかった。ジャニスも、彼のそばを離れようとしない。こちらを攻めることができないのだ。

そのことに気付いたボクに、活力が戻ってきた。そうだ、今なら奴らを殺れるじゃないか。如何にジャニスが超一流の魔道師でも、恩寵の力で強化されているボクなら何の問題もないっ!!


構えを取り、飛びかかろうと後ろ足に体重を乗せる。魔力を右拳に込め……



……魔力が、思うように集まらない??



「え……どうして」


「アハハハハ!!!」とジャニスがボクを見て嗤った。


「貴女の恩寵の中身は大体分かってるわ。相手の信頼を自分の力とするのでしょう?でも、もうその相手はいない。いても、もう虫の息」


ゴクリ、と唾を飲み込んだ。ファルハ酒で上がった体温が、急激に冷えていくのを感じる。


ジャニスがロッドをこちらに向けた。まずいっっ!!!


ボクは踵を返して、社の参道へと走った。まずいまずいまずいっ。完全に追い詰められた。あいつらから、まず逃げるしかないっ!!


参道からは、あのユウという女とフリード皇太子、そしてカタリナが来るはずだ、3対1と数的には不利だが、これから数百人の国民が来る。彼女たちがくれば、ボクの恩寵を発動して形勢を一気にひっくり返せる。

なぜボクが予測していたよりハンスとジャニスが早く着いたのかは分からない。恩寵を使ってきたのかもしれない。だが、流石にあいつらはそんなことはないはずだ。

ダークエルフの身体能力であれば、普通に歩いていても人間よりは大分速い。あの距離なら追い付いているか、ひょっとしたら追い抜いているはず……


参道の遥か向こうに、人波が見えた。そして、3人の姿はまだ見えない。


……間に合ったっ!!



安堵の表情を浮かべたその瞬間、上から誰かが「跳んで」くるのが見えた。



ザシュッ



「よお」


私の5mほど手前で、その長い黒髪の少女は着地した。白いワンピースをはためかせながら。


「……え」


「残念だったな。あんたの『援軍』はフリード陛下とカタリナが足止め中だ」


よく見ると、人波は動いていない。ここまで、あと300mもないはずなのに。

その先頭をよく見ると、2人の人物がいた。遠くてはっきりとは見えないが、あれは、恐らく……


「陛下とカタリナは5年前、ここを救った英雄らしいからな。事情説明を聞こうとする気ぐらいは、ムジークの連中にもあるみてえだな。

んで、俺は自分の恩寵を使って跳んできたってわけだ。この分だと、ハンスが言ってた『オペレーション:メテオシャワー』ってヤツは成功したか」


ジリ、ジリとユウが距離を詰めてくる。返り討ちにしなければと思うが、腕が動かない。そもそも、本気ではなかったといえ魔人の攻撃を捌ききれるほどの奴なのだ。今のボクで、敵う相手じゃない!!!


「うわああっっっ!!!!」


ボクは踵を返して社の方に走り出した。向こうにはジャニスがまだ残っている。戻っても返り討ちにされるのは間違いない。

その絶望と、恐怖で涙が出てきた。……あの時と同じように。




ボク――田尻雄太の人生に、挫折などなかった。



ボクは裕福な家に生まれた。父は国会議員で、母は大学の准教授だった。子供の頃から習い事や塾に通い続けだったけど、それは全く苦にならなかった。

「王道を行き、この国のトップに立つ」。それこそが自分の人生であると疑いもしなかった。


アイドルのスカウトが来るほど、ルックスにも恵まれていた。女の子だけでなく男からもモテたし、自分の恋愛対象が両方であるのも中学の頃には自覚していた。

そして、それを苦痛に思うこともなかった。むしろ、「人を支配するには都合がいい」とすら感じていたのだ。


そう。ボクは人を自分の思うように動かすことに快楽を覚える人間だった。それが悪いこととは、全く思わなかった。皆、喜んでボクに従ってくれる。それのどこが悪い。

自分には知力も、財力も、魅力もある。腕力だけはあまりなかったけど、そんなのは取り巻きが何とかしてくれる。

金も、人も、愛も、思うように自分の所へ集まってくる。それを物足りないと、一切思う事なんてなかった。


そうやって、ボクは26歳まで生きてきた。


超一流高校から東大へ。そしてその人脈を生かして寄付を収益源としたソーシャルビジネスを起業した。

ビジネスは順調にマスコミや官庁に食い込み、ボクは時代の寵児となり始めていた。そしていつかは父の跡を継ぎ、この国を支配していく。そんな青写真が見え始めていた。


まさに完璧な人生を、ボクは歩んでいた。……そのはずだった。



その運命は、わずか1日で暗転する。




「警視庁?」


ボクは訝しげな目で、目の前の礼状を見た。強面の刑事が、重々しく頷く。


「詐欺罪で家宅捜索の令状が出ています」


「……は???」


どういうことだ。寄付の一部をピンハネして懐に入れてはいたが、あんなものは許容範囲のはずだ。一応然るべき団体に、形式的に金は流れていた。内部告発がなくては、そんなものはバレようがない。

