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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼6「ムジークの『信頼を喰らう者』」
129/369

6-12



「あ……がっ……」



女王の腕が抜き取られる。ケロルはそのまま、前のめりに倒れた。


「ケロルさんっ!!?」


「お母様っっ!!!」


あっというまに、床に血溜まりができていく。俺にでも分かる。……これは、致命傷だ。

女王を見ると、なおも穏やかに笑っている。完全に、正気の沙汰じゃない。


「マルカ女王……貴女っ……!!」


「国を乱す者は処す。それが妾の定め。貴女たちも消えなさい」


再び槍のような速度で貫き手が伸びてくる。ジャニスに届く前に、俺はそれを粘土状へと変えた。


ぐにゃり


「あら」


「助かったわ、ユウ……え?」


何を驚いているのだろうか。ジャニスが、信じられない物を見るかのような目つきで俺を見ている。


「どうしたんだよ、助けてやった……」


「何で貴方、恩寵が使えるの」


俺ははっとした。確か、こいつの半径5mでは一切の恩寵は発動しない。例外は、生まれながらの転生者で魂の色が「青」のハンスだけだ。


だが、今はそんなことより優先すべきことがある。


「し、知らねえよっ!!それより、あいつを何とかしないとっ」


「……そうね」


ジャニスがロッドを抜いた。女王の腕は、また元の位置に戻っている。ダメージはないのか?


「驚きましたわ。貴女、妙な術をお使いになるのね」


「……知ったことかよ」


俺は女王の脚元の辺りを、緩いゼリーのような物へと変えた。ずずずっ、と彼女が沈み込む。


「あらあら」


そう言うと彼女は倒れ込みながら腕を薙ぐ。その先から、ビームのような何かが放たれるのを見た。


ザンッッッ


「ぐおっ!?」


「危ないっ!!!」


カタリナが俺を突き飛ばす。その数メートル先に、まるでショベルカーで掘った後のようなくぼみが床にできていた。こいつ、魔法まで使えるのかっ!?


「ユウさん、怪我はっ」


「ああ、あんたは……」


「私は大丈夫です、それよりお母様を……」


焦燥を隠そうともせず、ジャニスが俺たちを見る。


「……ユウ、カタリナ。逃げるわよ」


「え?」


「私は、この手の相手に一度会ったことがある。ハンス以外には、どうすることもできない」


カタリナがゴクリと唾を飲み込んだ。


「……ケイト様の件ですか」


「彼女よりは、多分マシ。でも、私たちじゃどうにもならない」


女王はズブズブと床に沈んでいる。だが、これで何とかできるとは思わない。何より……


「ケロルはどうする気だっ」


「彼女は助からないっ、貴方も分かるでしょ!!?」


確かにそうかもしれない。合理的な判断と言えばそうだ。だが、このまま見捨てるのか?


その刹那の躊躇の内に、祭壇の方から何かが飛び出す気配があった。


「あらあら。こちらも本気でお相手しないといけませんわね」


女王は巫女服のような衣装を脱いでいた。下着のような妖艶な衣服に、阿修羅のような6本の手がある。背中には白い鳥の羽根があった。


「逃げなさいっ!!!」


ジャニスが叫ぶ。俺は床をゴム状にして、右奥の廊下へと跳んだ。俺が囮になるっ!!


「そちらに逃げますか」


激しい風が後方から吹き付けた。チラリと奥を見ると、女王が嗤いながらこちらへと飛んできている。

さっきので学習したのか、奴は宙に浮いていた。これでは床を変化させて足止めはできないっ!


「私は無視ってわけね!!」


ホールの方からジャニスが叫ぶ。ロッドから雷撃魔法が放たれ女王に直撃したが、一切意に関する様子がない。


「そちらには行かせませんわよ」


ビッ、と何か熱い物が俺のすぐ側を通り抜けていった。微かに、何かが焼き焦げる臭いがする。それが自分の髪だということに、すぐに気付いた。


「クソッッッ!!!」


再び床をゴムに、そして目の前の壁をゼリーへと変える。床を蹴った俺の身体は、勢い余って壁を突き抜け、外の地面に叩き付けられた。


「ぐはっ」


女王は俺を追ってこない。いや、来れないのだ。あの長い、昆虫のような6本の手のせいで、あいつは俺より大分サイズが大きい。俺が開けた穴からやってくるには、少しの時間が要るはずだ。


俺はすぐに立ち上がり、20mほど先にある明かりの灯った部屋を見た。あそこに、モニカがいるはずだ。幸いにして、女王の飛ぶ速度はそこまで極端に速いわけじゃない。今から向かえばギリギリ先に着けるはずだっ。


その時、中庭が騒がしくなっているのに気付いた。誰かがやってきたのか?あるいはまさか、新手が襲ってきたのか??


冷や汗が流れる。もはや、一刻の猶予もない。俺は地面を蹴り、部屋へと急ぐ。


「待ちなさいな」


振り向くと、ガラガラッ、という音と共に壁を破って女王が現れた。思っていたより来るのが早いっ!!


「ちっ!!!」


俺はダメ元でモニカがいるはずの部屋の地面を軟化させるように念じた。そこまで効果範囲が広がっていれば儲け物だっ!!



