6-10
「急げっっっ!!!」
ハンスの叫びと共に、俺たちは後宮に突入する。こうなったらあいつに任せる以外に手はない。
プランは完全に崩れた。モニカを浄化するのは、俺たちでやるしかない。しかし、できるのか??
「何奴!?」
まだ兵士がいたかっ!?
俺は手をかざすと、奴が立っている辺りをゼリー状に変えた。「ぬおっ??」とバランスを崩したところに、ジャニスがロッドの先から雷を飛ばす。すぐに全身を痙攣させて、そいつは床に突っ伏した。
「いい判断ね!このまま先に……」
「ちょっと待ってくれ」
俺は足を止めた。何かおかしい。
「ケロルさん。モニカの寝室は、もっと奥だよな」
「はい。奥の院の二の間です。一の間がマルカ様の部屋です」
「そうだよな。とすると、ここに兵士がいるのは変だ」
兵士が立っていたのは、入口近くの部屋の前だ。ここに誰かがいるとみるべきだろう。
嫌な予感がした。こういう時の嫌な予感は、大体当たる。
キィ、と軋んだ音がした。その先に見えたのは……
「ふーっ、ふーっ……!!!」
「カタリナッ!!!?」
彼女の両手はベッドの上部に繫がれ、両足は下部に繫がれていた。何も着ていない素っ裸な褐色の肌を、ランプが妖しく照らしている。汗で濡れたそれはひどく妖艶だったが、顔には苦痛の色が見えた。
そして、その横には……背の高い、やや男性的な顔立ちの女が羽のような物を持って座っていた。
「ワーナーっ!!?」
ケロルが叫ぶ。驚きの表情を見せた女が立ち上がるのと、ジャニスが雷撃を放つのはほぼ同時だった。
「ぎゃああっっっ!!?」
ワーナーは即座に昏倒した。俺はカタリナの元に行き、恩寵を使って枷を外す。股の辺りからは、白っぽい液が流れていた。何が起きていたのかを察し、俺は目を背ける。
「あ……あ……」
枷を外されても、カタリナは呆然としてベッドから動けないようだった。ジャニスが近付き頭に手を当てると「……ちっ」と舌打ちをした。
「媚薬か何か、一服盛られてる。その上で精神操作魔法をかけられてたわけね。精神的な抵抗力を削ぐために薬漬けとは、いい神経してる」
「治せるのか?」
「まだ精神が壊れてる状態じゃない。少し時間をおけば立ち直れると思うけど……外道ね」
ケロルが冷たく気絶しているワーナーを見下ろす。するとワーナーの懐から短剣を取り出し、彼女の胸へと突き刺した。
「ぐふっ」
短剣を抜き取ると、胸からは鮮血がみるみるうちにあふれ出てきた。あまりに突然のことに唖然としていると、「……やっと一人」とケロルが呟いた。
「な……!!あんた、何やってんだよ!!」
「彼らに復讐する機会がやっと来たのです。……ベア様の真の仇は、ミルボアにあらず」
「は??」
「カタリナ様の父上、そしてマルカ様の真の伴侶……ベア様を屠るように仕向けたのは、ムジークの七長老なのです。彼が1人になる時機をミルボアのオーク達に告げたのは、この者たちでした」
「だ……だからといって殺すことは」
これまで温和なイメージしかなかったケロルの目が、鋭く俺を射抜いた。
「彼奴らを殺さねば、ムジークの未来も、マルカ様の真の解放もあり得ないのです。忌々しき旧習を廃す時が来たのです」
ジャニスが眉を潜めた。
「……復讐よりも先に、やることがあるでしょう」
「ええ。ですが、モニカ様を正気に戻しても、七長老が健在では意味がない。殺せるものは、殺しておかねば」
「ぐっ……」と呻きながらカタリナが起き上がった。さっきまで朦朧としている様子だったのに、回復が早い。
「……そ、その通りです。モニカの中にいる転生者と、七長老の意思は……一致している。オルカに攻め入り、そこから版図を広がる。血の行き詰まりを、侵略によって打破しようとしているのです」
「そんなの、上手く行くわけ……」
「私もそう思います。しかし……モニカは自信を持っていた。それが何かは、分かりませんが」
ワーナーの死体を見下ろしながら、カタリナが言う。ケロルが「何か着るものを」と、部屋の片隅に放り投げられていたシャツを手に取りカタリナに渡した。
彼女は頷くと、血塗れの短剣を手に取りヒュンと振る。
「心許ないですが、これで行きましょう。……エレンを探さないと」
「……別の所に連れて行かれたってことか」
無言でカタリナが頷く。背筋に冷たいものが流れた。ジャニスの表情も、一段と険しくなる。
「マズいわね」
「ああ。同じような拷問にかけられていたら……」
「それならまだいい。モニカを浄化するか、さもなきゃ殺せばいいだけだから。もっと悪い可能性がある」
「もっと悪い可能性……?」
「モニカのところにいるとしたら?」
あっ、と俺は声を出した。あり得る。
エレンは七長老の洗脳が解け始めていた。それを強固にすると同時に、モニカが恩寵を彼女にかけているとすれば……
「……洒落にならねえぞ」
「ええ。洒落にならない。確かに今晩がモニカを浄化する唯一の機会だったけど、向こうも馬鹿じゃなかった。奇襲への備えはしていたわね」
「でも、今更退くわけにもいかねえだろ」
中庭の方から「グオオオオオッッ!!!」という獣の咆哮が幾つも聞こえた。ハンスが魔獣を殺し始めているのだろうか。
「行きましょう」と、ジャニスが俺たちを促す。ハンスはそのうちこちらに追い付いてくるだろう。その上で、当初の予定通りモニカの近くにいる連中を引き剝がす。それしかない。
俺たち4人は奥の院へと向けて駆け出す。やがて一際大きな扉が見えた。俺はその材質をゼリー状へと変え、一気に突破する。
「二の間はどっちだっ!?」
「右奥で……す……??」
ケロルの表情が固まった。
その視線の向こうには、ケロルと同じぐらいの年齢の、巫女服のような服を着た女性が立っていた。まるで祭壇のような場所に、微笑みながら佇んでいる。
「マルカ……様……??」
「ケロル、良く来たわね」
「お、お久しゅう、ございます……ご無事、だったのですか??」
「ええ、私は元気ですよ。何も変わりなく」
ふらふらとケロルが彼女に近寄る。
その刹那。女王の口の端がわずかに上がったように見えた。
「避けろ!!!」「避けなさいっっ!!!」
俺とジャニスが、同時に叫ぶ。女王がかざしたその手は、まるで槍のように伸び……
ザシュッッッ
ケロルの胸を貫いた。




