6-13
「……んっ!!?何だこの臭いは」
窓からモニカの部屋に入ろうとしたユウが顔をしかめた。私はユウの手を引く。
「私が先に入ります。ジャニスと貴方は、外で待機を」
「は??……つーか、身体が熱く……」
「ジャニスに解毒魔法をかけてもらってください。ここには、私と陛下だけで入ります」
見る見る間に息が荒くなっていくユウを見て、私は顔をしかめた。予想通りか。
エレンを確実に籠絡するために、モニカと七長老は発情効果のある香を焚いているだろうということは、ケロルから事前に聞いていた。
そこに媚薬を一服盛り、快楽漬けにした上で精神操作魔法で「洗脳」をかけ直す。そうして自分に従順な「人形」を作り、信頼関係を上書きしていく。
それはかつて、ミルボアから帰ってきた女王に七長老がやったことと同じことだと、ケロルは吐き捨てていた。
幸い、香は男性には効かないという。女性しかいないムジークでは、これで十分ということなのだろう。
部屋に入ると、ツンとした刺激臭が鼻を突いた。アマリアの花を思わせるような猛烈に甘い香りにスパイスのような芳香、そしてその中に顔をしかめたくなるような濃い淫臭があった。
部屋には薄明るいランプが灯っていた。その奥には大きな天蓋付きのベッドがある。
そこには、怯えた様子で身を屈めている2人の女と、意識朦朧の状態で仰向けになっているエレンがいた。やはり全員、生まれたままの姿だ。
「な……何者なのですっ」
やや小柄な方の女は、シーツのような物で裸体を隠すと私を指さした。その表情はフリードを見ると凍り付く。
「あ……貴方はっ……!!?」
フリードはいつもの様子で穏やかに笑う。もちろん、目の奥は一切笑っていないが。
「久しいですな、七長老が第5席、アノピー殿。こちらで睦事ですかな」
「ち……近寄る……」
アノピーは右手を前に出し、何かの魔法の準備態勢に入った。私は瞬時に距離を詰め。グローブを彼女の顔に押し当てる。すぐに昏倒し、アノピーは意識を失った。
「ひっ!!?」
乳房が大きいダークエルフの顔が引きつった。股間にはぬらりと光った男根がある。彼女が何をしていたかを悟り、軽い吐き気を覚えた。
「……そちらは第6席、ディション様ですね。抵抗しなければ傷一つ付けません。ひとまず、ご同行願いましょうか」
「ぐ……」と怨嗟の声を上げながら彼女は立ち上がった。やはり、魔獣化はしない。これも読み通りだ。
推測するに、モニカ――というよりは彼女に憑依した転生者と七長老の関係は、極めてドライなビジネスパートナーだ。そこには信頼などあり得ない。そうである以上は、魔獣化などできはしないのだ。
カタリナが「ワーナーはケロルによって殺された」と言っていたが、そこからもこのことは簡単に想像はついた。魔獣化できるなら、ケロルの細腕で簡単に殺されたりはしなかっただろう。
気をほぼ失っているエレンをおぶり、窓から部屋の外に出る。清涼な高原の空気が、とてもありがたく感じられた。
「エレンっ……!!」
駆け寄るカタリナを押し留め、ジャニスが横たわるエレンの傍にしゃがみ込む。表情がたちまち険しい物へと変わった。
「解毒には相当時間がかかるわね。そもそも、『洗脳』を中途半端にかけられたのと性的拷問のせいで、精神がやられている可能性もある。しばらく眠らせておいて、RR辺りの専門家に診てもらう方がいいかもしれないわね」
「RRですか。彼女はミアンにいるはずですから、ここに来るまでは少なくとも一週間ほどはかかるでしょうね」
「そうね。ひとまず彼女は後回し」
ジャニスがディションに視線を向けた。
「事情聴取はこの女からになるわけど……この女、多分七長老の誰かよね。他の3人はどうしたのよ」
「1人は私が眠らせました。2~3時間は起きないでしょうな。ただ、残り2人がいない。2席と3席、ですかな」
「ははっ」とディションが嗤う。
「私が下等種族ごときに口を割ると思いますか?」
「口を割らなくてもこちらが勝手に心を探るわよ。RRほどじゃないけど、読心魔法はそれなりに長けてる。貴女が言った言葉が噓か本当か分かる程度にはね」
ジャニスの言葉にディションの表情が固まる。「ふふ」と笑いながら私は彼女に近付いた。
「さて……というわけで質問させて頂きましょうか。沈黙は肯定と受け取りますが、よろしいですかな?」
*
「大体貴方の推測通りだったわね」
後宮の一室、茶を啜りながらジャニスが言う。私も小さく頷いた。
流石に眠気が酷いが、滋養強壮の効果があるというこのフェイの草茶でどこまで体力がもつだろうか。
「結界の維持は輪番制と推測しておりました。彼女たちは結界維持のための施設にいるであろうと。恐らく、モニカと女王もそこです」
「そこが『千里眼』の施設も兼ねている、ということよね」
「国境監視施設とすれば、そう考えるのが自然でしょう。女王の主な居室がそこであるのとも、整合性が取れます」
カタリナによれば、七長老と会う時のみ女王は王宮に下りてくるのだという。下りてくるというよりは「呼ばれる」の方が適切かもしれないが。
フリードが「ううむ」と唸った。
「その施設が、『聖峰ムジーク』にあるということか。ここからはどのぐらいかかるのかい」
「徒歩で小1時間です。山の麓にあるので、行くのはそれほど手間でないです」
カタリナの言葉にフリードが腕を組んだ。ユウが手を挙げる。
「場所が分かってるなら、一気にケリ付けに行くのはありなんじゃねえか?陛下の近衛兵は20人ほどいるわけだし、数で押し潰すというのは……」
「それは乱暴に過ぎるね。ただでさえ僕らがここにいるのはまあまあ物議を醸しかねないんだ。