ズ……ズズズッッ



ゆっくりと、部屋の辺りの一角だけが、地面へと沈んでいく。本当にできるとは、自分でも思っていなかった。

同時に、ミミのこの身体の魔力の強さに改めて戦慄した。ここまで能力が強くなっているとは、本当に洒落にならない。ジャニスの特殊体質も無視できるのなら、セルフォニアとしては喉から手が出るほど彼女を手にしたいだろう。


「何事っっっ!!?」


女の叫びが聞こえる。女王が俺を無視して、部屋の方へと猛烈な勢いで飛んでいった。


俺は立ち止まり、一旦様子を見ることにする。あの女王は、殺す気でかからない限りはどうしようもない相手だ。そして、後々のことを考えれば、彼女はできるだけ生かしておかないといけない。「千里眼」を使えるのは、彼女だけなのだ。


「ユウッ!!!」


後ろからジャニスの声が聞こえた。振り向くと、ジャニスに続いてカタリナが穴から地面に降り立った。そして、その後にハンスと、長い髪の無精髭の男が現れる。


「あ……あんたは」


「説明は後。……あれが、噂の『魔人』か」


フリードの視線の先には、6本の腕を大きく広げ、部屋を守ろうとしている女王がいる。


「……モニカには、一切手を触れさせませんわ」


「そんなことを言われてもねえ。僕たちは、彼女に会いに来たのだけど」


「させませんわっ!!!」


彼女の身体が紅く光る。ハンスが身体をかがめ、攻撃態勢に入ろうとしたその時だった。


「話だけは聞いてあげましょうか、お母様」


静かな、よく響く高い声が聞こえた。そして、傾いた部屋の窓から一人の少女が姿を見せる。

褐色の肌に長い金髪。ネグリジェを思わせるようなほとんど裸当然の衣服で、彼女は地面に降り立った。


「……あんたが、モニカか」


「口を謹みなさい下郎。私こそはムジーク自治区第2……いえ、正統後継者。モニカ・オルカ・ムジーク」


「魂見」を使ってみる。やはりこの身体だと射程が伸びているのか、10mほど先にいる彼女の魂の色がはっきり見えた。


「赤、だな」


俺の言葉にジャニスが頷く。


「まだ完全憑依前、ってことね」


「ああ」


「いいわ、そっちの方が戦後処理がしやすい」


ハンスが一歩前に出て、いかにもわざとらしく跪いて一礼した。


「これはこれは大変失礼しました。ムジーク『第二皇女』様。何分蛮族ですので、作法も知らず。

いや、こう言った方がよいですかな?……モニカ様の名を騙る転生者殿」


モニカの表情が固まる。そして、急に口調も変わった。


「……そういえばお前たちは『祓い手』という奴らだったな。後ろの怪しいおっさんも、その一味か」


「ふふ、僕のことは知らないらしい。まあ、僕は不敬だとか何とか言うつもりはないけどね。フリード・デュ・レヴリアだ。レヴリアの皇太子をやっている」


「……ボクの姉の恋人だったな。まあいい、ボクにとって、そんなことは些末なことだ。母上」


こくんと、女王が首を縦に振る。そして、6本の腕でモニカを抱くと宙高く飛び上がった!?


「この件、レヴリアからムジークへの宣戦布告と受け取った!!!覚悟召されよっっ!!!」


「待ちやがれっっ!!!」


「錬金術師の掌」で腕を軟化させようとしたが、飛び上がるスピードが速くあっという間に射程圏外に出てしまった。モニカと女王は、そのままいずこかへと去っていった。


「クソッッ!!!逃げられたっ」


唇を噛む。やはり躊躇せず、母親ごとやるしかなかったのか……

ハンスが微笑んで俺の肩をポンと叩く。


「そうですね。ただ、これでやりやすくなった」


「……は?」


「彼女は『宣戦布告』と言った。つまり、このまま国外に逃げるというこちらにとって一番やって欲しくない選択肢は多分採らない。

あの転生者はプライドの高い人物と見ました。態勢を立て直し、その上で我々をねじ伏せるつもりでしょう」


「それがどうして、やりやすくなったということになるんだよ」


「まずあちら」


ハンスが部屋の方を指さした。


「あそこにはエレン様がいるはずです。既に魔獣化させられているかもしれませんし、そうでなくても七長老がいるでしょうが、この人員なら対応は恐らくできる。こちらも、どうすればアレに対応できるか慣れてきましたしな」


「……でも、それだけじゃ……」


「先ほど、話したことを覚えていますか?」


さっきハンスが話したこと?一体何だと言うんだ。迷っていると「まだまだねえ」とジャニスが笑った。


「不特定多数を対象とした、恩寵の発動。それを狙っているというわけね」


「さすがジャニ……いえ、お嬢様。ええ、彼女――中にいるのは『彼』かもしれませんが――とにかく、モニカを騙る転生者の狙いはそれです。だからこそ『戦争』という表現を使ったというわけです。

恐らくは、フリード陛下の襲来も薄々は感じ取っていたのでしょう。その備えまでは十分ではなかったようですが……」


「ただ、何らかの方法を使って『演説』さえできれば、聴衆を同時に魔獣に変えることができる。そして、本人もあの時の『フリード』のように超強化される」


「ええ。逆に言えば、必ず彼女は人前に姿を現す。恐らくは明日の朝か、遅くとも正午までには」


ここに来てようやく俺もハンスの意図を理解した。


「そうか、それまでに迎撃の準備を整えてしまえれば……」


「そういうことです。とりあえず、まずはモニカの部屋に行きましょうか。エレン様が無事であれば良いですが」



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