そもそも、内部告発など出るわけがないのだ。団体の職員は、皆ボクに心酔している。裏切りそうなヤツは、そいつの社会的生命を終わらせるような弱みを握っている。組織とビジネスの掌握は、完璧なはずだ。

SNSでの炎上も、未然に防いでいた。マスコミだけじゃなく、インフルエンサーもほぼ全てボクの味方だ。ボクに、一切の隙があるはずがない。


「誰だっ!!!」


ボクは思わず叫んだ。


……すると、ボクの横にいる副会長の柏木がニタリと嗤ったのだった。


「僕だよ」


「……は??」


「お前の忠実な腹心を、大学時代から数えて5年演じてきた。胸糞悪いビジネスにも、敢えて加担した。裏で女を孕ませ、その子供を裏で人身売買組織に『慈善名目で』売った時には心底反吐が出そうだったよ。

だが、それも終わりだ。全ての一連の書類を、警察に提出した。立件は不可避だ」


「……何のために。それに、お前もただじゃすまな……」


「僕は地獄に行く覚悟はできてる。だが、お前も道連れだ。お前を『殺す』決定的な事件を、忘れたとは言わせない」


何だそれは、と口に出しかけて「あっ」とそれを押しとどめた。



心当たりは、ある。16の時の、「アレ」か。



高校で、1人だけ靡かない女がいた。ボクを「胡散臭い」といって敬遠し、一人教室にいた女だ。ルックスはまあまあ良かったが、とにかく堅物で愛想がなかった。

ボクはこいつを「堕としたい」と思った。こういうヤツを自分に跪かせ、奴隷にする。それまでも何人かそうしてきた。


心を屈服させるには、まず身体からだ。合法麻薬を使い朦朧とさせ、その上で丁寧に身体を快楽に堕とさせる。気付けば自分から身体を開くようになり、和姦の成立というわけだ。

一度ヤッてしまえばこちらのものだ。証拠写真を撮り、強請り、もう一度快楽に堕とす。何回か繰り返せば、心も身体も従順な性奴隷の完成だ。もし心が壊れたら、ソープか何かに沈めればいいだけのことだ。


だが、そいつは……そいつだけは上手く行かなかった。一服盛られる寸前にこちらの意図に気が付いて逃げ出したのだ。

そして追いかけたところに……トラックが来た。即死だった。


確か、名前は……


「柏木碧。覚えているだろう?僕の妹だよ」


柏木は、憎悪のこもった目で僕を見ていた。刑事が「どういうことですかな」と距離を詰めている。


「あれは、事故だ。ボクが、殺したわけじゃない」


「だが、お前の被害者は大勢いた。碧も友人に助けてくれと頼まれていたんだ。その時の証言が書かれたノートを、僕は持っている」


「そんなの何の証拠になるんだ!?あれは親告罪だ、被害者が声を上げなかったら……」


「刑法は6年前に改正になっている。全ての性犯罪は非親告罪になっているんだよ。十分な証拠さえあれば立件は可能だ。

お前が絶対に逃げ出せないタイミングで、このカードを切ろうと思ってた。今がその時だ」


刑事がさらに距離を詰めていた。まずいっ。このままでは……ボクの全てが、終わる。


ボクは咄嗟に、ビルのガラス窓に向けて駆け出していた。椅子を投げつけると、大きなヒビが入る。あそこから飛び降りて、何とか逃げるしかないっ。

たしか、2階下にはバルコニーがあったはずだ。あそこに下りれば、ワンチャン無傷で行ける。そういう判断だった。


全力で、ガラス窓を破る。振り向くと、上からは怒声が聞こえた。やってやった。そう思って下を見ると……



バルコニーが、ない。



噓だ。そんな馬鹿な。なぜだ。



混乱する頭の中で、ボクは激しい後悔に襲われていた。絶望と恐怖と後悔で涙が出てきた。

なぜ、柏木を信用しきった。油断と慢心さえなければ、あいつが柏木碧の兄だとすぐに気付いたはずだ。そうすれば、こんなことにはならなかったはずだ。



死にたくない。こんな馬鹿げた死に方なんて、絶対にしたくない……!!!




激しい衝撃。そして、気が付くとボクはあの白い服を着た爺の前に立っていた。



そして今。ボクは全力で走っていた。ダークエルフの足は速い。参道から逸れ、崖の方を駆け上がれば、ひょっとしたら逃げ切れ……


後ろから冷めた声が聞こえた。


「無駄だぜ」


ユウの言葉と共に、地面がゼリーのように柔らかくなった。ボクは足を取られ、そのまま地面へと倒れ込む。


そして、後頭部に誰かが触れる感触がした。


「や……やめろおっっっ!!!た、頼むから、命だけは……!!!」


「殺しはしねえよ」


その言葉にほっとした。だが、後頭部の感触はさらに強まっている。

何かが、頭から引き抜かれていく。何を、しようというんだ。



ユウが、女のものとは思えないほどの低い声で呟いた。



「だが、あんたは『消す』」



意識が、「吸い取られていく」。叫び声を上げようとしたが、声にならない。


そんな、馬鹿な。こんな、間抜けな終わり方なんて……あってたまるか。



それが、ボク――田尻雄太の、最期の意識になった。




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