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「うおっっ!!?」
振り下ろされる鉤爪。反応が一瞬遅れた俺の前に、剣を抜いたカタリナが飛んできた。
キィンッッ
「くっ」
激しい金属音。魔獣がもう片方の腕で彼女の腹を薙ごうとすると、彼女は大きく後ろへと跳んだ。
「下がって。貴女じゃ戦えない」
「だけど……」
「いいから!!」
すぐに次の攻撃が俺へと飛んでくる。俺も後退するが、スピードがまるで違う。
前の身体――亜人の身体の時は、もう少し俊敏に対応できていた。この身体――ミミの身体の身体能力は、明らかにそれより大きく劣っている。そのことに改めて気付き、俺の背中に冷や汗が流れた。
ドンッッッ
何か熱いモノが魔獣の身体に当たった。カタリナが魔法か何かを放ったのだ。魔獣の視線が彼女へと向かう。
「ガアアッッッッ」
裂帛の気合いと共に魔獣が彼女へと突進する。大振りの一撃が振り下ろされると、それを彼女は紙一重で交わし、袈裟斬りのカウンターを首筋に振り下ろした。
やったか!??
その刹那、カタリナの額に皺が寄った。剣は……奴の身体の表面で止まっていた。
「グオッッッ」
ショルダータックルでカタリナが跳ね飛ばされる。数m吹っ飛ばされ、「ぐっ」と彼女が呻いた。
「……マジかよ」
身体が鉄か何かのように硬いのか。これは皆引き籠もるのも当然だ。……明らかにまともにやって勝てる相手じゃない。
向こうの方を見ると、ハンスがもう一体の魔獣の背後を取り口元にグローブを当てているところだった。あいつぐらいの速度なら、どうとでもしてしまうのか。
……しかし。
「ブオオオオッッッ!!!!」
叫びと共に魔獣が強引にハンスを振りほどこうとする。奴は瞬時に距離を取るが、その表情にはいつもの余裕がない。
「ハンスッッ!!」
「アマリアの効果が薄い。多少効いているが、一回では無理だ。補助を頼む」
「分かったっ」
ジャニスがロッドを構える。そこに魔獣が攻撃しようとすると、異常な速さでハンスが蹴りを繰り出し体勢を崩した。向こうも向こうで、しばらくはかかるってことか。
俺は再び目をカタリナと魔獣の方に戻す。ジリジリと迫る魔獣に対し、カタリナは距離を維持するので精一杯だ。このまま行くと、耐久力の差でやられてしまう。
ビシュンッッッ
「ゴオッッッ!?」
刹那、光の矢が魔獣を貫いた。その放たれた先を見ると、両手に光る弓のようなものをつがえたエレンがいる。
「私も助太刀するわっ」
魔獣が拳を握り、エレンを見る。微かにニタリと奴が笑った気がした。
まずい、さっきの攻撃のダメージはない!
ダッッッッ
奴は10mほど離れたエレンへと駆けた。エレンは立て続けに光の矢を2本撃つが、全く効いている様子がないっっ!!
エレンの表情が恐怖で歪むのが分かった。カタリナが彼女を庇おうと動くが、スピードは向こうの方が速いっ!!