一応『外遊のついでにオルカ周辺を視察』という体で本国には伝えているわけでね。本格的な軍事行動を起こしているのがバレたら、父上は僕に蟄居を命じるだろうよ。
何より、今のマルカ女王は危険に過ぎる。彼女は『魔人』と化している。1人で近衛兵を全滅させることなんて容易いんだ」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「だからこうして悩んでいるわけさ。ハンス、妙案はあるかい?」
私は茶を啜り、思考を巡らせた。
モニカに憑依している転生者が狙うのは、「確実に私たちを殲滅すること」だろう。自分を浄化しようとやってきた私たちに絶望を与え、屈服させ、その上で嬲り殺す。そういうやり方を好む人物と推察した。
もし私たちに対抗するだけなら、ここから逃げてセルフォニアの連中と合流した方が圧倒的に安全だったはずだ。あそこで一旦退いたことからして、恩寵を使ってここにいる国民を全て魔獣とし、その上で圧殺することを考えているはずだ。
つまり、「モニカ」はこれから国民を集め、その上で彼女たちの前に姿を現すだろう。もちろん、自分の身の安全を確実に担保できる位置からだ。
身の安全については分かりやすい。女王に空を飛ばせ、それに抱えられるかそれに準ずる形で登場すればいい。弓矢や銃が届かない上空から演説なり何なりを行うのが「モニカ」の狙いだろう。
問題は、どうやって国民を1箇所に集めるか。その手段だけが分からない。
私はフリードの方を見た。
「一つ、訊いていいか。5年前、ミルボアからオークの軍勢が来たのだよな。フリードとカタリナが来るまで、どうやってムジークは凌いでいたんだ」
「確か……非常事態が発生すると、花火か何かが上がるらしい。それを受けて、聖峰ムジークの社に国民が集められたと聞いた。一種の避難場所、ということだ」
「その社が、即ち千里眼のある施設――ひいては女王の居室という理解でいいか」
カタリナが「その通りだと思います」と頷いた。
「私はこの国にいたことがほとんどありませんが……多分、そうかと」
「なるほど……厄介ですな」
私は唸った。二つの理由から、状況は思っていたより大分悪いと悟った。
一つは、ここの会話が「千里眼」を通じて全て筒抜けである可能性があることだ。「モニカ」も女王も、「千里眼」のある施設にいるだろう。こちらがどのような手を打とうが、即座に対応されかねない。
もう一つは、花火を上げられたら打つ手がほぼなくなってしまうことだ。聖峰ムジークに通じる道を近衛兵で封鎖することも考えたが、余所者である彼らの言うことをダークエルフたちが聞くとは思えない。
一方で、一つの疑問も生じた。なぜすぐに花火を上げないのだろう?
今は深夜の1時か2時だ。花火を上げても気付かれない可能性があるというのはそうだろう。つまり、花火を上げるなら早朝以外にあり得ない。
逆に言えば、それまでは猶予がある。フリードと近衛兵と一緒に社を攻めるのは不可能でも、私とジャニス、ユウの3人で向かうのはできるのではないか?
とはいえ、備えをしていないとも思えない。数の上ではこちらが3人、向こうは恐らく最低でも4人だ。
力量の面では十分という自信はあるが、マルカ女王は「100倍速」を使わないで倒せる相手ではない。
何より、夜襲に備えて別の場所に身を隠している可能性もある。空振りに終わったらアウトだ。今から素直に攻めるのは、確実な手ではないように思えた。
……とすると……いささか強引で乱暴だが、これぐらいしかないか。
私はジャニスに手招きし耳打ちをした。すぐにその表情は驚愕へと変わる。
「貴方、正気???」
「……お静かに。聞かれている可能性があります」
なおもジャニスに耳打ちをする。彼女もこちらに耳打ちを仕返した。反論だ。
そう、この作戦には重大なリスクがある。だが、後顧の憂いを断つには、それも一つの手だと思えたのだ。
再度狙いを説明するとジャニスがふうと息を付いた。
「あんた、心底えげつないことを考えるのね」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。他の皆さんには書面で説明を。『千里眼』で聞かれているかもしれませんので、ご了承を」
一通り作戦を伝達すると、フリードが苦笑した。
「……なるほどね。君にしかできない手段だ」
「厳密には『私とジャニスにしかできない』だな。ただ、後詰めがこの作戦の肝だ。……そこはユウ、貴方に任せます」
ユウが緊張の面持ちで「分かった」と首を縦に振った。
「とどめは俺、ということだな」
「ええ。今の貴方なら問題ないはずです。魔獣がいたら、躊躇わず殺してください。あるいは……」
カタリナが頷く。
「私がやる、ということですね。ユウさんを護るのも、私の役目と」
「然り。フリード、君もそれでいいか?」
フリードが「ふふ」と笑った。
「いや……僕も同行させてもらおう。カタリナほどではないが、腕に覚えはある。近衛兵に被害が出なければ、大事にはなるまいよ」
「すまない。今日はひとまず寝よう。短い時間だが、体力は温存しておいてくれ」
「了解だ」
この時間に襲撃して、万一「モニカ」たちが不在だと目も当てられない。確実に奴らが社にいるタイミングは、花火を打ち上げた後だ。そこから国民が社に着くまでの1時間弱が勝負と踏んだ。
そして、その時間を使って「一切の抵抗も許さず」殲滅する。その手段と武器は、私だけが持っている。
「オペレーション:メテオシャワー」が始まるまで、あと4時間程度だ。




