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悪役令嬢と性悪執事は転生者狩りをするようです  作者: 藤原湖南
依頼6「ムジークの『信頼を喰らう者』」
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6-11


10倍速の時間の中では、全てがスローモーションに見える。私は投擲に入る前に、周囲を見渡し状況を確認した。


右の魔獣との距離は5m、左は10m。どちらも頭部に石を当てるのは然程難しくはない。

私の筋力だと、石の速度は時速110~120キロ程度。10倍速を使えば、音速に迫る速度になる。硬球より少し小さい程度の石を顔面に当てれば、頭部が鋼鉄でできていても即死かそれに準ずるダメージを与えられるはずだ。


問題は、他に魔獣がいないかだ。本殿にいる魔獣はまだこちらには来ていない。手持ちの「弾」は5個。後々のことを考えると、ここで全弾を使いたくはない。

振り返ると、右斜め後ろにも何か光るものがあった。魔獣の目だ。私の制限時間は20秒。果たして、間に合うかどうか?


ビュッ


「グオオオオオッッ!!!??」


まずは右の魔獣に石が直撃する。眉間の辺りが大きく陥没し、苦痛の悲鳴と共にゆっくりとそれは倒れていく。

息つく暇もなく懐から2個目の石を取り出す。全身のバネを利かせるように、大きく身体をしならせるように右腕を振った。


「グ……ガ……」


的が大きい分当てやすいのは僥倖だった。獅子の頭の右半分が吹き飛ぶのを確認する。これで2体目。


もう1体を始末するか私は一瞬躊躇した。まだ距離はある。後宮に入り、ジャニスたちに合流することも十分可能だ。あの図体だと建物を破壊しない限りは中に入れない。そうした方が正解だろうと思い、足を後宮に向けようとした、その時だった。



……後ろに――本殿の方に誰かいる。



その姿を見て、私は戦慄した。なぜ、この男がここにいる。



私はバックステップを踏み、咄嗟に距離を取った。次の瞬間、身体が鉛のように重くなるのを感じる。男はロッドを、私の方に向けていた。



「どういうことだ、ジェイソン・ブローム……!!!」



私はさらに後退し、奴の重力魔法の範囲から逃れる。「時を統べる者」も、一旦切った。

私の恩寵と奴の魔法は、相性が極めて悪い。時間をどんなに加速させようと、動き自体を鈍重にさせられたら何の意味もないのだ。


「見ての通りだ。同盟国への協力だよ」


「同盟国……!!?ムジークは、鎖国状態にあったはずっ……」


「同盟を結んだのはここ数日のことだよ。セルフォニアの特使として僕がここに入ったのも、つい1、2時間前。山道を一人で上がるのは、この年ではなかなか骨が折れた」


じり、じりとブロームが距離を詰めてくる。残り一体の魔獣も同様だ。


フルスピードで思考を巡らせる。これは一体どういうことだ。弱まっているとはいえ、強力な幻影を見せる結界がムジークには張られていたはず。どうやってそれを突破した?


いや、そもそもがおかしかったのだ。モニカは私たちの襲撃を事前に読んでいた。それも、恐ろしく念入りに潰しに来た。

モニカに憑依している転生者が極度に用心深く、頭の回る人間である可能性は否定しない。ただ、ここまで完璧に裏をかかれたのは正直違和感しかない。



「……あ」



脳裏に一つの可能性がひらめいた。これなら全て見抜いていてもおかしくはない。そして、全ての辻褄が合う。

その悍ましい推測に、鳥肌が一気に立った。なぜ、この可能性を私は無視していた??



「……千里眼、かっ」



月明かりに照らされたブロームが、どこか満足そうに頷いたのが見えた。


そう。マルカ女王が使えるという「千里眼」なら、この世界で起きているあらゆる事象にアクセスができる。収監された私たちが、奇襲計画について話していたのも筒抜けだったというわけだ。

そして、モニカに憑依した転生者は、「千里眼」を使わせることでセルフォニアのことを知った。もし彼女が版図の拡大を狙っているのならば、セルフォニアと手を組むことを考えたとしても不思議ではない。


どうやってブロームにアクセスを取ったかまでは分からない。ただ、もし……「千里眼」が万一指定する相手の様子を見るのみならず、会話までできるほどの魔法であるのならば?

いや、そもそも魔法ですらないかもしれない。エレンはあの結界について「太古からあった物の残滓」を使ったと言っていた。つまり、現在よりも遥かに科学技術や魔法技術が進んだ古代遺跡の施設を「千里眼」と呼んでいた可能性はある。


だとしたら……そんなものをセルフォニアが握った日には、こちらは一切打つ手がなくなる。


「流石だね、ハンス・ブッカー。その通りだよ」


ヒュンとロッドが振り下ろされる。両腕が猛烈に重くなったのと同時に、魔獣が襲いかかってきた。


「グオオオオオッッ!!!」


脚は幸いにしてギリギリ射程圏外だったようだ。力を振り絞り後退すると、目の前を鉤爪が通り過ぎていくのが見えた。


ブオッ


すぐさま二撃目の態勢に入るのが見えた。モニカと相対することを踏まえて力を温存していたが、これはここで出し切らないとマズいっ!!