まずいっ、このままじゃ……
俺は考えるより先に走っていた。手にありったけの力を込めて、奴の足がゼリーか何かのようになるのを強く念じた。
俺の恩寵「錬金術師の掌」の射程は5mぐらいだ。正直、奴との距離はそれより大分遠い。効果は多分、発動しないだろう。
だが、やらないよりはマシだ。何より、この身体の魔力は……前の身体より大分高い。ひょっとしたらやれるかもしれない。俺はそのワンチャンに賭けた。
次の瞬間。
ぐにょん
魔獣の身体が、大きく傾いだ。そしてそのままの勢いのまま、地面へと叩き付けられる。
「アギャアアアッッッッ!!?」
地面には「足だったもの」の残骸が残っていた。そして、千切れた膝から青紫色の液体が噴き出す。
「オゴオオッッッッ!!!?」
苦痛と困惑の叫び。立ち上がろうと腕で身体を持ち上げようとしたが、今度は腕が千切れた。
「……何が起こったの」
呆然として、エレンが呟いた。それは俺の方が聞きたい。
俺の恩寵は、ミミの身体に受肉することで恐ろしく強化されている。射程が異常に長くなっただけじゃない。物質が変化する速度も、範囲も、前とは比べものにならない。
喜びや興奮より、困惑と恐怖が先に来た。この力は、強すぎる。
オルドリッジがミミの魂と身体の両方を狙っている理由も痛感した。俺の恩寵ですら、ここまで強化されるのだ。まして、ミミの「ハムラビの定め」なら……自分の身の回りだけでなく、より広範囲、いやあるいは世界そのものを変容してしまってもおかしくはない。
同時に、ミミがこの身体に戻るのがいいことなのかと、ふと考えてしまった。
あいつはいい奴だし、自分のためにこの力を使うことをよしとしないだろう。だが、それでも万が一はある。何より、誰かに意思を握られてしまったら……
俺は強く首を振った。一体俺は、何を考えているんだ。
「ガアアアッッッッ!!!!」
今度はハンスたちの方から苦悶の咆哮が聞こえた。ドスン、と膝から魔獣が崩れ落ちている。その背後から、ハンスが手袋を奴の口に押し当てていた。数秒すると、魔獣はピクリとも動かなくなった。
「……そちらも、終わったようですね」
荒い息を整えながらハンスが俺たちを見た。俺は小さく頷く。
「……何とか、な」
両手足をもがれ、「ダルマ」になった魔獣は出血多量からか身動き一つしなくなっていた。例え魔獣とは言え、元は自我も人格もあるダークエルフだった奴だ。誰かを「殺す」のは、正直言って気分のいいものじゃない。俺は深く溜め息をついた。
「だからさっき、あなた何をしたのよ」
こちらに近付いてくるエレンの不機嫌そうな声色には、微かな恐怖が滲んでいた。俺は「恩寵だよ」とだけ告げる。
「……は?」
「言わなかったけか。俺は転生者なんだ。身体は借り物だけどな。念じた対象の物質の性質を、望むものに変えられる『錬金術師の掌』。それをあいつに使った」
「それであいつの手足を、脆くしたってわけ?」
「まあな。てか助けてやったんだ、礼の一つくらいあっていいんじゃないのか」
ビクッ、とエレンが固まる。数秒、硬直した後でようやく「あ、ありがとう」と返ってきた。それを見たジャニスが「……なかなか難儀ね」と呟く。
「……難儀って、何よ」
「貴女の心よ。その呪縛から早く解き放ってあげたいものだけど……」
「じゅ、呪縛……!?わ、私の心はあくまで私の……」
「自覚はしてるんでしょ?ただ、それは長老たちの死と、現体制の崩壊をも意味している。それも貴女は望んでいない。皇女という立場上仕方ないとはいえ、本当に難儀ね」
プルプルとエレンが震えている。ずっと嫌味ったらしい奴だと思っていたが、こいつもこいつで大変なんだな。
カタリナが王宮に視線を向けた。
「それで、どうしますか。彼女たちをこのようにした人間は、確実に王宮にいる。それが一連の事件の黒幕であるとは思いますが」
「いきなり喧嘩腰で乗り込むのは、流石に危険性が高い。一度、態勢を整えてから善後策を練りましょう。どこか安全な場所は?」
エレンが小さく手を挙げた。
「私の別宅が、少し離れた所にあるわ。そこなら、一応は落ち着いて過ごせると思う」
ハンスが首を縦に振った。表情は険しい。
「ありがとうございます。……この一件、私たちを連れてきて正解でしたね」
「……は?」
「今回の黒幕、恐らくは転生者です。これと類似の恩寵を、私は知っている」




