6-8
「沙汰が下りるまではここで大人しくしておけ」
鎧を着た、背の高い女が冷たく告げる。乱暴に鉄格子が閉められ、俺は溜め息をついた。
空気は肌寒く、正直この薄着ではなかなかしんどい。一晩を過ごす程度ならまだ耐えられるが、何日も拘束されるとなると身体がもつか少し自信がない。夏だからと高地を甘く見てしまっていたか。
地下牢は石造りの殺風景な造りだった。寒さにやられる前に、退屈で発狂してしまうかもしれないな。あまりのんびりはしたくなかった。
ハンスとジャニス、そしてケロルとはそれぞれ別室だ。皇族であるカタリナとエレンは、「少し、お話を聞かせて頂きたい」と少し年嵩のダークエルフに連れられていった。そこで事情聴取、というわけか。
「にしても、何を聞くんだかな」
俺たちは一応合法的に「入国」したはずなのだが、やはりエレンが人間を入れたということが黒幕には気に食わないらしかった。彼女にかかった嫌疑は、まさにその点にあるという。
実際、俺たちの狙いはムジーク自治区における異変の調査と解決だ。黒幕にとっては酷く都合の悪い存在でもある。放っておけば、俺たちには早晩死刑判決が下され、執行されるだろう。
だから、事情聴取は多分形式的なものだ。ある程度の手続きを踏んだ上で、俺たち5人を処しにかかるだろうというのがハンスの読みだった。
だから、その前に動いて黒幕を何とかしないといけない。
俺は「錬金術師の掌」で手錠を粘土へと変えた。あっさりと手が自由になる。そして、隣の牢とを隔てる石壁に手をやる。どろんとそれは溶けていき、目をつぶって静かにあぐらをかくハンスの姿が見えた。
「ありがとうございます。来れますか」
「ああ。急ぎ、ジャニスとケロルもここに呼ぼう」
数分して、4人がハンスの独房の所に集まった。こうやっているのがバレたら事だが、流石に看守はすぐには戻ってこないだろう。
「……さて、状況を整理しましょうか」
ハンスが俺たちを見回す。
「ここから先はただの仮説です。異論があれば適宜受けます。
まず、恩寵の内容はかつて私たちが遭遇した転生者が持っていた『愛情を喰らう者』に類似したものです。ただ、全く同一ではない。複数人を同時に、というのは基本的に不可能でしたから」
「つまり、愛情とは別の物を『喰らっている』。そういうことね」
「ええ。あの魔獣の強さからもそれは間違いない。私たちが相対したケイトは――まさに『魔人』でしたから」
ジャニスが小さく頷いた。10年前の事件とは、そこまでヤバいものだったのか。
「確かに。あの魔獣は強かったけど、それでも私の電撃魔法の補助があればどうにかなる程度だった。……つまり、喰い、喰わせているものは愛情ほど強固な感情ではない?」
「私もそう思います。そして、もう一つ重要なのは、彼女たちが一度王宮に戻っていたという事実です。私たちを怪しいと思うなら、あの場ですぐに魔獣化すればよかったはず。しかしそうではなかった」
「……一旦黒幕の元に行ったということね。そこで魔獣になるように命じられた」
「ええ。あるいは、その人物に会うことが魔獣化の条件だった。ここからも、黒幕が王宮にいること、そして相応に位が高い人物であることが確定的となるわけです」
ハンスの目線がケロルに向いた。
「心当たりはありますか、ケロルさん」
「……私は5年前から蟄居の身です。今の王宮がどうなっているかは、それほど詳しくはありません。
ただ『七長老』の顔ぶれは変わっていないはずです。そのうち、宮廷内部の警備と雑事を仕切るのは――第7席、フロレンス・ワーナー卿」
そう言えば、あの守衛もそんな名前を言っていた。それなら話が早いっ。
「じゃあそいつで決まりじゃねえか?そいつの居場所を……」
「考えが早計にすぎますね、ユウ」
「は?」
ハンスが「やれやれ」と言わんばかりに苦笑した。
「そのことはとうに私は気付いていましたよ。確かに『七長老』なら守衛をどうこうすることは容易い。問題は、彼女がマルカ女王やモニカ皇女まで支配できるのか、という点です」
「長老ってのは洗脳みたいなことができるんだろ?エレンもその支配下にあるらしいじゃねえか。そいつが黒幕で何もおかしくはねえじゃねえかよ」
「ええ、支配だけなら。ただ、これが私が推測する恩寵だとすれば、何らかの『感情』を互いの間でやりとりしていなければならない。愛情であるか、友情であるか、あるいは忠誠心であるか――そして、そういった本質的な感情までは、長老は支配できないと見ます。……どうです?ケロルさん」