「……『20倍速』ッッ!!!」



バックステップで一気に大きく距離を取る。さっきまで「10倍速」を使っていた都合上、この速度で動けるのはせいぜい2、3秒しかない。

だが、それだけあれば十分だ。石を手に取り、魔獣へと全力で投げ付ける。推定マッハ2の速度で放たれたそれは、魔獣の胴体に大きな風穴を開けた。

そして、そのまま中庭の端まで移動する。ブロームとの距離は推定20~30m。流石のあいつでも、ここまで重力魔法は届かないはずだ。


「はあっ、はあっ……」


恩寵の効果が切れ、私は大きく肩で息をする。回復までには数分がかかりそうだ。それまで、ブロームに捕まらないまま逃げねばならない。


「流石だね。だが、これで君もネタ切れのはずだ」


ブロームが再び、無表情のままこちらにゆっくりと近づいてくる。脚力にはそれなりの自信があるが、この限られた空間でどこまで凌げるか?何より、本殿にいる魔獣がこちらに来たら、完全に詰みだ。



その時、後宮から悍ましい気配がした。



魔力に乏しい私でも分かる。何か、極めてマズい事態が向こうで起こっている。


「始まったね」


「……何がだ」


「マルカ女王だ。君の仲間たちで、どこまで戦えるかどうか」


ブロームは少し悲しそうに呟く。


……そうか。モニカの恩寵が互いの信頼関係によって肉体と魔力を強化させるモノだとすれば、肉親であるマルカ女王が最も強いに決まっている。

10年前のケイトほどではないにせよ、それに準ずる程度の力があっても不思議ではない。ジャニスとユウには十分な戦闘力があるが、ケイトに近いレベルの「魔人」を凌げるか??


焦りと恐怖で、全身の毛穴から一気に汗が噴き出した。一刻も早くブロームを始末しなければいけないが、私はガス欠に近い。切り札の「100倍速」を使う余力もない。一体、どうすればいい?



「ギャオオオオッッッ!!!?」



その刹那、本殿の方から魔獣の咆哮が聞こえた。何が起こった??


「何っ???」


ブロームも驚きの声を上げている。これは奴の想定にもなかったことのはずだ。そもそも、この咆哮からは苦痛の響きがする。何かが本殿で起きているのだ。



「矢を射ろっっっ!!!攻め手を止めるなっっっ!!!」



誰かの叫びが微かに聞こえる。剣戟の音も響いてきた。誰かがここに攻め入っているのだ。


そして、何かが倒れる地響きの後、本殿から中庭に通じる扉が開く。先陣を切る人物の姿を見て、私もブロームも硬直した。



月光に照らされた純銀の鎧。長い黒髪に無精髭の男は、私の姿を見て微笑んだ。



「何とか間に合ったようだね」



「フリードッッ!!!?」



フリードに続いて、近衛騎士団が一気に中庭に雪崩込む。ブロームは飛行魔法を使い、咄嗟に上空に逃げた。


「なっ……!!?どうして、貴方がっっっ!!?」


「手品の種を敵に明かすほど、僕はお人よしじゃないんだよ」


弓兵が一斉に弓を引こうとするのを、フリードが止めた。


「やめな。重力魔法の使い手である彼に弓矢は効かない。こうしなきゃ」


フリードは懐から純銀の銃を取り出すと、「パンッ」と一切の躊躇をせずに引き金を引いた。


「ぐおっ!!?」


銃弾はブロームの肩口に当たったようだった。苦悶の表情が、ここからでも分かる。


「重力魔法で少し軌道をずらしたか。でも、もう君は逃げることしかできない」


「……そのようだな。撤収させてもらうっ」


ブロームはさらに上空へと飛ぶと、そのまま「フォン」と姿を消した。例の転移魔法か。


フリードはやれやれと首を振ると、私の方に近寄ってきた。目の前で起きていることが信じられない。どうして彼がここに??


「……本当に、君なのか」


「幽霊でも幻覚でもないよ。正真正銘、フリード・デュ・レヴリアだ。流石に、ジェイソン・ブロームがここにいたのは心底驚いたが」


「どうして、ここに」


フフ、とフリードが笑う。


「昨日の夜、カタリナから連絡を受けていたんだよ。僕に黙ってムジークを訪れていることの詫びだね。少し厄介なことになるかもしれないと言われて、嫌な予感がしたのさ。頼まれたわけじゃないけど、こっちに様子を見に来ることにしたのさ。

幸い、キャルバーンでの用事は早めに終わったんでね。こっちに向かうだけの時間はあった。そして、こっちに着いてマルカ女王にご挨拶でもしようと思ったらご覧の通りだったわけだ」


「だが、結界は……」


「あそこの仕組みは5年前に了解済みさ。崖までの距離まで分かればロープを使って崖を降りるだけでよかった。結界がなぜか弱くなっていたのも幸いしたね」


私は心底安堵した。カタリナに助けられた、というわけか。


「そうか、本当に助かった。だが、状況は……」


フリードが真顔になって頷く。


「ああ。セルフォニアも1枚噛んでいると分かれば、もはや猶予はない。内政干渉は趣味じゃないが、一刻も早くこの異変を解決しなければ」


再び、後宮から爆音が聞こえた。もはや猶予はない。


「急ごう。私が先陣を切るっ」



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