話を急に振られたケロルが固まった。
「……なぜ、私に」
「ここに来るまでに貴女の話は聞いていますよ。マルカ女王の親友であった貴女は、長老衆に疎まれオランの管理官という役職に飛ばされた。
貴女自身、本来であれば長老の椅子に座ることができた人です。ただ、それを敢えてせす、カタリナさんの教育係としてこれまでを過ごされた。それは貴女が真にマルカ女王のことを想われていたからです。違いますか?」
「……」
「ふふ」とハンスが笑った。
「まあ、それは本筋ではないのでやめておきましょう。とにかく、貴女は長老が使う魔法の性質を知っている。それは一種の『感情や信念の上書き』に過ぎない。だから、それが剝がれつつある今、エレン皇女は精神の混乱を来しているというわけです。
とすれば、同様のことがマルカ女王とモニカ皇女にも起きていると考えるのが自然です。もしそのワーナー卿が黒幕であるとすれば、少なくともマルカ女王の長老に対する心証は決して良くはないでしょうな」
「だから軟禁してるんじゃねえのか?」
俺の発言にハンスが首を振る。
「話は最後まで聞く物ですよ。確かにその可能性はあります。ただ、そうなると既に2人長老が死んでいることが妙です。
最初は末席のワーナー卿が下克上のために殺したのかと思いましたが、長老が死ねば死ぬほど女王や皇女への支配力は落ちていくことを考えると、道理に合わない。その分軟禁が困難になるわけですから。
ワーナー卿に憑依した転生者が愚鈍でそこまで考えが回らなかった可能性もありますが、もっと素直に考えるのであれば……」
「転生者が、2人のどちらかに憑依している。そういうことね」
ジャニスの言葉で、ようやく俺も気付いた。そうか、そっちの方が筋が通る。そして、どちらの可能性が高いかと言われれば……
「……怪しいのは、モニカの方か」
「どうしてそう思うのです?」
「王宮内に誰も立ち入らせるなという指示を出したのはモニカの方だったよな。つまり、そっちは正気だ。そして、自分にとって都合の悪い人間を排除しようとしているから締め出しにかかった」
ハンスがニヤリと笑った。
「ご名答。恐らく黒幕はモニカ・オルカ・ムジークその人でしょうな。そしてそう考えると、彼女に憑依した転生者が何を『喰っている』かも見当がつく。恐らくは、忠義、ないしは信頼」
地下牢が、一瞬静寂で包まれた。それを破ったのはジャニスだ。
「……それってマズくない?カタリナはともかく、エレンは彼女に対してそれなりに信用している感じだったわよね??」
「どうでしょうね。私には迷いを感じました。むしろ恐ろしいのは、この恩寵が不特定多数を同時に対象とできる点です。
例えば国民に対して演説などをしたとしましょう。この自治区にどれだけ人がいるのか、どれだけが集められるのかは分かりません。ただ、仮にそれが100人程度だったとしても、皇女に親愛の情を向けない国民は少ないのでは??」
「……それだけの人間から力を受け取るとしたら」
「ええ。正直、洒落にならないことになります。それこそ、10年前のケイト皇女の時並みか、それ以上に。
また、1人に対して与えられる効果も決して馬鹿にはならない。一斉に100体の魔獣が襲ってきたら、それこそ私たちでもひとたまりもない」
背中に冷たい物が走る。こいつは、予想以上にヤバい相手を敵に回しているのかもしれない。
「急がなくちゃマズいじゃねえかよ!」
「ええ。ただ、この力の発動条件は『実際に顔を合わせること』と見ます。とすれば、1人だけならそれほどの脅威ではない」
ジャニスが「……そこも、あの時と同じね」と呟いた。ハンスが首を縦に振る。
「10年前は、力の供給源であるケイトを殺すことで奴を『浄化』できました。今回は、それを絶つことはできない。ただ、相手が1人であるならば対処が容易いというのは恐らく同じです。
避けるべきは、私たちが法廷などの場に引き出され、彼女が他の多数の人間と共に現れるという事態です。そうなると、ほぼ勝ち目はない」
「その前に手を打つ……つまりは奇襲ね」
ハンスは視線をケロルに向けた。
「決行はこの深夜、機会は1度のみ。貴女なら、後宮までの道とその構造を御存知のはずです。協力して頂けますか」




